見えざる糸
『どうだ? 奴らの身の丈にはとても合わないだろう? それどころか地上の如何なる組織も数世紀は持て余しそうな怪物だ』
「あぁ……、少なくともテスラさんは踵を鳴らして嬉し泣きするような品だろう」
全ての光を呑み込むような漆黒の装甲に覆われ、地球上では未だ開発されていない発振器や推進器らしき何かを大量に装備した兵器らしき物。 スラムで確保できるとは到底思えない高価なメンテナンス機材と、ハイヴが有するものと比較しても遜色ない電子機器によって繋がれたそれは、まるで生きているかのように装甲の隙間から仄暗い光を明滅させる。
「しかしこんなモンを気安く破壊して大丈夫か? 万が一地上まで吹っ飛ぶような爆発なんてされたら困る」
『少し待ってろ、連中が残してる調査データを拝借してからでも遅くはない』
「……あんな馬鹿共が、世界中から掻き集められたエリート以上の解析力を持ってると?」
『まさか。 俺が期待しているのは奴等を顎で使ってるあくどい連中の技術力だよ』
「何だと?」
ミサゴが思わず問いかけるも、アンダードッグは自らがやるべき仕事を優先し、返事を一切しない。 返って来るのはノイズ混じりの静寂だけ。
「どいつもこいつも詳しい説明を省きやがって」
ハーメルンにしろコイツにしろ、いい大人が何故報連相を守ってくれないのかと、ミサゴは軽くため息を吐きつつ周囲に耳をそばだてる。 先ほど右腕の暴走に感付いたのは幸いに一人だけだったようで、他に向かってくる者の気配は感じられない。
「所詮はド素人とチンピラの無謀な暴走だったか……」
正直期待外れな相手だったと、ふとミサゴは張りつめていた緊張の糸を微かに緩め、軽く握りしめていた両拳を解く。 無論油断したワケではない。 余分な集中力の浪費が、ここ一番の際に響くことを知っていたが故の行為。
だが今だけはそれが早計であったことを、左眼の視界の中を地球上の言語とは思えない記号が埋め尽くした瞬間に悟る。
「これは!?」
咄嗟に左眼を閉じるもアンプの異常挙動自体は止まらず、再び制御を外れた右腕は勝手にブレードを生成し、刀身が真っ白に輝く程の熱を溜める。 身から離れているはずが、肌を軽く焼かれる程の熱量は、ミサゴへ本能的な危機感を抱かせるほど。 さらに閉じたはずの左眼は見えていないはずの視界を勝手に投影し、目の前に佇む巨大なレリックへレティクルを合わせていた。
「クソッ! このガラクタが!」
暴走するアンプの目的を察したミサゴは、偶然制御を外れなかった左腕を刀身へ叩き付け、勢いそのまま右腕を地面に抑え込む。 両腕のアンプから同時にけたたましく火花が散るも、単純な馬力ならば左腕が優れていたのが幸いし、身を焼く程の拮抗の果て、遂にはブレードをへし折った。
『おいピルグリム!』
「黙ってろ! 心配せずとも俺はまだ俺のままだ!」
度重なる誤作動の発生や突然の自傷行為に流石のアンダードッグも焦りを滲ませるが、当のミサゴは頭の中で怒鳴り散らして黙らせる。
混乱が重なる頭の中で否応が無しに浮かび上がってきたのが、自分でも知らぬうちにコズモファンズへ近づいていないかという懸念と恐怖。 もしそれが事実であるのなら、完全に化け物に成り果てる前に頭を吹き飛ばしてしまうのが、周囲や他ならぬ自分の名誉の為でもあった。
かつてのミサゴであれば迷わず頭を吹き飛ばしていたが、今は違う。
「アイオーン……!」
気が狂った自分が周囲へ齎すであろう被害等、死に向かう理由よりも先に彼女の微笑みが脳裏を過ぎる。 死を禁ずるテスラの厳命があったからではない。 何の考えも無くただ自然と浮かんだ彼女の美しい横顔が、ミサゴを死の誘いと正気を奪われる恐怖から護り抜く。
「そうとも……俺はまだ死ねない……」
己に力強く言い聞かせながらミサゴは深呼吸する。 未だ右腕は微かにヒクつくが、誤作動が最も劇症化した瞬間に比べればかわいいものである。
何にせよ、今できることはアンダードッグの報告を待つことだけ。 そう思い直し立ち上がろうと膝に力を込めた。
――刹那、聞き慣れたアラートがけたたましく鼓膜を揺らし、抜けていた気合いが無理矢理叩き込まれる。
「くっ!?」
同時に左眼の視界が見慣れた戦闘モードのインジケータへと切り替わり、ロックオン警告が真っ赤に視界を染めた。
