影差す楽園
疑似的な夜を迎えた大空洞の中に、目に突き刺さるような光を帯びる不夜城が突如姿を現わす。 それは、ノーマンズランドの中央に聳えるレディオタワーを囲むように築かれた違法建築群が放つ光。 乱雑に設置されたネオンの壁が、うねる様に変化する極彩色の光条を街へ降ろし、日中とは違うスラムの姿を浮かび上がらせる。
勤務時間から解放された住人達がスラム唯一の歓楽街へと雪崩れ込み、どこから持ち込まれたかも分からない食料や酒、そして女の肢体を貪る。 絶え間なく身に降りかかるストレスを誤魔化すように、欲望へ身を委ねる姿は地上に住まう労働者達と全く変わらない。
しかしそれも、どこからともなく飛来した弾丸によっていくつもの頭が弾け飛んだのを皮切りに終わりを告げた。
「ヒッ……」
「革命家気取りのアホ共だ! さっさと守り人達を呼べ!」
露骨に胸元が空いた服を着込んだキャストが顔色を変えてその場に蹲り、生き残った客の男らがカバーから互いに声を掛け合うが、そうする間にも歓楽街とその他の区画を隔てる高い壁を乗り越えて、招かれざる者達が迫る。
威圧的な古めかしい軍服を着込み、視界に入る店舗へ手当たり次第に火炎瓶を投げ込んでいく大勢の若者達。 彼らは身の丈に合わない銃器を不器用に構ると、燃え上がる店舗から次々と飛び出してくる客へ躊躇いなく狙いを定めた。
「俺達が苦労してるってのに何を呑気に堕落を楽しんでやがるブタ共!」
「地上のクソ共が押し付けて来た地獄のような生活を死ぬまで受け入れる気か!?」
「だったらテメェらに生きる資格はねぇ! 望み通り腹一杯弾丸食らって死んどけや!」
丸腰の相手に下卑た笑みを向け、威嚇でもするかのようにベルトリンクへ吊るした弾丸をジャラジャラと鳴らす革命家気取りのチンピラ共。 だが、店舗を薪として燃え上がる炎の壁を引き裂き、猛然と突撃してきた異形を視界に入れた瞬間、その表情は喜悦から絶望へと変わった。
「なっ……お前は別動隊に……グモッ!?」
踏みつぶされる直前、チンピラ共が生涯最期に視界へ収めたのは、赤錆色の装甲を鮮血で湿らせたハンターキラーの威容。 両手足に肉片をこびり付かせ、アイカメラを真っ赤に光らせる戦闘機械は、怒り狂った牡牛の如く咆哮を上げつつ、半泣きで逃げ出すアホ共を自らの質量に任せて轢殺していく。 かつて同胞だった相手だろうと慈悲はない。 彼が通り過ぎた後に残されるのは、原型残さず潰れた肉と汚い地面のシミだけ。
「はっ……はっ……! こっちに来るなよぉ! きたねぇエビの化け物がよお!」
「墓穴に片足突っ込んだ無様な知障が! さっさとこの世から消えろ!」
同志を無惨に殺され、健気にも仇を討たんとチンピラ共は必死に鉛の雨を降らせると、対するハンターキラーは自分の身より逃げ遅れた人々の安全を優先し、盾となるべく大きく両手を広げる。 もっとも、対装甲を想定していない安い弾丸ではハンターキラーが纏うアンプを抜くことなど到底不可能で、その場に砕けた弾丸がボトボトと落ちるばかりだった。
「はっ……い……イヤだ……たしゅけ……ゲバッ!?」
一方的な殺戮を行うはずが、一方的に嬲り倒される羽目になったカス共の断末魔が一つまた一つと、天を焦がす程に踊る炎に呑まれて消える。
だが、開かれた戦線は歓楽街だけでは無い。
どこに潜んでいたのかも分からない無軌道な暴徒達は、微睡の底にあった住宅街へ雪崩れ込むと、これ幸いとばかりに火を付ける。 たちまち煤煙が大空洞の天井付近まで駆け上がり、異変を察した人々が着の身着のまま、子どもや財産を抱いて大通りへ飛び出して来た。
悲鳴と嘆きが次々と響く中、それらを見下ろせる場所に陣取っていたチンピラ共が、箱から取り出したグレネードを手慰みに弄びながら笑う。
「へっへぇ見ろよ、あのババァ死にぞこなった半分ミンチのガキを無様に引き摺ってやがる」
「ならトドメを刺してやろうぜ! 一匹だけだとかわいそうだから二匹ともだ!」
「ちょっとした気を遣える俺らって、マジでハンサムで偉いよなぁ」
街の未来の為、虐げられてきた者達の為という建前は何処へやら。 夢物語に近い思想を盾に暴を愉しむ姿は、獲物を喜々として引き千切るケダモノと何ら変わりない。
「ホーレ! 手始めに一家族殲滅からだ!」
下劣な笑い声をあげつつ狙った先には、ボロ雑巾のようになった子どもを励ますように声をかけつつ、逃げ延びようと足掻く老婆の姿がある。 周囲に人の気配こそあるものの、自分達の命を守ることに必死で、他人に慈悲を垂れるどころではない。
最早救いは無かった。 少なくともこのスラムの領分では。
「こんなへなっちょろい投球じゃ、メジャーリーガーなんぞ夢のまた夢だぞクソガキども」
「なっ……」
緩い遊び感覚だったチンピラ共の背へ、突如浴びせられる背筋の凍る殺気。 その主たる餓狼は、投擲されたグレネードをさも当然のように巨大な手で握り込むと、そのまま造作もなく圧壊せしめた。 ゆっくりと開かれた掌からは、金属と火薬が混ざったモノクロの粉が音もなくサラサラと零れ落ちる。
