佇む物
「ふふっ、反射で行動するしか能が無い昆虫以下の馬鹿は使いやすくてありがたい」
遠方で燃え上がる住宅のすぐそばで、無様にも集団に囲まれ叩きのめされる革新派の若者達の醜態を眺めながら、体格逞しいギャングが独り言ちる。 街をうろつく連中と比べ、妙に身なりが良く清潔感のある佇まいをした男は、そばに控える部下らしき狐目の男へ視線を送ると、片眉を吊り上げた。
「ところで、あの馬鹿どもの数はちゃんと減らせてるか?」
「今のところ順調です。 現場指揮担当者の多くはドサクサに紛れてこちらで始末しました」
「うむご苦労、このペースなら組織の乗っ取りも間近だろう。 指導者気取りの甘ちゃん共には、真の革命のやり方というものを身を以て教えてやらんとな」
ガラの悪い顔付きに相応しい凶悪な笑みを浮かべ、男は懐から取り出した葉巻に火をつける。 そうする合間にも、劣勢に立たされ救援を乞う喚き声がネットワークを通じて伝わって来るが、男が素直に応じてやることはない。 否、そもそも最初から助けてやるつもりなど無かった。
「赤の他人のリップサービスを鵜呑みにするような馬鹿が革命だと? 笑わせる」
「そうだな、自分の足元も見られないヤツが世直しなど夢のまた夢だ」
「……なに?」
唐突に耳元で囁かれた知らぬ声に、筋骨隆々とした腕が反応を示すも2手3手遅い。
「ウギャアアアアア!!!」
自分に拳が降って来るのを恐れ、みっともなく振る舞っていた狐目の男が頭から煙を上げながら倒れ込むと同時、振り返ろうとしたギャングの胸元を一筋の刃が貫いた。 赤熱した刀身を沸騰する鮮血が伝い、ツンとする焦臭があたりを漂う。
「ガ……ッ! ピルグリム……! 貴様ァ……!」
「後ろに目ん玉付けてなかったお前が悪い」
誰が自分を襲撃したのか察したギャングは、必死に背後へ視線を向けようとするも、ミサゴがそれを許すはずもない。 そのまま真上へと跳ね上げられたブレードは、ギャングの首から上を軽々と刎ね飛ばし、容赦無く赤い雨を降らせた。 噴水の如く高々と駆け上がった血潮はミサゴ諸共周囲を汚し、並々ならぬ事態が起こったことを暗に知らしめる。
『おーおー相変わらずおっかねぇ、もう少し目立たない穏便なやり方ってのがあるだろう』
「死刑相当の罪を犯してきた連中に慈悲などいらん」
頭の中でワザとらしく怖がって見せるアンダードッグの戯言にも慣れたのか、ミサゴは淡々と返しつつ転がった死体の周りに軽く仕込みをしてその場を去る。 直後、騒ぎを聞きつけたギャング共が、身の丈に合わない新式の銃器を携えて大量に押し寄せてきた。 数の利という単純なアドバンテージを得た今、彼らに怖い物は何一つとしてない。
「おい! なんだあの死体は!?」
「まだ遠くには行ってないはずだ! 炙り出せ!」
何としてでも下手人に落とし前を付けさせるべく、死体の周りで眉間に青筋を立てたギャング共ががなり立てる。 だが足元からカチッという無慈悲なクリック音が響いた瞬間、彼らの怒号は地面から溢れ出た爆炎に呑み込まれ消えた。
彼らが引っかかってしまったのは、ノーザンクロスによって生成された砲弾を利用した即席地雷。 大型イミュニティにすらダメージを与えられる炸薬の爆発を、マトモに食らって生きていられる生身の人間などいるはずもなく、爆発痕には骨の一欠片すら遺らない。
無論、爆音と共に突如立ち昇った炎の柱は、さらなる遠方の虫を誘き寄せる篝火となる。
「敵襲! 敵襲だ!」
「なめやがって! ぶっ殺せ!」
「もっと兵隊共を集めろ! 敵は大勢のはずだ!」
大通りを濁流の如く走り抜けていく悪党共。 その脇をすり抜けるように、ミサゴはバラックの影を縫って音も無く疾駆する。
『へっ、お前の目論見通りだな。 こんだけ派手に立ち回ってもピクリともせず固まってる大勢の兵隊共がいやがる。 奴等が大事に抱えているレリックとやらは恐らくそこだろう。 でなければ重要物資か、はたまた物資搬送用のステルス潜航ポッドか』
「連中の鼻づらにゲンコツ食らわせられるならなんだっていい。 それより向こうのセキュリティシステムはどうなってる?」
左眼が検知したセンサーの位置や視界を入念に警戒し、されど素早く静かに敵方の重点警戒エリア深くに潜り込んでいくモノトーンの影。 古い自動迎撃タレットが寂しく本体を軋ませる音が、咄嗟に物陰へ伏せたミサゴの耳へ届く。
『スラム中に張り巡らされたネットワークに比べりゃマシだが、障害にはなり得ん。 だが……』
「だが?」
『さっきのコンビを殺した時におかしなパケットが飛んだ。 中身は読めなかったが、面倒の元かもしれん』
「さっさと片を付けて離脱すれば問題ない」
