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秘密の交換

「さーて、貴女には一体どんなお洋服が似合うかしらねー」


 ギシギシと床を鳴らしてタンスの中を漁るゾーラの声は、酒場でクロウラー達と対面した時と打って変わり、妙に楽し気で明るかった。 大きな姿見の前に余所余所しい態度で座らされたアイオーンと対照的に。


 ワケも分からず担ぎ出されたアイオーンが連れてこられたのは、スラム全体を見渡せるラジオタワーの外壁に築き上げられた巨大違法建築の一室。 ボロボロの外観に反して内部は意外にも広く、丁寧に片づけられた部屋の壁一面には、古いファッション雑誌からスクラップされたページが、丁寧にラミネートされた上で飾られている。


「えっと……」

「んー……スタイルいいし、胸も大きいし……ちょっとくらい大胆でもいいかも……」

「大胆って何が?」

「露出よ露出。 肩とか背中とか」

「でもさっきは少し出過ぎてるって……」

「バランスよバランス! オシャレってのは出過ぎても駄目だけど控えめ過ぎても駄目なの!」


 つい先ほどの発言と真逆の言葉にアイオーンが首を傾げると、ゾーラは盛大にため息をつく。


「何でも言葉通りに受け取ってちゃ駄目よ。 そうやって真に受けて最終的に損をするのは自分なんだから」

「そういうもの?」

「そういうもの。 ……ていうか貴女、自分がどう見えるかって考えたことある?」

「あんまり」

「でしょうね」


 呆れたような、でも不思議と棘のない声でゾーラは呟くと、今度は深い紺のワンピースを引っ張り出して目を細めた。


「これは……うーん、似合いそうだけど何か違う気がする。 貴女って華やかなのより落ち着いた色の方が映えるタイプよね」

「そうなの?」

「私の抜群なセンスがそう言ってる」


 断言するゾーラにアイオーンは思わず小さく笑った。 その笑い声を耳にしたゾーラが振り返り、少しだけ得意げな顔をする。


「ふふっ、なんだちゃんと笑えるじゃない」

「だって貴女、面白いから」

「褒めてるのそれ?」

「んー……どうなんだろう?」

「あなたが分からないんじゃ誰にも分からないわよ」


 ピシッとしたゾーラの言葉を境に、二人の間に気の抜けた沈黙が流れる。 ゾーラは懲りずにタンスを漁り、アイオーンは壁に貼られた雑誌のページを眺めていた。 そうして暫く経つうち、緊張が少しずつほぐれて来たアイオーンは自分からおずおずと口を開く。


「……ねぇ、何でこんなことしてくれるの?」

「何でって?」

「私、まだここに来たばかりで何も知らないのに」


 もじもじと身体を動かすアイオーンの問いに、ゾーラは少しだけ間を置くと、タンスを漁る手を止めてゆっくりと向き直る。


「知らない人に親切にしたら駄目なの?」

「駄目じゃないけど……」

「だったらいいじゃない。 みんなお互い様よ。 ここじゃ助け合わないと生きていけないんだから」


 当然でしょと言わんばかりに、ゾーラは肩を竦めてドカリと腰を落とすも、すぐに微かに表情を陰らせながら笑う。


「とは言っても、私みたいに考えるのは少数派。 他の皆は周りの全てを踏み躙ったり、何をやっても無駄だと笑うことだけに夢中なの」

「どうして?」

「楽しいもの。 苦しみに悶える人を遠くから笑って、膝を付きかけた人を集団でぶちのめした方がずっとね」


 まるで嘆くように嘯く姿にアイオーンは何も言えなかった。 言い出しっぺのゾーラもそれ以上は何も付け加えず、今度は自分からアイオーンにグッと顔を近づけて問う。


「ところで、さっきのクロウラー達の言ってたこと。生まれてからまだ数か月って、冗談よね?」

「何で?」

「何で?って生後半年の人間がこんな大きいワケないじゃない! 私あのクロウラー達にオモチャにされたのよ!? ムカつくムカつく!」

「いやあの……、あの人達が言ってたことは間違い無いの……」

「はぁ? あなたまで私を揶揄うの!?」

「違うの! 私はここから掘り出されたレリックから生まれたの。 だから私は……普通の人間じゃないの……」

「レリックから……そうなんだ……」


 膨れ上がっていた憤りから一転、ゾーラは全てに納得した面持ちでゆっくりと立ち上がると、窓からスラムの遠景を望む。 その横顔は今まで見せていた、良くも悪くもハッキリしていた表情から遠く、ひどく憂鬱げだった。


