眠れる巨兵
「見ろ諸君! あれこそが地表を我が物顔で這い回る忌み深き芋虫だ! もし首級を挙げられたならば、さらに大量の援助を約束しよう!」
「俺達の為にグズグズになって死ねーッ! 権力者の犬のクソ虫がぁーッ!」
「チッ……」
アトラスの号令の元、闇の帳が下りたノーマンズランドを仄明るく照らす程の対空砲火が、宙へ舞い上がったミサゴを四方より襲う。 人の目視による単純な銃撃の為、避けること自体は極めて容易いが、大量の射手によって形成された無秩序な弾幕は、ミサゴの退避先を意図せぬままに狭め、行動の択を奪っていた。
幸いにも例の巨大レリックから距離を取ったお陰か、ノーザンクロスの誤動作自体はほぼ解消に至る。 しかし左眼に浮かび上がる敵兵一人一人のデータを流し見るミサゴの表情は極めて渋い。
『何やってる馬鹿! あんな連中テメェにとっちゃただの的だろう!? 普段やってるよう横一線に殺っちまえ!』
「……気が向かない」
『んだと?』
通信を復旧させたアンダードッグの訝しむ声にも構わず、ミサゴは大きく8の字を描く軌道でひとまず弾幕をしのぎ切ると、パワードスーツ本体を操る犯罪者を両断するとほぼ同時に、バックパックの両端に乗せられた無学な馬鹿を叩き落とす。 打撲や骨折を負うだろう勢いだが、少なくとも死に至るほどではない。
『こいつは愉快だ、わざわざ選んで殺す余裕があるのか?』
「別に余裕なんて欠片も無いが、不和を生みたい連中の考えに乗るのは気に喰わない!」
ブレードを引き抜いた勢いそのままに跳躍し、再び空中を駆けるミサゴ。 だがランダムにバラまかれる弾幕全てを避けるには至らない。 動きが多少鈍ることを覚悟で展開したシールドの表面を、雨粒が屋根を叩くが如く、弾丸が衝突し砕け散る。 結果的にダメージを最小限に留められたが、攻撃を受け止めたミサゴの危機感は大きく跳ね上がる。
「対サイボーグ重鉄鋼弾……!」
「本当ならあの喋れない死に損ないを狩るのに使うはずだったが、お前がいるのなら話は別だ!」
激しい衝撃にミサゴの体勢が崩れた隙を突き、一旦は大きく間合いを離したアトラスが機関砲をばら撒きながら再度突撃を敢行する。 当然、弾幕の中に自ら突っ込むことになるが、彼は一切気に留めない。 それどころか、背を喜んで撃たれながらミサゴへ追い縋った。
元々の隆々とした体格に加え、最新式のアンプを埋め込んだことで得られた力は、以前とは比較にならない実力をアトラスにもたらす。
「あの時の礼だ。 一発喰らってろ!」
「……ッ!」
人間の力の範疇を超えた剛腕が、シールド越しながらもまともに受けたミサゴをバラックの中へ叩き落とす。 しかし皮肉にもそれは、弾幕の圏外へと弾き出す慈悲の一撃でもあった。
「くっ……前会った時以上にやりやがる」
『アホ! テメェが必要以上に手を抜いてるだけだ!』
地面に叩き付けられる寸前、ミサゴは受け身を取って衝撃を最小限に抑えつつ遮蔽へ転がり込んだ。衝撃で揺らぐ脳裏に、今まで黙っていたアンダードッグの容赦ない痛罵が飛ぶ。 その瞬間、左眼の視界にアトラスの位置情報や、周辺環境の詳しいデータが事細かく投影され、ミサゴは己を取り巻く危機の全貌をようやく理解できた。 こちらを執拗に追跡してくるアトラスの反応の後ろに蠢く物量の脅威を。
「安物とはいえ、戦闘用パワードスーツ着込んだ兵隊が100機オーバー。 銃座に載せられたアホ共を合わせると300人以上の軍勢か。 こんなゴミの山にどうやって潜ませていたのやら」
『あの腐れDJにデータ突き付けながら問いただしたら“ストラグル”とかいう組織が数年前から関わっていたんだと。 何が中立だよふざけやがって!』
「……つまり、革新派とやらは最初から自分らの背に糸を括ってあるのを知らなかったワケだ」
データと悪態を同時に送って来るアンダードッグの喚き声を無視しつつ、ミサゴは壁の向こうから破壊音と共に迫って来るアトラスの肉弾攻撃に備えた。 敵の動きから複数の行動パターンが解析され左眼へ投影される。 その挙動から、向こうもこちらから見られていると察しているのが伺えた。
『接敵と同時に奴のアイカメラをダウンさせる。 その隙に畳み掛けろ』
「了解」
秒にも満たない短いやり取りの後、ノーザンクロスの各部に配されたスラスターが文字通り爆発的な推力を叩き出し、装着者の肉体を襲い来る敵に向かって弾き飛ばす。 気取られているのなら、下手に隠れる意味もない。 真正面から仕掛け、防御の隙すら与えず押し切ればいい。
「捉えた」
