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殺戮の余震

 フラクタスの地下にて孤立する大空洞の中へ、偽りの朝日が昇る。


 一晩中吹き荒れた革新派による殺戮と暴力の嵐は、反抗勢力を殺し尽くすどころか数に圧し潰された挙句叩きのめされ、敢えなく無様を晒す結末となった。


 革新派を率いていた幹部クラスの人間は何故か揃って死体で発見され、一方的に残された兵隊達は何をどうすれば良いかも分からぬまま、逃げることも出来ず路傍へ引き摺り出される。 ただ普段から意味も無く威張り腐っていただけならば、ここまでのことはされない。 ノンポリ層である一般住民を激怒させたのは、訳の分からない言い草で同郷相手に水平射撃を行った事実。


 政治信条など、日常を生きる彼らにとってはファンタジーと何ら変わりない。 しかし自分の身に危険が及ぶ事態となれば話が違う。 自らの日常を護るという目的の為、民草はどこまでも苛烈で残酷に変貌する。 耳に心地よい言葉を散々に嘯いた合法的詐欺師を、二度と陽の目を見させないようにするために。


「何が革命だふざけやがって!」

「片手で数えられる程度の相手しかいなくてこの有様だぞ!? こんな甘っちょろいプランで戦争仕掛けるつもりだったのか!?」

「このアホ共を吊るせ! 二度とナメた口を叩けないようにしてやる!」


 騒乱に巻き込まれ、着の身着のまま焼け出された民衆が、簀巻きにされて吊るされた兵士達へ罵詈雑言と共に石を投げる。 中には容赦なく発砲して命を奪っていく過激な者もいるが、人々はそれを咎めるところか逆に拍手喝采する始末。


 即ち、万人の万人に対する闘争。 力こそ全て。 散々に力を誇示しておきながら、結局虚仮威しに過ぎなかった事実は、溜まりに溜まったフラストレーションを爆発させるにはまたとない機会となっていた。


 そんな暴徒同然の人々の姿を、三つの影が高台から見下ろす。


「おーおー、無力化された哀れなラジコンに虐待とはなんとかわいそうな」

「神妙な顔しながら嘘つけよオメー。 欠片もそう思っちゃいねぇだろ」

「ブァーッハッハッハッハ! 陰険野郎はそういうのすぐ分かっちまうんだねぇ! 正直、テロ屋の犬は一匹残らず悶え死んでくれると嬉しいんだが」

「……人としてのモラルを疑われるんで、上でそういうこと言うのは謹んでくれると助かる」

「生意気にカマトトぶってるんじゃないよ坊や。 お前も悪党がぶっ潰されると喜ばしく感じるクチだろう?」

「……さぁね」


 豪快に笑うピースキーパーのそばでミサゴは思わず嘆息すると、生きているアクセスポイントを探しつつイヤミを返すアンダードッグの背中に視線をやった。 昨日別れる前までは一切無傷だったはずだが、今の彼の背中には大きく焼け焦げたような痕跡が生々しく残っている。


 心当たりは一つしかない。 ストラグルが既に唾を付けていた巨大レリックを、ミサゴを援護する為に個人で勝手に稼働させたことだけ。


「アンダードッグ、昨日は随分あっさり無茶をやったみたいだが大丈夫なのか?」

「俺を誰だと思ってる。 あのくらいで致命傷を喰らってやる程、お粗末な身の振り方はしちゃいねぇさ」

「だがその背中は……」

「言ったろ? 俺は死なない。 こんな低知能が蔓延る辺鄙な場所で死ぬなんざ御免被る」


 心配されること自体に慣れていないのか、アンダードッグは誤魔化すように苦笑いをして見せると、ようやく見つけたアクセスポイントに繋ぐことで強制的に会話を打ち切った。


『おいこら扇動者気取りのカス野郎。 お前の望み通りクズ野郎共は一人残さずぶちのめしてやったぞ。 自分の書いた青写真通りに事が進んで満足だったろうな』

『いやぁ人聞きが悪い! 俺は君達の力を信じていただけだよ! 必ずや人心を惑わす貴族気取りのダニ共を駆除してくれると!』

『物は言い様だろ馬鹿が』


 どこまでも白々しいハーメルンの言い草にアンダードッグは辟易したように呟き、通信を横から聞いていたミサゴとピースキーパーも快くない思いを抱く。


『そもそも何故ストラグルのカス共が糸を引いてると伝えなかった? 連中のあくどさは知っているはずだ』

『聞かれなかったからな! それに組む相手をイチイチ選んでいられるほどこの街に余裕はない。 食糧に物資に娯楽とたっぷり供給してくれるんならいくらでも裸で踊ってやるぜ』

『偉そうに情けないことを言うな。 少なくとも肩入れする勢力は真面目に選んでるだろう』

『はっはぁ何をバカげたことを。 俺はいつだって中立だよ中立! 君と同じで下心なんてどこにもないよ? 落伍者達を余さず救うという、創始者の尊い理想さえ叶えられるのであればな』

『……そりゃ結構なことだ』


 突然声色を変えて囁いたハーメルンの態度に何かを感じ取ったのか、アンダードッグは忌々しげに溜息を吐くと、ベンチに深々と腰を下ろしてふとレディオタワーを見上げる。 バラックが立ち並ぶ街の中でも、何故か妙に綺麗な外観を保ち続けるそれは、偽の陽光を浴びてさらに美麗に輝く。