「ごめんなさい、私なにか悪い事でも言っちゃった?」

「いいえ、あなたは何も悪くない。 悪いのは身の丈も考えられない馬鹿共の方よ」


 アイオーンの気遣うような問いかけに、ゾーラは軽く首を振って否定した後、軽くため息を吐いて窓枠に肩肘を付く。 大空洞の天井付近を巡る巨大光源が降ろす光は、夕焼けを現わすような濃いオレンジに染まり、疑似的な夜が近いことを告げる。


 星が瞬くように一つ、また一つと街の明かりが灯り始めるのを眺めながら、ゾーラは熟考した後、不思議げな表情をして己を見返すアイオーンに背を向ける。


「この街はね、掘り出されたレリックの力を使って維持されてきたの。 最低限の水や食料や光源も、全てはここから掘り出されたよく分からないもののお陰で尽きることがない。 でもね、それだけで全ての人間を満足させることはできなかった」


 薄い暗がりが広まりつつある中、遠くから聞こえるのは、スラムには似つかわしくないシュプレヒコール。 その大元をゾーラが親指で乱雑に差すと、アイオーンはおずおずと立ち上がって見やる。


 そこに屯していたのは、雑多な銃器で武装して見せる若者達。 お世辞にも地上を護る部隊に並ぶとは言い難い骨董品で身を固めた無謀な集団は、パンドラシティの市章が描かれた旗を燃やし、勇ましく雄叫びを上げていた。


「何……あの人達……」

「革新派。 自分らではそう名乗ってる馬鹿共は地表に戦争を仕掛けようとしているの。 この地で掘り出されたレリックの力を使ってね」

「そんな! どうして!?」

「さぁ? 自分達を地下に追いやった連中に復讐したいってのが建前だけど、豊かな街で生み出された全てを奪いたいってのが本音でしょう」


 心の底からの嫌悪を剥き出しにゾーラはフンッと鼻息を吐くと、近場から聞こえるブモーッブモーッという牛のような唸りが響く方へ視線を向ける。 大勢の守り人の先頭に立ち、直に起こるであろう衝突に備えるハンターキラーが佇む方へ。


「昔は普通の人間だったのよ、彼」


 ぽつりと零れたゾーラの言葉は、独り言に近かった。


「ジャガイモみたいな顔してて、デリカシーもなくて、悩みも細かいことも全部どうでもいいって顔して生きてた。 ……でもいい奴だったの」

「知り合いだったの?」

「腐れ縁ね」


 それ以上は言わなかった。 代わりにゾーラの目線が革新派の方へ動き、底冷えするような酷薄な光が宿る。


「あいつらのせいよ。 自分達の言う事に積極的賛成を示さなかった。 たったそれだけのことで人の一生を滅茶苦茶にした。 彼はもう自分の過去も覚えてないし、あの化け物染みたアンプから離れることは叶わない。 無理矢理引き剥がされたが最後、そのまま死ぬ」


 数分前までの底抜けに陽気な姿が嘘のように、憎悪に目を血走らせて淡々と語るゾーラへ、アイオーンは何も言ってやれずただ俯く。


「革命だの復讐だの綺麗事ほざいてるくせに、結局中身はただの癇癪よ。 くだらない」

「……あの人は大切な人だったの?」


 彼女の身に宿る並々ならぬ憎しみに、アイオーンは幼い情動の中からふと湧いた疑問をそのまま言葉にする。 口にした瞬間、今聞いては駄目なことだったと後悔するが、問われたゾーラの表情は悲しいほどに穏やかだった。


「それは教えてあげない。 アイツとの思い出は私だけの物。 でも、あなたも大事な人のことを教えてくれたら考えてやらなくもないわ」

「え?」

「そう、秘密の交換よ」


 憎悪を吐き出し切って多少気持ちが楽になったのか、ゾーラは明るい表情を取り戻し、クスクスと笑う。


「あの怖い顔をしたイケメン。 あなたを連れ出した時スゴい顔してたわ。 だからピンと来たの。 きっとあなたの彼氏なんだって」

「彼氏? ……よく分からない。 ずっと一緒に暮らしてて、私にとても良くしてくれるけど」

「ふぅん? いかにも他人には興味ありません見たいな顔してたあのイケメンがねぇ?」


 自分に言ったことに自分で納得し、ゾーラは腕を組んでイイ顔をしながら勝手に頷く。


「……?」


 彼氏。 その言葉が意味することをアイオーンはイマイチよく理解していない。 しかし何故か悪い気も否定する気も、アイオーンの中では起きなかった。


今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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