「馬鹿が! 自分から来やが……!?」
壁や障害物を吹き飛ばし、低い軌道を高速で疾走するミサゴの視界に悪辣な巨漢の影が映り込んだ瞬間、左眼の中を見慣れた表記が流れていく。
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クロウラーズハイヴ登録名:アンダードッグ(ネットワークID:Sniveling_Profit)による外部アクセス要求
承認済み接続を確認
対象システムへの干渉開始
「クソッ! 小汚ねぇネズミが味な真似を!」
突然眼前が真っ暗になった理由を察したアトラスは、滅茶苦茶に暴れ狂って視覚が回復するまでの時間を何とか稼ごうと目論むも、それを黙って受け入れる程ミサゴも慈悲深くはない。 少しでも捕捉される確率を下げる為か、忙しなく位置を変え続ける巨漢の急所をキャノンの照準が無慈悲に狙う。 装填されているのは対大型イミュニティ用の超硬質貫徹弾。 サイボーグとはいえ人間が喰らえば一たまりもない。
「……っ」
これ以上自身のアンプの機能や動きを覚えられる前に殺す。 たとえ一時しのぎであっても戦闘を長引かせるよりはずっと良いはずだと、ミサゴは確固たる殺意を以てアトラスを凝視した。
――刹那、凄まじい爆発音を伴って砲口から閃光が迸り、戦車のそれよりも重く固い砲弾が翔んだ。 発射した瞬間のマズルブラストだけで、前方の障害物が悉く消し飛び、撃った当人の姿勢すら大きく崩す。
さらに、あまりに強すぎる衝撃は建材すら細かい塵に変え、直撃の判断すら妨げるほど濃厚な煙幕を生み出してしまった。
『やったか?』
「ハハッ! ざぁーんねんだったなぁ!!!」
「チッ……!」
左眼が新たな情報を投影するよりも早く、ミサゴの立ち位置を察したアトラスが煙幕を引き裂いて殺到する。 直撃による即死は避けたようだが、ボディの大部分を持っていかれたことには変わらず、素人目に見ても再度の死は目前。 それでも悪辣な巨漢の戦意は全く衰えず、体勢を崩していたミサゴの足へ縋りつくように組み付いた。 ミシミシと音が鳴るほど固く巻き付いた頑健な腕と、皮膚を割いて展開した拘束クロー。 がっちり噛み合ったそれらは、ミサゴの腕力であっても容易には振り解けない。
「ただでは終わらんぞ坊主。 せめてあと一つは手札を晒して貰おうか」
「強がりを言うな。 その身体で今さら何が出来る?」
「別に俺が引き金を引く必要はない。 チームアップってのは大事だよなぁ?ん?」
「ッ!!!」
顔面の皮が剥がれ、金属の髑髏が露出したことすら頓着せずアトラスは笑う。 その表情から何が起こるかを悟ったミサゴは、黙ったままブレードを突き立ててアトラスへ二度目の死を与えた。 だが、拘束は解けない。 無様に事切れた後もなお、アトラスの頑健な腕とクローは屍のまま足に食い込み続けていた。
「仕方ない……」
いくら高級パーツを大量に搭載したサイボーグでも、低価格の迫撃砲弾を何百発も浴びれば死は免れない。 だからこそミサゴは、せめて即死だけは防ごうとシールドを展開し、その影に身を隠した。
その瞬間、何故か軽い溜息を吐いたアンダードッグが低い声色で言葉を紡ぐ。
『おい、万が一拘束が解けてもそこから動くなよ』
「……なに?」
この致命的な状況下でふざけるなとミサゴが怒鳴り返そうとした瞬間、地の底から呻く様な咆哮が木霊する。 それと同時、バラックの要塞が基礎の地面ごと文字通り真っ二つに裂けた。 多くの物体が破壊に巻き込まれたはずだが、不思議と爆発どころか音や残骸すら発生しない。
「これは!?」
『へっへぇコイツはすげぇや。 あの馬鹿共が無謀な侵略をやらかそうと考えた気持ちも分かる』
ボロの要塞をぶった斬った“ぼんやりとしか見えない何か”は、そのまま大量のパワードスーツが陣取る要塞全体をなぞる様に通過すると、その軌跡に沿ってあらゆるものが分解され粒子に還っていく。 後には何も残らない。 何かが削り取られたと思しき痕跡以外には何も。
「おいアンダードッグ、まさか……」
『お察しの通りだ。 先に言っとくが、お前はもうコイツに近づくなよ。 これ以上のトラブルはゴメンだ』
足にしがみ付いた屍を引き剥がしつつ、ミサゴは恐る恐る大地に深く刻まれた傷痕を覗き込む。 その中に佇んでいたのは、片腕を振り下ろした姿勢のまま動きを止めた巨大レリック。
人の手に余る力を秘めた巨人が、再び眠りにつく瞬間だった。
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