『現場がそう判断するなら俺は何も言わないさ。 ……一帯のセキュリティは掌握した。 このまま前進しろ』
「了解」
周囲で稼働していたタレットが皆一様に頭を垂れて動かなくなったのを視認し、再びミサゴは駆ける。 かの九龍城砦の如く無秩序に増改築されたバラックの要塞を、アンダードッグのナビが視覚化したロケーターに従ってさらに地下へ。 既にスラム上層の喧騒は遠く、時折聞こえるのは攪拌した大気が吹き抜ける音と、遠くで見張りが退屈気に欠伸をする声だけ。
「遠いな」
『それらしいモンを見つけたからもうちょい辛抱しろ。 あの連中、頭が足りない代わりに運だけは腐る程あったようだ』
「……一体何を見た」
『直で見たら分かるさ。 こんなバカげたモンを地上に出すワケにはいかない』
今までの不真面目な態度から一転、極めて深刻に呟くアンダードッグの声色は、闇の中をひた走るミサゴの足を無意識のうちに加速させた。 少なくとも良い事であるはずがないと、軽い焦燥が彼の背中を押し、左眼に示された標的までの距離をますます狭めていく。
しかし標的までの単純距離が100メーターを切った瞬間、固く握りしめられていたはずの右手が動く。 ミサゴ自身の意志に反して。
「……っ!?」
このようなことが起こるのは初めてではない。 しかし今回の自立稼働は明らかに挙動が異常だった。 完全に着用者の意志を逸脱し生成された巨大なブレードが、バラックの迷路を紙くずを引き裂くように切り裂き、一直線のショートカットを開通させる。 勿論、強引にそんなことをやれば物音が立つのは当然で、即座に何者かが走り寄って来る足音が聞こえた。
防衛をほぼタレット任せにした上、度重なる違法建築のせいで要塞自体が物理的に膨れ上がった結果、厳重だった警備に反し現れた見張りはたった一人。 それでも彼は自らに課せられた責務を果たすべく、要塞に突如切り開かれた通路へ勇敢にも足を踏み入れる。
「なんだよ! こんなところまでイミュニティが潜り込んで来やがったのかよ!?」
あまりに非常識な事態に人間の仕業だと認識できなかった見張りは、小さな物音が鳴る都度に銃口をそちらへ向け、首級を上げんと躍起になる。 それを成したたった一人の人物が、頭上で息を潜めているとも知らずに。
『何があったピルグリム。 こちらのセンサーは何も捉えていない。 化け物共とでもかち合ったか』
「俺が知りてぇよ」
『なに?』
ミサゴの至極端的な返答が逆にアンダードッグを訝しめるも、当の本人は内心混乱の最中にあった。 辛うじて右腕の制御を取り戻したものの、今度は左眼が眼下でうろつく兵隊を勝手にロックオンし、キャノンを撃ち込む準備を始める。
「くっ!」
爆音を上げて敵を呼び寄せたくない気持ちもあるが、それよりミサゴがイヤだったのは、ロックオンされた見張りに犯罪歴を示すデータがなかったこと。 少なくとも無下に殺されるべきではない人間の命を奪うのは、ミサゴのプライドが許さなかった。 ならばとミサゴは見張りの背後へ音も無く飛び降り、その首を殺さぬ程度の力で締め上げる。
「グッ……グガッ……!?」
「俺に殺される理由が出来る前に、さっさと足抜けするんだな」
標的を殺す必要がない状況をお出しすればシステムは止まるはず。 何の根拠もない一種の賭けだったが、見張りの意識が落ちると同時に左眼のインジケータは、ミサゴの願い通り元の形へと戻っていった。
「余計な面倒をかけさせやがる」
その場に崩れ落ちた見張りを拘束し、物陰へと蹴り込みながら独り言ちるミサゴ。 しかしその乱暴な言い方とは裏腹に、頭の中では恐怖と混乱が渦巻いていた。 身体の大部分にアンプを埋め込んでいる身で最も恐れる事態とは即ち、自我の事実上の死たるコズモファンズ化に他ならない。
「俺は……」
『くだらん懸念に怯える暇があるなら手足を動かせ。 悩み苦しんで問題が解決するなら話は別だがな』
「……いちいち一言多いんだよタコ」
ゾっとするような気持ちに呑まれかけた矢先に投げつけられた苦言は、足を止めかけたミサゴの心に再び火を入れて前進を強制する。 幸いにも進むべき道は後僅かで、二度三度スラスターを吹かしただけで、無事に目的地へと辿り着けた。
そうしてミサゴは理解する。 アンダードッグが投げやりに呟いた言葉の意味を。
「これは……兵器なのか……?」
みすぼらしいボロ屋を積み上げて作られた要塞モドキの奥底に鎮座していたのは、地球上には存在しない乗り物のような何か。
ミサゴがあらゆる媒体を通して見て来たどんなレリックよりも大きく雄々しいそれは、岩盤の向こう側に広がる空を望むように天を仰いでいた。
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