反射的に地面を蹴って巨大レリックの影へ滑り込んだ瞬間、耳を劈く銃声と共に放たれた曳光弾が帯びる閃光が、闇より暗い装甲に弾かれ儚く砕ける。
「ふん、流石に装着者が危機に晒されれば空気を読むか……。 単なるガラクタだと聞いていたが、思った以上に賢いようでがっかりだよ俺は」
レーダーが射手の位置を割り出すより早く、ドスの効いた低い声が風通しのよくなった部屋の中に響く。 それに導かれるように、ミサゴは弾丸が飛んできた方へ視線を向けると、思わず瞠目した。
元々逞しい隆々とした身体を、特注のヘヴィーミリタリーアンプでさらに頑健に強化した、スキンヘッドの巨漢。 面構えからして邪悪そのものといった出で立ちをした男は、腕と一体化した機関砲をリロードしつつ足早に遠ざかっていく。 当然その背中を追っていくミサゴであるが、その胸中にあったのは攻撃されたことに対する苛立ちでは無く、強い戸惑い。
ミサゴは襲撃してきた男の顔を知っていた。 本来であれば二度とツラを拝むはずがないことも。
「あり得ない。 お前はあの時死んだはずだ! アトラス!」
「ほう? 殺した相手をわざわざ覚えていたのか? そりゃ嬉しいねぇ悪党冥利に尽きるってもんだ!」
ミサゴが生成したキャノンを向けるとほぼ同じタイミングで、アトラスもリロードを終えた機関砲をミサゴへと向ける。 互いに搭載されたアンプを駆け巡るは、ロックオン完了と警告を同時に知らせる電子音。 それを合図に無慈悲なる鋼の暴風が解き放たれた。
硝煙渦巻く致死の嵐が吹き荒れる中、並行して打撃と斬撃が乱れ舞う肉弾戦が展開される。 互いの鋼で強化された拳が打ち合う都度に表面の加工が削れ、ブレードと銃剣の耳障りな鍔迫り音が闇に木霊する。
「……?」
幾合と無慈悲な差し合いを続ける最中、ふとミサゴはアトラスの体捌きに強い違和感を抱いた。 自分の手の内が透けているかのように、防御と攻撃が最高にやりにくいタイミングで一手差し込まれ続ける。 地力の違いが幸いし防戦に追い込まれる程では無いが、それでも果敢に攻め込めず戦況は完全に膠着する。
「ふふっ、以前同様あっさり殺せず焦れてるな?」
「……っ!」
「それでこそ殺された甲斐があったというもの。 どう動かれるか分かってて同じ事を繰り返すのは馬鹿のやることよ」
睨み上げるミサゴの殺気に気圧されるどころか、この状況自体を楽しむように笑いながらアトラスは囁く。
「ところで、あの時連れてたコンパニオンアニマルは一体どこに置いてきた? それとも早々に飽きて保健所にでも連れて行ったか?」
「これから死ぬテメェに教える義理はねぇよ!」
「そうかい。 だが本当にお前さんに殺せるかね? ……“俺達”をよ」
「……俺達だと!?」
悪辣な巨漢の戯言を訝しむ暇も無く、再び左眼の中をロックオン警告が乱れ舞う。 アトラスが銃口を向けていないにも関わらず。
「クソッ!」
「さぁ、選ばれた英雄様がたかが雑魚にどれだけ無様に足止めを喰らうのか! 愉しみだよなぁ!」
咄嗟にアトラスを蹴り飛ばして爆発的に後方へ跳躍した瞬間、膨大な量の弾丸がミサゴの周囲一帯に降り注ぐ。 ただの弾では抜けない鋼鉄の壁を貫通するどころか、あちこちで爆発が発生し、一直線に後逸しようとしたミサゴの針路を阻んでいく。
明らかにただの歩兵が持ち得る火力では無い。 しかし目ぼしい固定火器は全てアンダードッグの手にかかったはずだとミサゴが思うも束の間、バラックの要塞のあちこちを破壊しながらいなかったはずの敵影が姿を現す。
単純なフレーム構造によって成立し、中身の兵士の様子すら伺える極めてシンプルな造りのパワードスーツによる軍勢。 有人式銃座を備えた天秤型のバックパックを背負ったそれらは、天に舞うミサゴを睨め付けると、開戦の鏑矢とばかりに一斉掃射を開始した。
今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。
もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。
たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。




