狭間より
全てを喰らい呑み込む大津波が、人から建物までに至るまで根こそぎ破壊しながらスラムの中央を目指して押し寄せる。
高い知能など持たず、共に喰らい合う関係性のはずの低級イミュニティ同士が、まるで意志を持つかの如く洗練された動きでカバーし合い攻め寄せてくる様は脅威以外の何物でもない。
「なるほどね、そこそこ深い位置に座しながらイミュニティ共に滅ぼされなかったのはレリックによる小細工があったと」
「関心している場合じゃない! このまま放っておいたらワイルドイーグルどころか、地上まで溢れてくるぞ!」
少しでも手数を増やすべく、ミサゴは展開したキャノンから大量の迫撃砲弾を矢継ぎ早に叩き込むが、大海原に花火を投げ込む程の成果しか挙げられない。 人間を殺す気になったフラクタスの脅威は、いくら優れたサイボーグと言えども容易く覆すことは決して叶わない。
「クソッ!」
「馬鹿かお前は。 たかが個人が災害相手に何が出来る」
「何もせずに黙って食い尽くされろと言いたいのか!?」
冷めた視線を送って来るアンダードッグに思わず感情的になって睨み返すミサゴだが、彼が指差した先で祈る様に膝を付く乙女を見た瞬間、突沸した怒りを何とか収めて唇を噛む。
「災害同然の存在には、それに等しい存在をぶつける他あるまい。 御上の連中もこういうインシデントを予測してお前に彼女を押し付けているはずだ」
「……すまないアイオーン。 俺達には他に連中を往なす手段がない」
「気にしないで。 私は皆の為にやってあげられることをやるだけだから」
申し訳なさげに俯くミサゴを気遣うようにアイオーンが微笑むと、身体から放出されるエネルギーがさらに大きく拡散していく。
すると、スラムのすぐ真上に覆い被さっていた紫紺の結界が領域を広げながら地面スレスレまで下降し、飢餓に狂った化け物共だけを新たな標的として追加し火柱を巻き上げた。 しかし大柄な個体は身を焼く程の高熱に耐え切って結界の内部へと侵入し、逃げ遅れた住人達へ容赦なく牙を剥く。
「ふーっ……ふーっ……。 御免なさい……これ以上融通利かせるのは無理みたい……」
「いいや、君は十分すぎる程にやってくれている。 後は俺達も動くから無理をしないでくれ」
揺れ動く膨大なエネルギーの中でへたり込むアイオーンへ、穏やかな労わりの視線を一瞬だけ投げかけるミサゴ。 しかしすぐにいつもの冷徹な面持ちを作ると、物陰にしゃがみ込んでいたアンダードッグを睨む。
「アンダードッグ。 俺の言いたいことは何となく分かるだろう」
「へーへー、つまり俺にまたあのオモチャを動かせと? 流石に次は命があるか分からんというのに……」
「お前が無理に動かさなくてもいい。 奴等が残した機械を介すれば俺のノーザンクロスでも問題なくジャックインできる。 操縦系統を繋いでくれたら後は俺がやる」
「そいつはありがたいこって。 だが、今のお前にここを離れる度胸があるか?」
「……あるさ」
「そうかい、ならやってやらんこともないさ。 俺だってここでくたばるのはゴメンだしな」
少しの沈黙を挟んだ後、ミサゴが重々しい口調で呟くと、アンダードッグはやれやれと肩を竦めながら立ち上がる。
「んじゃ、手遅れになる前にさっさと行くぞ」
「言われずとも!」
即断即決。 2人は弾かれたように地を蹴って跳躍すると、昨晩の戦闘で生じた煙が未だ燻るバラックの要塞を目指した。
その頭上には辛うじて結界を抜けて降りて来た大型制圧ドローンが右往左往しており、新たな脅威の出現に乗じて地の利を奪おうと画策している。 イミュニティ共々現地民を容赦なく砲火に巻き込む姿勢は、その後ろに潜む者達の意識を浮き彫りにするに十分である。
「敵の敵は味方ですらない……か……」
「邪魔な原住民を処分するにはちょうどいい機会なんだろうよ。 その後どうなるかなんて何も考えちゃいない。 お貴族様ってのは大体そんなモンだ」
「お貴族様?」
「言葉の綾だ気にするな」
何やら含みを持たせた言葉を耳聡く聞きつけ、思わずミサゴは問いかけるもアンダードッグはニコリともせず、ただ流す。
彼らしくない。 閃光のようにほんの一瞬の疑念がミサゴの脳裏に過るが、二人の横をすれ違うように跳躍していった少女の影が、その思考を妨げた。
