灯の絶えし地
天井を破った巨大レーザードリルの本体が大空洞内に滑落すると同時に、裂け目の向こう側から大量の多弾頭ミサイルが飛来する。 向かう先は焼け出された人々が多く集い、臨時の避難所となった未開発エリア。 人を殺すには余りにも過多な火力が、偽物の空の彼方から降り注ぐ。
普通であれば対処のしようがない絶望的な状況。 しかし地上の常識が通じない存在がここにはいる。
「アイオーン!」
「大丈夫、私に任せて!」
敵の目的を悟ったミサゴが咄嗟に叫び、アイオーンが無防備にならぬようシールドを展開した影で、彼女は自らの身体に溜め込まれた膨大なエネルギーを可能な限り広大なレベルで解き放つ。
それは地上を狂人の暴虐と、それを笠に着たストラグルの襲撃の時に見せた超広域バリア。 しかし、あの時と比較して力の使い方が上手くなったのか、薄く広がるばかりだった力場はより分厚く洗練されていた。
「凄い……これがこの子の力……」
「こんなバカげたことすら、フラクタスに眠る技術の一片に過ぎんとは末恐ろしいモンだな……」
すぐ頭上で波打つオーロラ状のバリアを目の当たりにして、ピースキーパーは暫しその場に立ち尽くし、アンダードッグは臆病者らしく物陰へ潜む傍ら、バリアを透過して見える攻撃をしっかりと見据える。
何の手立ても打たなければ、逃げ惑う人々は死体すら残さず焼き尽くされたであろうおぞましき絶滅爆撃。 ソフトターゲットを確実に殲滅させる為に製造されたそれは、アイオーンが展開する波打つエネルギーの力場へ入り込んだ瞬間爆裂し、エネルギーをオーロラの中に還元されて終わった。
燃え上がる大気を吸収するごとに、彼女の身体を彩る茨状の紋様も呼応して輝きを増す。 まるで行き場を失ったエネルギーを取り込んでいくかのように。
「うっ……くっ……」
「アイオーン……」
「心配いらないわ。 だって私は簡単に死ねないから」
苦悶に悶え、グッと歯を噛み締めるアイオーンの身を案じたミサゴが咄嗟に声をかけるも、彼女はただ笑って心配ないと応えるに終始する。
誰が見ても痩せ我慢だと分かる稚拙な嘘。しかし、膨大なエネルギーを保管する為、成長する未知の器官が身体を蝕む痛みは残酷にも事実だった。 彼女の意思を逸脱し、自然に展開された実体の無い紫紺の羽根が、体内で暴れる余剰エネルギーを光の粒子として放出し、僅かでも痛みを和らげんとする。
脂汗を流し、痛みを堪えるアイオーンの姿を直視し、ピースキーパーは苦々しく牙を噛み締めて呟く。
「こういう時に何もしてやれないとは……」
「自己憐憫に浸っている余裕はないぞ。 新たに接近する飛翔体を検知。 俺が持つデータベースから察するに拠点制圧用戦闘ドローンだ。 想定投入数は最低でも100機以上だろう」
「ハッ! あちらさんも随分目聡いじゃないか。 だが、やりがいのある仕事を寄越してくれたのだけは感謝しなければな!」
アンダードッグからの警告を耳にするや否や、ピースキーパーは微かな唸り声だけを残し、目にも留まらぬ速度でその場を後にする。 程なく遠方から響いた咆哮は、接敵を知らせる鏑矢として残された3人の耳に届いた。
ほどなく、スラム全域から銃声や怒号が木霊し、家屋の爆発や火災があちこちで発生し始める。 前夜の争乱に続く襲撃は、スラムで生きる人々の怒りを買うには十分であり、瞬く間に広まった暴の嵐は、スラムの粗野な外観にマッチしない小奇麗な機械相手に荒れ狂う。
「おいおい一晩中殺り合ったばかりなのにまだやれるのかアイツら? 思ったよりタフな連中だな」
「言ってる場合か! お前も早く何かやれ!」
「何を言ってる? 俺はもうとっくに動いてるぞ。 奴等の戦術ネットワークをボコボコにしてやってるのに俺だってのにこれだから単細胞のマヌケは……」
「分かった! 分かった悪かったよ!」
ぶつぶつネチネチと愚痴を返してくる皮肉屋へ、ミサゴはこれ以上面倒になる前に早々に詫びを入れつつ偽物の空を睨む。
自ら敵を殲滅に赴けないことに歯痒い思いを感じるが、アイオーンをフリーにしては以前と同じことの繰り返しとなる。 少なくとも彼女が皆を護ると共に、自分を護る方法を編み出すまでは、誰かが護衛としての役割を演ずる他ないのが現実。
「クソッ」
「焦れるなよ。 現状、この程度の被害で済んでいるのはその子のおかげだ。 万一無力化されれば火の海か化学兵器の坩堝になって終わる。 お前は何も出来ていないワケじゃない」