大空洞を滞留する大気に乗って流れていった粒子は、燃え立つ炎にくべられ瞬く間に無へ帰した。
「馬鹿な! このクソメス犬は!?」
「犬っころ如きが贅沢に服なんぞ着やがって!」
「しかも真っ白でパリッとしたスーツだ! ケモ趣味の変態でも誘ってんのかビッチが!」
「やかましいぞカス共! さっさとオモチャ捨てて地ベタとキスしな! でなきゃぶっ殺す!」
「うるせぇ死ね! 人間様の手でさっさと死ねよ野良犬が!」
呆気に取られるも束の間、迂闊なチンピラが懐に隠し持っていた銃器を迂闊にもぶっ放すと、放たれた弾丸共々、身体を賽の目状に分割されて地面に転がる。
「ひっ……ひっ……」
「次はどいつだ? アタシは優しいから3秒待ってやる」
純白のスーツを真っ赤に染めるピースキーパーの手の中に収まっていたのは、身の程を弁えなかったチンピラの生首。 それを拝まされた残りの若者達は、無意識のうちに泡を吹いて崩れ落ち、昏倒した。
「都合が悪くなったら弱者に化けるか。 思想犯のクズさは地上と何ら変わらんな」
前歴故に何かしら覚えがあるのか、彼女は心の底からの嫌悪感を剥き出しにすると、転がった輩を一人また一人とふん縛って避難民が集まったところへ持っていく。 極めて乱暴な言葉遣いとは裏腹に、逮捕から連行の手際は鮮やかで素早い。
「せっかく目立ってやってるんだ。 さっさと終わらせろよ野郎ども」
自分の存在感に縮み上がり、攻め寄せてこなくなったチンピラ共の動向を鋭い感覚で認識しながら、ピースキーパーは一瞬だけ視線を頭上へと向けた。 濛々と立ち昇る煤煙が激しく身を捩らせる中、彼女の強化された視力だけが人知れず飛翔する影を認識する。
我が物顔で飛べるはずの場所を、殊勝にも煙に身を隠し往くミサゴの姿を。
『へぇ? あのメスゴリラにしては随分と優しい手つきじゃないか』
「あぁ、俺でもあそこまで丁寧にやれない。 骨の二三本は勉強料としていただくことになる」
パーティ間のイントラネットを介しどうでも良い事を呟くアンダードッグの軽口へ、クソ真面目に応答するミサゴ。 しかしスラムに注がれる視線は真剣そのもので、確実な潜入が可能な降下位置を慎重に見定めていた。
『事が終わるまでほっといて連中のポッドを奪っても良かったんじゃないか? 別に俺達が介入してやる義理はない』
「馬鹿共が勝手に死ぬのはどうでもいいが、無関係の人間が企業のオモチャにされては理不尽だろう」
『しかしなぁ……』
アイオーンが一方的に連れ出された後、3人がハーメルンから掻い摘んで聞かされたのは、採掘されたレリックを用いた革新派主導の地上侵攻が近いこと。 そして、無謀な地上侵攻を煽る外部からの不穏な接触があったことの二つ。
ハイヴすら存在を知らなかった共同体へ、掘削技術や探知力が劣る他の勢力が何故容易く接触できたのか。 明らかにキナ臭い物を感じ取ったアンダードッグのやる気は極めて薄い。
『俺はゴメン被るぜ? 後から面倒事抱え込んでお偉方のラジコンになるのは』
「……別に無理して協力を求めてるわけじゃない。 イヤならフけたって俺は責めはしない」
適当に愚痴を聞き流すミサゴに、今さら撤退の二文字はない。 だが何一つ杞憂が無いわけでも無かった。
(アイオーン……)
結局騒動が起こるまでの間会えずじまい、今現在彼女が何をやっているのか全く把握できていない。
せめて無事でいるのかを把握したい。 ふと思い至ったミサゴは、らしくないと思いつつもスラムの脆弱なネットワークにアクセスし、即座に彼女の姿を見つけ出す。
着の身着のまま逃げ出した人々を半地下の建物へ匿い、紫紺の結界を張り巡らせて守るアイオーンの姿を。
「……俺がいなくても立派にやれてるな」
『おいこら仕事中によそ見してるんじゃねぇぞストーカーが。 この俺がわざわざナビゲートしてやってるんだから失敗は許さん』
「分かってるよ悪かった」
『理解してるならさっさと準備しろ。 忍び込むにちょうどいいポイントを見つけた。 座標は既に送ったから後はお前の度胸次第だ』
ほんの数秒前のいい加減な声色から一転、微かな怜悧さを帯びたアンダードッグの指示がデータを伴って届く。
『降下を確認次第、向こう側のセキュリティをハックする。 抜かるなよ』
「了解」
一抹の不安を振り払った若き猛禽が、赤黒い焔を巻き上げて荒れ果てた街へと落ちていく。
前線に若者達を追いやっておきながら、一切動かない輩が点在しているのを強く訝しみながら。
今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。
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