「さっさと出ていけクソッ垂れ共!」
可憐な声色に似合わぬ罵声と共に携行ミサイルポッドから有りっ丈のミサイルが放たれ、無理矢理結界を抜けて来た大型制圧ドローンを問答無用に吹き飛ばす。 爆風に煽られ、体勢を崩されながらも構わず笑うその姿は、体格に見合わぬタフさを鮮烈に見せつける。
「あの子は確か……」
アイオーンが語る弁では、つい先日打ち解けたらしいうら若き現地民。 彼女はミサゴとアンダードッグの姿を一瞬チラッと視界に収めると、おもむろに周囲を見渡した後、肩で深く息をするアイオーンを見つけ、慌てふためき跳んで行った。
「良かったじゃないか。 これで後顧の憂いも無くなったろう?」
「……まぁな」
「それともう一つ朗報がある。 微かだがハイヴの地中間通信回線の電波を感知した。 お前の良いアンプなら接続できるかもしれない」
「馬鹿野郎! それを早く言え!」
普段必要以上はあまり使わないノーザンクロスのサイバー機能を最大限活用し、アンダードッグの言うハイヴの回線とやらを探すミサゴ。 無限に広がる01の海の中に投げ出され、得体の知れない呻き声のようなノイズに脅かされながらも、虚無の果てから垂らされた蜘蛛の糸を何とか探り当て、掴み取る。
程なく、ザリザリという雑音混じりの無感情なアナウンスが、疾走するミサゴの頭の中に響き始めた。
『こちらは、クロウラーズハイヴ専用救難回線です。 支援の必要なクロウラーは、階位と登録名を申告の後、しばらくお待ちください。 担当者へお繋ぎします。 繰り返します……こちらは……』
「こちらはコクーン階位ピルグリム! クロウラーズハイヴ至急応答せよ!」
『階位及び登録名を受け付けました。 これより担当者にお繋ぎ……』
『ピルグリムだと!? オペレーター!今すぐ私に繋いでくれ!』
アナウンスがブツ切りされ、マイクの向こうからバタバタと忙しない音が響くと、身分にそぐわぬ冴えない中年の慌てた声が遅れて脳裏に響く。
『ピルグリム、生きていたのか!? 他の連中は!? 今一体どこにおるんだ!?』
「説明している暇は無いです! 早く救援を! 広域破壊手段を持つ兵器と、腕利きのクロウラーを複数名! 俺達がいる座標へ至急送って下さい!」
『あ……あぁすぐ手配するが……、あとで説明は……して……おい……聞こ………………』
「……っぶねぇな畜生!」
フラクタスでは1秒の遅延が死を招く。 それを理解している男爵の判断は極めて早く、ミサゴらの現在座標の確認が完了すると同時、偶然にも双方が意図せぬタイミングで勝手に通信が途絶した。
まさに間一髪。 額を伝う汗を思わず拭いつつミサゴはホッと息を吐くと、ハッキングしたタレットでイミュニティ共を撃っていたアンダードッグを横目で見る。
「聞いたなアンダードッグ。 このスラムも俺達もきっと何とかなるはずだ」
「そうだな、余計な首を突っ込んで滅茶苦茶にするようなアホが現れなければの話だが」
「……随分と後ろ向きな考えじゃないか」
「経験則と言ってくれ。 助かったと思った時こそ、輩は暗がりから足を取りに来るものなのさ」
「……そうかい、肝に命じておこう」
普段己を語らぬ彼にしては踏み込んだ忠告だと、ハイヴから半端に送られてきた情報を流し見ながら思うミサゴ。 地上との連絡が取れた今、無意識のうちに背負っていた焦りが微かに薄れたように、その足取りはより強く身を軽やかに跳ね上げた。
二人の足取りが遠ざかる中、流れ弾で飛んできたロケット弾が空き地に飛び込んで破裂し、周囲の倒れかけていたバラック群を一斉に倒壊させる。 大人どころか子ども一人這うことも出来ない無惨な有様の中、一つの影がよろよろと身を揺らして這い出てくる。
比喩では無く、本当に影が立ち上がったようにしか見えない何か。 それは言葉にならない譫言をもそもそと呟きながら、紫紺の光が立ち昇る方角へゆっくりと歩んでいった。
一切の物音を立てずに。
今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。
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