無人地帯
「わんわんだ!」
「おっきいわんわんだ!」
「しかも喋るわんわんだ!スゴいぞ!」
「わんわんじゃないねぇチビっ子ども。 狼なんだよぉアタシはぁ」
襤褸切れを纏った子供達に揉みくちゃにされ、ピースキーパーは苦笑いしながらわんぱく達をいなしていく。 ただでさえ危険なフラクタスの深くにて出会った“ここにいるはずのない者達”
彼らの存在はアイオーン以外の3人に内心強い混乱をもたらしていた。
「随分ガキの扱いに慣れてるじゃないか。 実はコブ付きだったか?」
「馬鹿野郎、実家が大家族だったからチビの面倒見に慣れてるだけだ」
「そうかい、だったら俺の代わりに面倒見といてくれや。 ガキは苦手でね」
足元をうろつく子供を無視し、自分以外のパーティが仕留めたイミュニティの腸を一つ一つ入念に漁っていくアンダードッグ。 それらの中に収まっていた消化途中の人間の死骸を丁寧に腑分けしては、引っ張り出した記憶素子を自らのアンプへと差し込んでいく。
「やはりな。 ガキだけでここまで来られるはずがない。 どうやら数名の同伴者がいたようだ」
「そいつ等は一体何者だ? どうせまともな連中じゃないんだろう?」
ミサゴの何気ない問いに、アンダードッグは口では何も答えない。 しかし並行して開いた回線はアンダードッグにしては感情に籠った言葉に満ちていた。
『人身売買業を生業としているカス共だったよ。 もしかしたら子供の売買をしている拠点が近くにあるかもしれない』
「……そうか」
アンプを通して人知れず伝えられた酷薄な事実に、ミサゴは思わず歯を噛み締めてアイオーンやピースキーパーにじゃれ付く子供らを見おろす。 自分達が売られていたとは知らず、己が知らぬ者へ無邪気に戯れようとする姿は、哀れを通り越して痛ましく見えた。
だが、子供らは自分達が憐憫の目で見られているとは露も知らず、拙くも明るい口調でお話をせがむ。
「ねぇ!皆はどこから来たの?」
「お兄ちゃん達は人間なの? ロボットなの?」
「お姉ちゃんはどうしてエッチな恰好してるの?」
「えっ……エッチな恰好!?」
「気にしなくていい。 子供の言う事だ」
子供らしい歯に衣着せぬ問いに、思わず顔を紅潮させて間抜けな声を上げるアイオーンをミサゴはさり気なくフォローする。
「そんなことよりおチビさん達、君らはどこから来たか分かるかい?」
「あのね! あのね! 僕たちは大きな街から来たんだ!」
「大きな電波をビリビリって出す塔があってね!」
「樽みたいな機械が時々天井を破って落ちてくるの! ドーンッ!って! 凄いでしょ!」
「……そうか、それは凄いな」
あまりにも断片的で要領を得ないが、少なくともこちらへ何かを教えようとしてくれる必死さは痛いほど伝わり、ミサゴは思わず眦を緩める。 しかし突如ピースキーパーが低く唸りを洩らしたのを察知すると、さり気なく彼女が視線を送る方角へ左眼の焦点を合わせた。
“動体反応検出”という警告が流れると同時に真っ暗だった視界がサーマルに切り替わり、暗がりからゆっくりと歩み寄って来る何者かの影が浮かび上がる。
「ミサゴくん?」
「どうやら今日は来客が多いようだ」
心底うんざりだと言わんばかりにミサゴは伸ばした左手をグッと握り、シールドを生成して相手方の攻撃に備える。 自分達だけなら目一杯に飛び回って殴りに行けたが、少なくない子供らを連れている以上、どうしても後手に回らざるを得ない。
「アンダードッグ、奴の電脳を焼けるか?」
「駄目だな、やっこさんのアンプにアクセスできない。 ポートを閉じられてるか、或いはそれすら備わっていない旧式アンプの可能性がある」
「殴り合いは避けられそうにない……か……」
生成したブレードを腕に絡め、不意の一撃で殺せるよう仕込みを行いつつ、ミサゴはのこのこ正面から現れた巨影を殺気の籠った目で睨み上げた。
シューッシューッと関節の隙間から蒸気を吹き出し、両手から緑色の鮮血を滴らせるのは、全身をアンプと一体化した赤錆色の装甲に覆われた巨大なサイボーグ。 旧い機構により耳障りな音を立てて稼働するそれは、カメラアイをぼんやりと瞬かせつつ立ち塞がったミサゴを見おろす。
「何者だアンタ」
「……ハンターキラー」
ミサゴの問いかけへ、得体のしれない重サイボーグは拙い口調で低く唸るように応えると、丸太のように太い腕をぎこちなく動かす。
そう、ただ動かすだけ。 攻撃や牽制など、戦いの利となる行動を何故か一切行わない。