ミサゴの焦燥混じる表情を見たアンダードッグが、彼らしくないフォローをすると、不愛想な男は言葉の意図を察してシールドを展開し、渋々アイオーンの側で座り込む。
今は自分以外の戦力を信じるしかない。 それは、普段物事を己の暴力で解決しがちなミサゴにとってあまりに心細かった。
「安心しろ。 どうせあちらさんも本気の戦力は送っては来られまい。 拠点は無傷で欲しいだろうし、ハイヴにバレたら侵略どころの騒ぎじゃないからな」
「社会悪相手に随分と信頼を寄せてるんだなお前」
「後先考え無しの暴力だけで渡っていけるほど、裏社会って奴もそう単純じゃないさ。 目立ち過ぎたらお前みたいなヤツに狩られて終わる」
『ハッハッハッ! そうとも! 奴等はこのレディオタワーだけは生かしておきたいのさ! この街がイミュニティ共に滅ぼされていないのも、公の組織に存在がバレていないのも、全てこれのおかげよ!』
「……そりゃご丁寧に説明をどうも」
誰も何も聞いていないにも関わらず、強引に会話に横入りながら勝手に笑い散らかすハーメルンの態度が鬱陶しく感じたのか、深刻な表情を浮かべていたミサゴの表情に呆れという名の余裕が混じる。
『何にせよ、これ以上派手な戦略攻撃は行われないだろう。 これが奴等が許容できる限界のノーマンズランドへのダメージだからだ。 これ以上の攻撃が敢行された場合、あちらさんの組織内でも粛清の嵐が吹き荒れるだろうさ』
「実際に銃火が交わされる状況下だと分かってて、本気で言ってるのか?」
『情では状況は決して好転しない。 資産と暴力と利害の吊り合いだけが平穏をもたらすのさ。 落伍者だけが集うこの地の底であっても』
「……」
荒くれ者や陰険な輩との取引を長年続けて来たからこそ辿り着いた結論なのか、口喧しくはしゃいでいた時とは一転した口調で紡がれる冷たい言の葉は、ミサゴをも黙らせる威圧感を醸す。
だが、頭の回転が速いアンダードッグを黙らせるには今一つ至らない。
「へぇ? その割りにはやっこさんら諦めが悪いみたいだぜ。 新たな対地中レーダー照射を検知。 ソフトターゲット向けじゃない何かを撃って来る気だ」
『ハッ? やつら一体何を……』
アンダードッグの警告を訝しむようにハーメルンが返すと同時、兵員輸送路として開通させられた大穴とは違う位置に、小さな穴が散発的に開く。
潜航ポッドによる露払いも必要とせず大空洞を包む分厚い岩盤を貫いて見せたそれは、アイオーンが展開する広域バリアの中を侵蝕されながらも潜り抜けると、スラムのあちこちへランダムに次々と着弾していった。
壁、採掘施設、繁華街、スラムの外れ、そして狙われるはずがないと豪語されていたレディオタワーへ。
『ガッゴボッ……!?』
「えっ」
「おいこらハーメルン、何があった今すぐ応答しろ」
血でうがいをするような悲鳴と共に通信が途絶し、ミサゴとアンダードッグは思わず顔を見合わせ即座に回線を再接続する。 しかし返って来たのは軽薄な男の戯言では無く、一切の感情を窺わせない自動音声。
『こちらは、レリック搭載型生存圏維持システム“レディオタワー”です。 現行のレリックオーナーが逝去されたことに伴い、基幹システム保護措置を起動。 全ての生存圏維持防衛機能を一時停止します』
「なんだと!?」
『新たなレリックオーナーが選出され次第、機能を再起動いたしますので暫くお待ちください。 繰り返します……こちらは……』
「おい、何か知らんがヤバい予感がして来たぞ……」
ひたすら同じ文面をループし続ける音声を聞かされながらアンダードッグが青い顔をして呟いた矢先、今まで必死に広域バリアの維持に集中していたアイオーンが突如ぼんやりと立ち上がった。 その顔には普段の豊かな表情は欠片も無い。
「アイオーン?」
「……奴等が来る」
ミサゴからの問いに彼女は辛うじて反応を示すと、スラムの外れにそそり立つ大絶壁をゆっくりと指を差した。
――刹那、一つまた一つと小さな穴が掘り抜かれ、そこから大量の低級イミュニティ達が怒涛の如く溢れてくる。
意志を持つ濁流と表現しても過言ではない生きた災厄。 それはスラムが根付く地面へ瞬く間に辿り着くとそのまま進撃を開始した。
余所者たる人間を、痕跡すら残らず喰らい尽くす為に。
今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。
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