↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/84

譲れぬ命

「どうして……? どうして私ばっかり……?」


 単なる肉に成り果てたゾーラの遺骸を抱き留め、滔々と涙を流すアイオーンの中に膨れ上がるのは、身を引き裂くような激しい感情の奔流。


 戸惑い、哀しみ、怒り、そして憎悪。 幼い情動で制御するにはあまりにも強すぎる衝動が、無垢な心に植え付けられた邪な渇望を育んでいく。 それが己の奥底に眠る存在を招くとも知らず。


『本当にかわいそうに……どうして貴女ばかりが酷い目に遭わされるのでしょうね……』

「……!」


 頬を優しく触れられる感覚を抱くと共に、囁かれた言葉を追ってアイオーンが顔を上げると、砂嵐のようなノイズを帯びた半透明のアルコーンが、憂いを帯びた表情を浮かべ佇んでいた。 ミサゴやその他の人間に向ける苛烈さと相反し、彼女が紡ぐ言葉はとても穏やかで優しい。


『いいのよ好きにしたって。 貴女は誰より凄まじい力を持っている。 あんな頼りにならない原始人共に縛られず、気に喰わない連中は何もかも焼き尽くして自由になってもいいの』


 紡がれる言葉は残虐の極みなれど、アイオーンへ向けられる哀憐の情に一切の謀りはない。


 しかし、アルコーンの語る恐ろしい誘いをアイオーンは首を大きく振って拒絶した。 そんな惨いことをできるはずがないと、一切言葉を発さず退ける。


 ならば自分に何が出来る? そう考えた矢先、思い至ったのがミサゴを蘇らせた時と同じ癒しの力の行使。


「今なら……今ならまだ間に合う……」


 藁にも縋るような気持ちで、自らの中に渦巻く膨大な力に働きかけるアイオーン。 それと同時に、以前地上で長々と諭されたことを思い出す。


(アイオーン。 君の力は確かに素晴らしいものだ。 我ら人類が長年焦がれた夢を身一つで軽々と叶えられる。 ……だが、それをおいそれと無暗に振りかざしていいかと問われれば別の話だ)


 脳裏に浮かぶは、カプセルの中で定期検診を受けている間、むやみやたらに能力を振りかざす危険性について懇々と説き伏せようとしていたテスラの姿。 普段の剽軽な態度から一転し、淡々と語る面持ちにおふざけは欠片も無い。


(文字通り失われた命の全てを再生できる君の治癒能力は、ただ周りを焼き払う以上に膨大なエネルギーの浪費を強いる。 あの馬鹿を蘇らせた時のことを覚えているだろう? 君はヤツが完全に蘇るよりも後に目覚める羽目になった。 つまり君は誰かを救った後、完全に無力になってしまうんだ)


 ミサゴを蘇生させた後どれほど長い期間眠っていたか、アイオーンでも分かりやすく図解されたレジュメを手にしたテスラは身振り手振りを混ぜて説明し終えると、嘆かわしいとばかりに深くため息を吐く。

 

(我々人類。 特に大手コーポや電子カルト共は既に不死技術を獲得していると盛んに吹聴しているが、それらはあくまで永遠にいなくなった当人に“限りなく近い別人”を創り出すペテンに過ぎない。 そんなアコギな連中に君の力を知られてみろ。 君は世界中の勢力から追われる身となるだろう。 ……みっともないから私はやらないがね。 だからな嬢ちゃん? その力は決してみだりに振るってはいけないよ?)


「…………ッ」

『何故私を拒んで彼らにへつらうの? いくら情を垂れたところで彼らと私達は根底から格が異なる生命体。 同じ時を過ごすことはままならぬというのに』


 テスラの忠告を想起し終えたアイオーンの意識に、同じ記憶を見せられたアルコーンの微かに動揺した問いが飛び込んで来るが、アイオーンは力無く垂れたゾーラの遺骸を再度抱き締めて己の返答とし、以降は視線を向けようともしなかった。


