友の還る場所
『新たなレリックオーナーの選定中……都市防衛機能の復旧までしばらくお待ちください……繰り返します……ただいま新たなレリックオーナーの……』
(まだなの? 何時になったら終わるの?)
大空洞内に無情に響き渡るアナウンスを黙って聞きながら、一人残されたアイオーンは考える。 手にした魔杖へ縋る様にもたれ掛かり、何とか姿勢を維持しながら結界へエネルギーを供給し続けるも、溢れ出すイミュニティの奔流に終わりは見えない。
遠方から殺戮に酔う狼の嬉し気な咆哮が轟くも、この状況を愉しめるのは頭のネジが外れた人間だけ。
「動ける者は前線に行け! 志願するなら女や老人も受け入れろ!」
「ガキ共はシェルター押し込んどけ! あいつ等を戦わせるのは最後だ!」
アイオーンが座する高台そばの大通りでは、血まみれになった荒くれ者達が少しでも使い物になる増援を求め、必死に走り回っている。 交渉が通じる相手でない以上、明らかに戦いに向かない体格の男達も覚悟して招集に応じ、配布された武器を持ってスラムの外郭へ向かって行く。
「ごめんなさい……」
決死の感情に満ち満ちた彼らの鬼気迫る気配を遠くから感じながら、アイオーンは己の無力さを恥じて詫びる。 自分にもっと力があればこんな苦しい目に遭わせずに済ませられたはずだと。
彼女の内に生まれた小さな苛立ちは、やがて大きい不満となり、 偽りの空を我が物顔に飛び回る制圧ドローンの群体へと視線を向けさせる。 人間同士協力すれば、もっと大勢のイミュニティを退けられるにも関わらず、頑なに居住区へ攻撃を諦めない姿勢は、アイオーンの無垢な心の中に憎しみの種を植え付ける。
「どうしてこんなことするの?」
無意識のうちに紡がれた言の葉は、誰の耳に届くことなく掻き消えるのみ。 力無くば、ただ踏み躙られるだけという無情な現実は、アイオーンの奥底に眠る渇望の頭を擡げさせる。 即ち、圧倒的暴威で全ての敵を焼き尽くす衝動を。
「聞いてくれないのなら……消えて……」
翡翠色の瞳の中にうっすらと黄金のハイライトが輝き、ゆっくりと翳した手の中に膨大な光が宿る。 かつてミサゴに迂闊に撃つなと叱責を受けた破滅の光芒。 その兆しが周囲の人々を巻き込んで放たれんとした。
――刹那、遠方から飛来したミサイルポッド本体が結界付近を悠々と揺蕩う大型制圧ドローンへぶち当たり、そのまま結界の中へ叩き落とした。 紫紺のオーロラに呑まれたそれは瞬く間に燃え上がり、機体内に内蔵していた小型ドローンをばら撒いたのを最後に虚空へと消える。
「……!?」
思いがけぬ出来事にアイオーンが収束したエネルギーを引っ込めた瞬間、逃げ出すように散っていく小型ドローンに向かって鋼の雨が横殴りに降り注ぎ、炎の華がパッと散った。
「ここは見世物小屋じゃない! 観光客はさっさと消えろ!」
直後に響いた罵声を聞き付け、アイオーンが咄嗟に目線を動かした先には、バラックの屋上に設置されていた対イミュニティ機関砲を基礎から引っこ抜き、ただのライフルよろしく軽々と扱うゾーラの姿。 彼女はばら撒かれた小型ドローンを一機残さず無力化したのを確認すると、空になったマガジンを蹴り落とし、背負っていた予備マガジンへ素早く入れ替える。
「ゾーラちゃん? なんでここが分かったの?」
「こんな目立つことしてたらどっから見ても分かるわよ! あと“ちゃん”付けは恥ずかしいからやめて。 呼び捨てで良いから」
困惑するアイオーンを背に守りながらゾーラはサバサバと言い捨てると、追撃を警戒して偽りの空を見上げる。 変わらず波打つ紫紺のオーロラに彩られたそこには既に目ぼしい機影は無く、仮初の安全は確保されたようだった。 もっとも、増援を引き連れて戻って来るのも時間の問題だったが。
「……それが、レリックから生まれた貴女の力なのね」
構えていた機関砲を地面に降ろし、フッと息を整えたゾーラは紫紺の光に包まれたアイオーンを肩越しに見つめながら呟く。 露骨な感情の動きこそ見えないものの、溌剌とした彼女らしくない落ち着いた声色と眼差しは、複雑な感情の読み解きが不得手なアイオーンに強い不安をもたらす。
ミサゴと心の底で深く繋がった時とは異なり、身振り手振りと微かな表情の変化以外には何も分からない。 不確かな反応だけを頼りに、たった一人で相手の思いを探り出すのを、アイオーンはとても恐ろしく感じた。
さらに、彼女の心に重く圧し掛かるのはそれだけではない。
(私……さっき彼女まで一緒に殺そうとした……!)
