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連続性という幻

 すうすうとアイオーンが立てる小さな寝息が、探査ポッド内に造られた休憩スペースに響く。 ゼペットがレディオタワーの再起動を果たした後、ミサゴとハンターキラーは廃墟に置き去りにしてしまった乙女らを回収すると、ひと先ずは安全と言えるハイヴの小さな勢力圏の中へと運び込んでいた。


「まったく、いい顔をして寝ている」


 アイオーンが寝かされたシングルベッドのすぐそばで、ミサゴは眦を緩ませながら呟く。 通常のクロウラーが利用を許可されているポッドと比較し、ずっとふかふかのベッドに寝かされたアイオーンの寝顔は、深淵より引き上げた時よりもずっと安らかに思えた。


「……それだけ頑張ったんだろうな。 友達の為に」


 ポッドの外から流れ込んでくるそよ風に吹かれ、微かに揺れるカーテンの向こう側。 そこで昏々と眠り続ける人影を一瞬だけ横目に入れると、真っ白い鋼の手がアイオーンの顔へゆっくりと伸び、その頬を指の背で優しく触れる。


 普段のミサゴからは想像も付かないほどに感情の籠った行為。 以前ならば必要以上に近づき触れ合うことすら内心恐れを抱いていたが、今は違う。 そこに冷徹なサイボーグ戦士としての面影は無く、ただ一人の青年がいるだけ。


 だが、ノック代わりに壁を指で叩く音が休憩スペースに響くと、温かな触れ合いもそこで終わった。 普段の不愛想なツラで音の鳴った方へと面倒臭げに視線を向けるミサゴ。 そこには白いカーテン越しに厳ついシルエットを浮かばせるフェニックスの姿がある。


「悪い、取り込み中だったな坊主」

「別に気にしてませんよ、勤務中に気を抜いた俺が悪いんですから」


 バツが悪そうに詫びてくるフェニックスに対し、ミサゴはそそくさと立ち上がって目上の人間へ示すべき礼儀を見せると、アイオーンを置いてポッドの外へ出ていく。


「何か野暮用でもあったのですか? 人手が必要なトラブルが起こったとか」

「いいや。 あのバカデカい重サイボーグの修理ついでに、お前のアンプを見たいんだとあの御方が言い出してな。 俺はただのパシリだ」

「ノーザンクロスを? 何故わざわざ?」

「さぁな、お偉いのが考えることなど俺には全く分からん」


 突然の申し出にミサゴは訳も分からず問うも、自称パシリというだけありフェニックスが返す言葉に大した情報はない。


「だが悪い話でもあるまい。 工学史に残る偉人のメンテナンスをタダで受けられるんだ。 むしろ光栄に思うべきだろう」

「……商売道具のアンプを無暗に晒したくはないのですが」


 アイオーンによる蘇生を契機とした機器の異常進化や、北極星なる謎のプログラムによる自動更新により、ハードソフト共に当初とは全く違う存在に成り果てたノーザンクロス。 普段からメンテをして貰っているテスラは兎も角、迂闊に赤の他人に見せたくないのがミサゴの本音だった。


 しかし、そのボヤキを聞いたフェニックスの顔が「本気か?」と露骨に言いたげな表情へと強張る。


「おいおいお前、あの人のことを本当に知らないのか? 人体埋め込み式アンプの基礎技術を確立した偉人中の偉人だぞ。 学校で一体何を習った?」

「生憎、家庭環境が複雑で学校には行けずじまいでしてね。 御袋と兄貴に必要な勉強を教わった以外は無知ですよ俺は」

「……不躾な事を言ったな、すまん」

「別に気にしていません。 結果論ですが、この物騒な世界で学校なんて呑気に通ってたら賊共の餌にされていたかもしれない」


 途端に言葉を濁して立ち止まるフェニックスをポッドの中へ残し、ミサゴは足早にポッドの外へと顔を出す。そこではゼペットを名乗る少年がハンターキラーの背中に座り、仕上げと思しき処置を続けていた。 彼が手にした機器が動く都度に装甲の合間から火花が跳ね、黒い溶接マスクを明るく照らす。


「まさかイサクにくれてやった戦闘用外骨格がまだ生きていたとは、これぞ製作者冥利に尽きるというもの。 ……もっとも、こんな粗雑な生命維持装置として転用されるとは思っていなかったが」

『:(』

「おっと痛むかね? 本当ならば地上の清潔な環境で分離手術をやった方が良いのだが、君はここを離れる気にはなるまい。 ミダスの資本さえここまで到達すれば、先進医療も問題なく施せるようになる。 お前さんがまた人として生きられるようになる日も、そう遠くはないだろう」


 コミュニケーションで難儀していることを察していたのか、ハンターキラーの頭部には一行のみだが文字が投影される機能が新たに追加されており、良くない感情を表す顔文字が電子パーティクルを散らしつつ表示されては消える。