『……好きにしなさい』


 誰よりも近しい存在から露骨に拒まれたことが余程堪えたのか、赤朽葉の輝きを帯びた蒼肌の乙女は文句一つ零さず表情を陰らせて姿を消す。


 沈黙と闇だけが支配する地の底で、たった一人残されたアイオーン。 彼女の背を最終的に推したのは、身勝手極まりなかったスレイヤーが一方的に押し付けて来た道理。 あの男が吐き捨てた言葉と同じ理屈だと知りながら、彼女はそれを自らを支える糧とする。


「そう、これは他でもない私のワガママ。 だから……誰にも文句は言わせない!!!」


 身を焼く様な膨大なエネルギーに身を任せ、アイオーンが意を決して叫ぶと、大量破壊兵器の炸裂以上の爆風を伴う紫紺の輝きが、大空洞の天井を炙る程高々と迸った。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


「……ッ!?」

「おい、いきなり馬鹿面晒してどうした?」

「……いや、なんでもない」


 ミサゴの左眼の中を突如稲妻の如く駆け抜けたのは、アイオーンが行使する黎明時の空に似た柔らかな輝きと対極的な、黄昏時の空に似た突き刺さるような閃光。 それが何なのかミサゴは身を以て知っており、背筋を冷えた刃物でなぞられたかのような、途轍もなく嫌な感覚に襲われる。


(アイオーン……君の身に何か起こったのか……?)


 ついさっき離れたばかりだというのに早すぎる。 まさか最初からずっと張られていたのかと疑念が浮かび、イミュニティ共に向けるはずだった微かに戦意が揺らぐ。


「…………ッ」

「馬鹿なこと考えてないで目の前のことに集中しろ。 こっちは訳の分からない発作みてぇな暴走が起こらないかヒヤヒヤしながら起動準備をしてやってるんだ。 何もしないですっ飛んでいくなんざ許さねぇからな」

「まだ何も言ってねぇよ」

「テメェが浮かない顔をしている時は、お嬢ちゃんへの余計な心配をしている時だ」

「ッ!」


 コンソールのディスプレイから一切目を離していないはずのアンダードッグにあっさり見透かされ、思わず目を剥くミサゴ。 ちょうどよい機会だとでも思ったのか、アンダードッグはジロッと横目を向けると、呆れたように鼻息を吹きながら問う。


「蝶よ花よと甘やかしたところで人は育たん。 テメェは死ぬまであの娘にリードを付けて引きずり回すつもりか?」

「そんなワケが……」

「だったら今は黙ってテメェの仕事をこなせ。 プロの自覚を持て。 クール気取りの甘ったれが」


 直接モデムと己を繋いだ論理演算の上に、ハッキング特化型サイボーグ特有の高速タイピングを組み合わせたシステム改竄は、並みのハッカーでは1日仕事であろう防壁を瞬時に破壊し、厳重に守られていたメイン兵装システムへのアクセスを可能とする。 つい先日、ストラグルの尖兵どもを薙ぎ払った力場の暴威と比べ物にならない暴力へと。


 しかし実際に制御をミサゴへ移管しようとした矢先、オフラインになっていた通信がオンとなり罵声が飛んだ。


『おい!!!』

「ンギッ!? いきなり通信機の側で怒鳴るな馬鹿!」


 耳を劈く様なピースキーパーの怒鳴り声に一時的に聴覚を潰され、アンダードッグは悶えるように頭を振りながらも負けじと怒鳴る。


「そもそもテメェ今最前線だろ! お喋りしている暇があるのか!?」

『潮目が変わった! 今の内に悪党共のオモチャを全て叩き落とす! さっさと表に出て来い!』

「馬鹿言ってるんじゃねぇ! 対処はあの化け物共が先だろうが!」

『いいから外見ろって言ってるんだよ引き篭もりギークのタコが!』

「チッ、一体なんなんだよ畜生」


 矢継ぎ早に飛んでくる汚い言葉に辟易し、アンダードッグは渋々外部のカメラをハックして外の光景をミサゴと共有する。 その途端、皮肉屋の男はピースキーパーが言っていたことを即座に理解すると共に、深い困惑に陥った。