白く華奢な手の中に未だ残る光芒の熱い残滓が、アイオーンの心へ後悔の烙印を焼き押し、僅かながらの余裕すら奪っていく。 それに呼応して彼女の身体を彩る茨状の紋様は、さらに不気味に強く輝きながら、顔や手足先を目指して伸びていった。
明らかに普通ではない状況に、ゾーラは思わず向き直ってアイオーンの肩を掴む。
「ちょっと、アンタ本当に大丈夫!?」
「ねぇゾーラ」
「……なによ急に改まって」
「私って、アイツらと同じくらい厄介者なのかな」
頬を伝う涙のように、顔にまで至った茨の紋様を瞬かせながら、アイオーンは少しでも確かな答えを求めて思わず尋ねる。 自分はスレイヤーが指摘した以上に望まれない存在ではないのかと恐れて。
しかし、ゾーラの反応はアイオーンが考えていたよりもずっと軽くいい加減なものだった。
「あのね、アンタが本当に酷いヤツだったらこんな辺鄙な所放ってさっさと一人で帰ってるでしょ? お仲間も全員置き去りにして」
「でも私……」
「あーあーうるさいうるさい聞こえない聞こえない。 アタシは湿っぽくて鬱々とした話が大ッ嫌いなの。 何考えてるのか知らないけど、長々と悩んだって何の得にもならないし解決もしないでしょ?」
不安に引き攣ったアイオーンの頬を一方的にもちもちもちと弄り回しながら、ゾーラは朗らかにただ笑う。
「いいじゃない。 別に生まれや持ってる物が違ったって。 大事なのは今何をやってるかでしょ? 偉くて良い人のガキでも、七光りのクソ野郎だったらビンタされて蹴飛ばされるのと同じ。 分かる?」
「う……うん……」
「ならばよろしい。 それに今は私だってそばに居てあげるから。 アンタは何も考えず胸を張って皆を護ってちょうだい。 ……全員とは言わないけど、きっと誰かはお礼を言ってくれるはずよ」
自信満々に言ったはいいものの断定できないことに気付き、すぐさまゴールポストを動かすゾーラ。 言う事が大きい割には嘘や誤魔化しがヘタクソな姿勢に、今まで顔を強張らせていたアイオーンの表情が微かに緩む。
「えへへ」
「そうそう、苦しい時こそ笑う余裕を持たないとあっという間にへばっちゃうわよ。 世間に負かされないようタフに生きなきゃ」
弾丸が飛び交い、悲鳴と怒号が絶えず響く地獄の底で、少女達は互いを励ますように笑い合う。 ほんの僅かな間、ここが広い戦場の一部であることも忘れて。
控えめな笑い声が二人の間だけで紡がれ、そして……。
「あばっ」
「……え?」
ゾーラの快活な笑い声が、胸に溜めていた空気を無理矢理押し出されたような奇声の後、消えた。 直後、力無くよろめいた身体の要所が一瞬で抉り取られ、そのままアイオーンの方へとしな垂れかかって来る。
「あっ……待って……何で……」
固く握っていたダンスマカブルを手放し咄嗟に受け止めるも、アイオーンがほどなく理解したのは、自分が支えているものが意志を持つ生命体では無く、まだ崩れていないだけの肉塊でしかない事実。 身体を密着させているにも関わらず一切鼓動を感じることができず、信じたくない現実がアイオーンの幼い情動を揺さぶる。
「あ……ああ……いや……」
何が起こったのかも分からずただ呆然とする中、高台周辺の地面が逃げ惑っていたスラムの住人ごと瞬く間に抉り抜かれ、明滅する紫紺の光は力無く闇の中へ落ちていく。
そして、何もない底に投げ出された時、限りなく闇に近い影が彼女の背後にまろびでた。
「われらがあるじたるいだいなるしゅぞく。 いまこそおむかえにまいりました」
綺麗に切り開かれた瓦礫の隙間から這い出たのは、以前ミサゴに最初の死を与えた者と全く同じ形をした影。
死を象ったと過言ではない脅威が、嬉し気に相好を崩してアイオーンを見つめていた。
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