『ところで他の連中もそこで聞いてるだろ? 騒動が完全に収まって余裕が出来たら、お礼にごっこ遊びやってた奴等の資産を分けてやるよ。 もし潜航ポッドが残っていたらそれで地上に帰ればいい』

「こちらとしてはありがたいが……、いいのか? ここの所在が公になっても」

『なりやしねぇさ。 ここが“無人地帯”であって欲しい人間は意外に多いんだよ。 お偉方にしてもヤクザ者にしてもな。 世の中が単純に出来ていないことを、暴力担当のお二人さんはよくご存じのはずだ』

「ペッ! 知った口を!」

「……ピーキーさん?」

「なんでもない! だからこれ以上何も聞くな!」


 ミサゴが怪訝な顔をして口を閉じる傍ら、今まで良い笑顔をしていたピースキーパーが突然怒りを露わに吐き捨てる。 喜怒哀楽がハッキリしており、良くも悪くも正直な物言いしかしない彼女にしては極めて珍しい物言いは、チームを組まされてそこそこ経つミサゴにある疑問を抱かせた。 元警官というアウトローからは遠い人間が、何故わざわざクロウラーになったのかと。


 尋ねるにはちょうどいい機会だが、逆鱗に触れて無駄にゲンコツを喰らいたくもない。


 ミサゴとしては珍しく極めて俗な理由で考え込む最中、左眼が信頼できるとラベル付けした高エネルギーの反応を検知すると一旦思考を打ち切る。


『おっ? どうやらお姫様が凱旋のようだぞ色男』

「分かってるから余計な口出しをするな」


 何か含みのある陰険男の余計な冷やかしをぞんざいに切り捨て、ミサゴが軽く両手を広げながらレーダーが指し示す方へ振り向くと、その中に紫紺の光を纏ったアイオーンが遠慮なく飛び込んできた。


 あくまで安全に受け止めようとしただけで、他意は一切無い。 だが抱き留めて彼女の顔を間近で見た瞬間、ミサゴの張り詰めていた気持ちが思わず緩む。


「えへへ、ただいまピルグリムくん」

「お帰り。 色々大変だったなアイオーン」

「ううん大丈夫! お友達も出来たし、助けた人達にありがとうって言われたんだよ!」

「……そうか、よかったな」


 一人の時に起こった出来事を、アバウトにだが必死に伝えてくる姿に不愛想な男は微かに笑って応える。 その様子を横目に、ついさっきまでイライラしていたはずのピースキーパーの口端が微かに緩んでいるのを、ミサゴはふと視界の端に捉えた。


「どうしたの?」

「なんでもない。 それより友達というのは昨日無理矢理君を連れて行った子のことかい?」

「うん! オシャレとか色々教えて貰ったの! それでね! いつか本当の空を見てみたいんだって!」

「……そうか」


 今まで自分以外と積極的に交流してこなかったアイオーンが、自分以外の誰かの事を喜んで伝えてくれる。 つい先日、酷い目に遭わされたのをまるで無かったかのように振る舞う様子は、ミサゴへ安堵は当然として、何故か微かな不安をも同時に抱かせた。 理由はミサゴ自身も上手く説明が出来ない。 ただ、あまりにも極端な感情の振れ幅が、彼女の情操を歪に育てているような、そんな予感がしていた。


「羨ましいねぇまったく。 俺なんざ愛想振りまく相手がいるだけマシだと思えってか?」

「へっ、だったら暇つぶしにアタシが付き合ってやってもいいよ」

「俺にケモノ系の趣味はねぇから遠慮する」

「……ツレないねぇ」


 ハーメルンからの応答が一時途切れ、手が空いたアンダードッグが苦言を呈すると、ピースキーパーがニコニコと笑いながら応じ、あえなくフられる。


 争いの主が住人達へと渡り、最早自分達が干渉する必要はないだろうと、数時間前まで大いに殺気立っていたミサゴ達の気は、日常レベルとは言わずも緩んでいた。


 しかし大空洞内に前触れなく微震が走ると、緩んでいた空気が自然と引き締まる。


「なんだい地震かい?」

「おおかた、フラクタスのどこかで起こっている環境変化だろうさ。 俺らが出来ることなんて何一つ無いからほっとけ」


 大きな耳をヒクつかせ神経質に天井を見上げるピースキーパーを横目に、アンダードッグは都市内ネットワークにアクセスし被害状況の把握に勤しむが危機感など何一つ抱いていない。 そもそも危機感を抱かなければならないほど大きな環境変化が起きたが最後、死ぬしかないからというのが大きな理由でもあった。


 だが、一旦黙り込んだハーメルンが再び通信を確立した瞬間、その甘い考えが一挙に消し飛ぶ。


『あぁー……、こりゃマズい……』

「何だ? 一体どうしたんだ?」

『平たく言うと緊急事態だ。 死にたくなければ頑丈な物陰に伏せて役立たずの神相手に祈っとけ』

「なんだって?」


 いい加減なハーメルンにしては直球な警告に、4人は反射的に顔を見合わせる。


 その瞬間、大空洞の天井が真っ赤に赤熱したかと思うと、探査ポッドに酷似した大量の何かによって易々と突き破られた。


 数刻前のスラム全体を巻き込む争いすら、ただの前菜に過ぎなかったと宣告するように。


今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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