 圧倒的優位に立っていたはずの敵が何かを恐れるように一目散に逃げていく。 目の前に食い漁れる肉が腐るほどあるというのに一切目もくれずに。


「何だあいつら? 一体どうなってる!?」

『そんなモン私が知るか。 だがこんなデカいチャンスを逃すのはそれこそ間抜けだろ?』

「……そうだな。 これなら無理して危ない物を動かす必要もない」

「ぺっ、暴力装置共が好き勝手いいやがって」


 ノーザンクロスと巨大レリックを繋いでいたコネクタを乱暴に引き抜いたミサゴが、手持無沙汰となっていた左腕をキャノンへ変形させると、せっかくの頑張りが無駄になったアンダードッグも、ラップトップの画面を閉じて踵を返す。


「とにかくやることが変わったんならさっさと行くぞ。 チンタラやってる暇はねぇ」


 嘆いている暇は無い。 現場仕事は何事も状況判断。 休みなく強いられる環境変化に適応すること。 それがクロウラーとして上を目指す上で求められる第一条件。


 しかし、人間の理解の範疇を超えた現象にも慣れろというのは、レジェンドに列せられる規格外の人間以外には極めて酷な話だった。


 常人より遥かに鋭敏化したミサゴが極めて小さくも異常な何か察し、重い音を立ててノーザンクロスがアイドリングする様を見たアンダードッグがイヤそうに眉を顰める。


「……なんだ?」

「おいおい、今度は何の騒ぎだよ」


 要塞の外から微かに聞こえてくる原因不明の大気のざわめきが、野郎二人に猛烈にイヤな予感を突き付ける。


 何かが飛んでくる? それとも敵が向かってくる? そう思いつつ二人が身構えた矢先、要塞を構成するバラックの大半が文字通り吹き飛び、大空洞の偽りの空へ高々と舞い上がった。 当然、二人が潜むエリアも根こそぎ吹き飛ばされ、偽りの陽の下へ晒される。


「くっ、これは!?」

「オメェが一番分かってるだろアホ!」


 アンダードッグが怒鳴りつつ指差す先を数瞬遅れてミサゴが見やると、そこには大空洞の天井を焼き焦がす程に巨大な紫紺の柱が、周辺の大気を真っ白く熱しながら立ち昇っていた。 大気の流れに巻き込まれたドローン群があえなくコントロールを失って多数墜落し、その正体を暴かんと根本に突入した機体群が一瞬にして焼き払われる。


「……アイオーン」

「何をボーッと突っ立ってやがる! お前の仕事だ! 行け!」

「すまん!」


 シッシッと鬱陶し気に腕を振るアンダードッグへ反射的に詫びを入れながら、ミサゴは全力で地を蹴り宙を駆けた。


 明らかに普通ではない。 スレイヤーとかいう狂人に追いつめられた時もあんな凄まじい力は発せられなかったと、普段冷静を維持しているつもりの頭の中に焦りが湧く。


『冷静? 貴方は自分が思っている以上に感情的な生き物よ坊や』

「……ッ!!!」


 飛び立ってすぐ。 宙を駆ける己と並走するように、ブロックノイズ塗れの赤朽葉の影がそこにあるのをミサゴは感じる。 現実には誰もそこにはいないというのに。


『貴方は何時だって役立たず。 何時になったらあの娘の為に戦えるの?』

「……アルコーン。 お前あの子に一体何をしたんだ!」

『そんな怖い顔して怒鳴らなくてもいいじゃない。 別に何もしちゃいないわ。 それに、少なくとも今は貴方の敵では無いの。 本当よ』

「だったらこの事態はなんだ!」

『貴方が自分の目で見ればいいじゃない。 貴方が役立たずだから起きてしまった悲劇を』

「悲劇だと……」


 人を嘲るような笑い声が意識の中に響く中、真っ赤に輝く流星が光の柱に沿って地の底へ堕ちていく。


 その果てでミサゴは見た。


 黒い白目の中に飛翔する川蝉の如く美しい翡翠の瞳を戴き


 宵闇の如く深い蒼に染まった艶やかな肌を煽情的な衣装が覆い


 流れるような深い紺の髪を掻き分けて若木の如き角を生やし


 金属で編み込まれた翼の合間から紫紺の光の翼膜を広げ


 妖しく艶めかしい淫魔のような姿をした“何か”


 幼い心を宿した艶やかな影が、再生しつつある死体を固く抱き締め、鮮血を涙のように流し続けていたのを。

今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。