「ほれ、今ここでやれることは全てやった。 少なくともへなっちょろいイミュニティ相手ならば、どれだけ雁首揃えようが圧し潰されるようなこともあるまい」

『:D』

「礼はいらん、代金は陰険の大金持ちからガッポリ貰うからな。 ……さて、次はお前さんの番だ坊主」


 整備が終わってスラムの中へ見回りに向かうハンターキラーの背中から、道具一式を担いだまま軽やかに飛び降りたゼペットは、ミサゴの姿を認めるや馴れ馴れしく近寄り、無意識に握り込まれていた漆黒の左腕を指でコンコンと叩く。


「先に戦闘レポートとシステムログを拝見したぞ。 前見た時と比べて、実に面白い進化を遂げているではないか。 ガワと中身共々、既存のアンプが有しない特異性を獲得している。 最早機械と言うより、レリックと呼んだ方が近いかも知れん」

「……前に? 一体どこで俺のアンプのことを知ったのです?」


 詳細こそ知らないが、自分のアンプは一般カタログどころかデータベースにすら記録されていない特殊な物のはず。 簡単に知り得るはずがないと困惑するミサゴの前で、ゼペットは偉そうに胸を張る。


「知ったも何も、そのアンプを製造したのはこの私だ。 本来くれてやる予定だったヤツがいなくなって以来死蔵していたのだが、やはり同じ血筋というか相性が合って良かった。 難儀して造ったアンプをただ腐らすのは、作り手として極めて苦痛だったからな」

「俺と同じ血筋ですって?」

「あぁ先に断っておくが、お前さんの期待している人物ではない。 くれてやる予定だったアホの名前は“トリカイ・タゲリ”かつて地上にて英雄と持て囃された哀れな男よ」

「……ッ!!!」


 思わせぶりにゼペットが紡いだ言葉を耳にした瞬間、ミサゴの表情が驚愕、沈黙、憤怒、そして無関心と目まぐるしく変化する。 一見何も考えてないように取り繕っているが、瞳の中で燃えたぎる昏い激情だけは隠し通せない。


「いいや、俺はそんなダニのことは知らない」

「……兄貴共々嘘が下手だな坊主。 死人相手にそこまで怖がる必要などなかろうに」

「俺は自分のガキ相手にビビり散らかして死に逃げした犬畜生に怯えなどしていない!」


 何の感慨もなく呟かれた言葉へ噛み付くように、ミサゴは神経質になって怒鳴り散らす。 そこに普段の冷静さは無く、これ以上その名を口にしたら殺してやるという凄まじい憎悪だけがあった。 もっとも、レジェンドとして語られるだけの修羅場を生き残ってきた古強者にとって、その程度の殺気などそよ風と変わらない。


「それで? 気に食わないならこの私を殺すかね? こんないたいけな姿をした私を?」

「中身は老いさらばえたジジイだろうが! それに殺したとしてもどうせ無意味だろう? 新しい若い身体で甦り放題なんじゃないのか!?」

「……何か思い違いをしているようだな小僧」


 ふぅっと、付き合うのも時間の無駄だと言わんばかりにため息を吐きながら、少年の肉体に秘められた贋作の賢人の意志が、ミサゴの顔を睨め付けた。


「私とオリジナルに意識的連続性は無い。 そもそも自分の脳をオンライン上にアップロードしたところで、自分の意識が電脳内へ勝手に飛んで行ってくれると? そんなファンタジーは有り得ない。 私がクローンとして生まれる前に棺桶の中に叩き込まれた老い耄れなんぞ、既に顔も知らぬただの他人よ」

「なんだと……」

「いや、そのファンタジーもお前だけは有り得るかもしれんな小僧。 無様に死んでいった他の連中と違い、化け物の姫君の寵愛を一身に受ける貴様ならば。 身に覚えがあるのではないか?」

「……ッ」


 痛いところを突かれ、思わずミサゴは何も言い返せぬまま表情を歪ませる。 決して色褪せぬ朱い激痛の記憶。 それは幻の痛みとなって現出し、ミサゴに脂汗を流させた。


 その途端、ゼペットは醸していた不穏な気配を霧散させ、パンッと両手を叩く。 ニヤッと生意気な笑みを浮かべたその顔に、数秒前の異常な威圧感はどこにもない。


「っと、戯れ言はここまでしておくか。 おかげで良いデータが採れた。 感情の起伏一つでここまで細かく内部データが切り替わるとは、最早人体の一部と表現しても過言ではない。 そのアンプ、お前に預けて正解だったぞ坊主」

「なっ、アンタ最初から俺にカマをかけるつもりだったのか!?」

「私の採りたかったデータはこうでもしなければ観測出来なかった。 気分を害したなら後でウマミ・ケミカルの寿司でも奢ってやる。 奴等も救援ポッドを出してるからちょうどいい」


 ミサゴには見えない空間のどこかを見ていたゼペットは、混乱するミサゴへ一方的に手を振るとポッドの中へ静々と消える。 もうお前に興味は無いよと言わんばかりに。


 ポッドの外に一人残され、呆然と佇むミサゴ。 その脳裏にはゼペットが何気なく放った一言が溶けた鉛のようにこびり付く。


「死んだ人間と残された物の間に連続性はない。 ……ならば俺はなんだ?」


 エラッタの手によって一度は完全に砕かれた頭部へ思わず手をやり、彼はただ呻くように呟いた。


 ――俺は本当にトリカイ・ミサゴなのか?と

今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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