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泥中の洗礼

「無人地帯か……」

「知っているのか? アンダードッグ」

「いや、大昔のレジェンドの中に同じ称号のヤツが居たなって思ってな」

『ほぉ? 最近のハイヴは脳筋だらけだと聞いていたが、ちゃんと物知りがいるじゃないか』


 どこか物鬱げな面持ちで呟いたアンダードッグの言葉に、どこからか会話を盗み聞きしてるらしき軽薄な男がけらけらと笑う。


『そうとも。 偉大なる初代市長DDの片腕であり、理想郷を造り上げるべくたった一人で粉骨砕身した不屈のレジェンド。 無人地帯(ノーマンズランド)イサクの墓標がこの街さ。 かのジジィ様がいなければ、俺のような脆弱な市民は揃ってギャングの餌になるしかなかった。 地獄に神様仏様ってのはまさにこのことだよなぁマジで』

「うるせぇよ詐欺師が」


 誰も頼まずとも勝手に喋り倒す男に辟易し、アンダードッグは思わず自身の感覚器官アンプにアクセスすると、該当する野郎の音量のみをギリギリ聞ける程度まで下げた。


 遠回しに拒絶されたとも知らず、来歴不明の男は気ままに喋り続け、自分の言ったことが自分の笑いのツボに入り勝手に笑い出す始末。 いい加減誰もがイライラしてきた矢先、今まで黙っていたアイオーンがボロのスピーカーを不思議そうに見上げた。


「どうしたアイオーン?」

「私……、この人の声を知ってる気がする」

『おや! まさかこんなにも麗しいリスナーが地上からわざわざ来てくれるなんて嬉しいねぇ!』


 どこからか姿すらも確認しているのか、やかましい男は嬉し気に声を弾ませ、さらに捲し立てた。


『俺の名はハーメルン! 末法の世に惑う哀れな子羊を導く牧童だよ!』

「……ハーメルンだと」


 ようやく名乗った男の名を耳にした瞬間、ミサゴの眉間に深い皺が刻まれる。 ふと思い起こした記憶が正しければ、コズモファンズとはまた別枠の高額賞金首として記載されていたはずの名前。 違法ラジオという一種のメディアに乗じ、犯罪者たちに情報をばらまき続けたロクデナシ。


 地上でDJやってる輩が何故こんな深い地下に? あまりに非現実的な出来事と直面し、犯罪者への侮蔑より驚きの方が勝ってしまう。


 しかしその疑問が解決することはなかった。


「悪いがお喋りはそこまでのようだ」


 突然会話を遮って身も凍るような唸りを洩らしたのは、今まで比較的穏やかな表情をしていたピースキーパー。 彼女の大きな耳がスラムの方に向かってひくつき、油断無く動いた目線は扉の向こうに立ち並ぶバラックの屋根をさり気なくなぞった。


「おいピルグリム」

「皆まで言うな」


 ボキボキと威圧的に指を鳴らす彼女の問いかけに臆することなく応じるミサゴの目線もすぐさま外へ向けられ、生成されたブレードの刀身は瞬時に赤熱し大気を焼く。


「アイオーン、君は子供らと一緒に居てくれ。 どうやら手厚い出迎えがあるようだ」

「大丈夫、任せて」


 一切振り向かずに指示を出すミサゴの言葉に、子供達を安心させるべくしゃがみこんだアイオーンはしっかりと頷いて応える。


 程なく、エレベーターが目的地に到着し完全に停止した瞬間、粗末なバラックの屋根から容赦ない一斉射撃が降り注いだ。


 初めてこの街を訪れた4人のみならず、この街で育ってきたはずの子供らや、街の守り人であるはずのハンターキラーすらも狙って大口径の嵐が鋼鉄の箱の中を吹き荒ぶ。


 ただの人間が良くて即死、悪くてミンチの絶望的状況であり、襲撃をかけたギャングの一人が銃を乱射し躍る。


「ウォー! 早く男の無様な死体が見たい! 女のまだ使える綺麗な身体が欲しい! ガキの肉片を小金持ちに売り飛ばしたい!」

「殺してくださいって自己紹介か? だったら薬ぶっかけられた虫のように死にな!」

「な……何だと……!???」


 突然投げかけられた罵声にギャング共が怯んだ瞬間、死角から唐突に現れた人狼が横一列に並んでいた射撃隊をまとめて真っ二つに引き裂き、臓物の雨を降らせた。 人間よりもイミュニティに近い怪物が喋った事実に、悪漢共は怒るより先に驚愕する。


「なんだあの着ぐるみの変態は!?」

「構わねぇぶっ殺せ! どうせ生き残ったのは一匹だけだ! 囲め!」

「へぇ? だったら俺は何なんだろうなカス共」

「は? ベバァ!!?」


 逃げるギャングを引っ掴まえ、大量の生首を作るピースキーパーを一刻も早く殺さんと重装サイボーグが殺到するが、すぐ真上を舞うブレードに片っ端から絡め取られ両断される。 正中線から分かたれた死骸の向こう側ではミサゴが残心を決め、次なる敵の来襲に備えていた。


「珍しくやる気じゃないか坊や」

「俺達が目立ってないと無用な死人が出るからな。 惨たらしく死ぬのは外道だけで充分だ」

「ハッ! そうこなくっちゃな!」


 どれだけ死体を積み上げようと遠慮なく襲ってくるヤク漬けギャング共を、片っ端から両断やら破裂やら惨たらしい死に様を差し上げるミサゴ。 彼の言葉にピースキーパーは狂暴な笑みを浮かべて応え、二人はほぼ同じタイミングで互いの背中を蹴り合うように疾走した。