「……?」
「あっおじちゃん! おじちゃんだ!」
「なっ……、おい危ないぞ!」
相手の出方が分からず身構えることしかできないミサゴだが、彼の心境など一切知らぬ子供らはハンターキラーの姿を見止めると一斉に声を上げ、嬉し気に飛び跳ねながら走り抜けていく。
そして、ほどなく子供らに囲まれた重サイボーグは子供たちの言葉に応えるよう、頭部装甲の一部をウサギの耳のように跳ねさせた。
「どういうことだ?」
「ごめんね、おじちゃんは少ししか喋れないの」
「でも悪い人じゃないんだ! 悪い化け物をやっつけてくれるんだから!」
ハンターキラーを庇うように子供らは両手を広げ、ブレードを構えたミサゴに向かい必死に弁明する。
嘘は言っていない。 アンプ化した左眼が計測した子供達のバイタルデータがそれを証明し、ハンターキラーも身じろぎ一つしない。 攻撃するのであれば絶好の機会であるにも関わらず。
「……分かったよ」
10秒、20秒と無言の睨み合いを続けた後、ミサゴは後ろに控えるパーティに軽く視線を送り、ようやくブレードを収めた。
「勘違いするな完全に信じたワケじゃない。 こちらには知りたいことが山ほどある」
どこから来たのか、何故こんな地下に子どもがいるのか、ここはフラクタスのどの程度の深度なのか。 根掘り葉掘り聞きだそうにもハンターキラーはミサゴの問いかけに一切答えず、クイクイッと手振りをして見せた後、子供らを引き連れて元来た道を戻っていく。
「……ついてこいという事か?」
「どうするの?」
「行くしかねぇだろう。 このまま残ったってアテもねぇんだからよ」
「ハッ! 万一ハメられた時はガキ共を除いて一人残らず挽き肉にしてやりゃいいだけの話さ」
生き残りのイミュニティがいないか周囲を警戒しつつ、4人はハンターキラーの後を追う。
冷たい砂の丘陵を登り、化け物の屍が無数に転がる暗黒の荒野を抜け、辿り着いた先にあったのは、網目状の扉に赤い錆が下りたロングスパンエレベーター。
「おかしいなぁ、出発前のデータが正しければ仕事場の周辺には放棄された中継基地も前哨もなかったはずだが」
「今さらだろ。 怪しいと思っても行くしかない」
生来の用心深さ故、逃げ場のない閉所へ乗り込むのを躊躇したアンダードッグだが、ミサゴ、アイオーン、ピースキーパーと続々と遠慮なく乗り込んでいくのを目撃し、嘆息しながら古い鉄の箱へ足を踏み入れる。
ギギッという鉄の軋む音が闇に響き、一同をはらわたに収めたそれは目的地を指す灯りを小さく灯すと、さらなる地下を目指して疾走を始めた。
「キャッ……」
「怖がらなくてもいい。 大丈夫だ」
エレベーター内に容赦なく吹き付けてくる風に怯み、僅かに後ずさったアイオーンを支えるようにミサゴはさり気なく寄り添う。 不愛想な表情は変わらぬも、声色は彼にしては微かに柔らかで、アイオーンは思わずはにかんだ笑みを浮かべて応える。
しかし、エレベーターの外から吹き込んでくる風の勢いが衰える代わり、眼下に広がったものを目の当たりにすると、彼女の表情は驚きに変わった。
「これは……街?」
「そうだよお姉ちゃん! ここが僕たちが住んでる街なんだ!」
ワイルドイーグルを照らす謎の巨大光源と同型の何かが照らす大空洞。 その中に築かれていたのはスラムめいてボロながらも極めて巨大な街だった。 大空洞の中央に巨大な謎の塔を戴き、その周囲を派手な電飾を施された建物が城塞のように立ち並ぶ。
「なんだこれは……」
「おいおい冗談だろ? こんな馬鹿デカい街がなんでハイヴに捕捉されてねぇんだ?」
ここまで大きな経済圏が存在する以上、全ての情報を隠蔽し切ることなど不可能に近いはず。 なのに何故だと各々が困惑に包まれる中、突然通信機器が悉くハックされ、名も知らぬ誰かの声が大音量で流れ始める。
『見捨てられし者の都。 無人地帯へようこそ恩人達よ! 我々は君達を歓迎する!』
雑多な電波が混線し耳障りなノイズが頭の中で形成される中、何とか聞き取れたのは歓待の言葉。
しかし街の中から吹き上げてくる饐えた臭いの風は、ミサゴに嫌な感覚を覚えさせた。 血と腐敗と、誰にも悼まれなかった者の死の臭いが、淀んだ空気そのものに染み付いていると。
今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。
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