 暴れれば暴れる程、殺せば殺すほど敵はさらに群がり、酸鼻極まる殺戮の嵐は拡大していく。


「うへぇおっかねぇ、あいつ等が味方で良かったぜ」


 一方、遠くから聞こえるスラスターの稼働音と獣の咆哮に身震いするフリをしておどけるのは、ちびっ子たちの引率をアイオーンと共に任されたアンダードッグ。 彼らは怯える子供達を落ち着かせつつ、バラックの影を伝って静かに逃げ延びていた。 ハンターキラーが身振りで導くその先へ。


「しかし随分なご挨拶じゃねぇか場末のDJ。 分かってたんなら教えてくれたって良かったんだぜ?」

『すまん! この街のルールを身を以て分かって欲しくてな!』

「ルールだぁ?」

『そう! 万人の万人に対する闘争! 即ちここでは力こそ全て! エゴこそ全て! 身勝手さこそ全てなのさ!』

「ふざけんなよテメェこの街燃やすぞ」

『……それをやらないのが君達クロウラーだろ?』

「言ってろ」


 今までの底の抜けたような陽気さから一転、突然低い声色で問いかけて来たハーメルンに、皮肉屋な男はエスプリの効いた文句も返せずただ一言切り捨てる。 勿論動揺したワケではない。 先行していたハンターキラーが突然速度を落とし、止まるよう身振りを混ぜつつ唸っているのに気が付いた故だった。


「そこから動くなよチビ共!」


 察したアンダードッグが右腕に仕込まれた銃を構え、左手を側頭部に当てながら叫ぶと、付近に潜んでいたギャング共が武器を手に一斉に姿を現わす。


 数、位置取り、飛び出すタイミングこそ完璧だったが、戦闘員である以上、少しでも戦闘力向上の為にアンプを入れている事実は決して揺るがない。


 つまりそれは、ハッカーであるアンダードッグにとってはただの餌に過ぎないということ。


「じゃあな低IQ共が!」


 皮肉屋のサイボーグが底意地の悪い笑みを浮かべ、側頭部に当てていた手で軽く敬礼をして見せた瞬間、ギャング共の頭が一斉に弾け飛んだ。 相手が外道だと分かっている以上、手心をかけてやる義理は無い。


 頭部を吹き飛ばされ、制御不能になった身体は次々と痙攣しながら倒れ込み、やがては動きを止める。 しかしそのうち一体が偶然グレネードを取り落とすと、それは自然と子供らの足元へと転がっていった。


「あっ……」


 幼いとはいえ、それが何なのか理解できたのか、子供らの顔が絶望に満ちる。


「嬢ちゃん頼む!」

「分かってる!」


 予期せぬインシデントに焦ったアンダードッグが反射的に叫ぶより早く、アイオーンの身体から放たれた輝きが分厚い膜となって一帯をまるごと包み込んだ。 その瞬間、炸裂したグレネードから溢れ出た炎と破片は、光の膜を貫くこともできずそのまま掻き消える。


 まるで魔法のように。


「えっ? 今のお姉ちゃんがやったの? ねぇどうやったの!?」

「ふふっ、秘密よ」

「言ってる場合か! さっさと行くぞ!」


 ミサゴとピースキーパーが暴れている方角とはまた別の方向から追い縋ってくる敵を背後に認め、アンダードッグはオーバーリアクションで皆を急かしつつ、周囲の端末にアクセスする。


「おいクソDJ聞いてるだろ! このポンコツは俺達をどこに連れていく気だ?」

『そう焦るなよ。 ちゃんと安全な場所まで連れていってる。 ……それにそろそろ追いかけっこも終わりだ』

「何だと?」


 ハーメルンの思わせぶりな言葉がアンダードッグの神経を逆撫ですると同時、大量の対人マイクロミサイルがスラム上空を乱れ飛び、迂闊にバラックの上を跳ねていたギャング共を片っ端から叩き落としていった。


 当然、それらの兵器はミサゴとピースキーパーの方へと向かうが、彼らには牙を剥くことなくギャング共だけを的確に狙い、吹っ飛ばしていく。


「何だこりゃ!?」

「……俺達を避けている?」


 殺意こそ緩めるも、何が起きているかも分からず身構えながらも硬直する二人。 そんな二人の耳を劈くように大音量の警告が頭の上から落ちてくる。 そこにあったのはスラム内への情報伝達用らしき古びたスピーカー。 ザリザリと僅かなノイズを混ぜつつ、放たれるのは刺々しくも瑞々しいティーンらしき乙女の声。


「ダサいチンピラ共はさっさと帰れ! 帰らないなら次はもっと酷い目に遭わすからね!」


 彼女の警告と共に遠方から轟く何かしらの兵器の稼働音。 サイレンを伴う物々しいそれは、いきり立っていたギャング共を一斉に敗走へ転じさせた。 潮が引くように消えていく殺意に呼応して、身構えていた二人もゆっくりと殺気を収める。


「……終わったのか?」

「前線に出てくれてありがとね二人とも! 皆も感謝してる! こっちで貴方達の仲間も待ってるよ!」

「だってよ坊や」

「……また騒がしくなりそうだな」


 ギャング共をメタクソに痛罵していた時とは一転し、底抜けに明るい歓迎の言葉。


 ハーメルンに負けず劣らず賑やかな陽の気配に怯み、ミサゴは微かに顔を顰めた。


今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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