深淵の隣人達
太陽の光など決して差し込まぬ闇の中、弱々しく揺らめく灯りがほんの僅かな空間を照らす。
水も食料も極めて乏しい状況で、サイボーグにしか投与が許されない栄養アンプルを使って飢えをしのぐ野郎二人は、すぐそばで眠る乙女を横目で見た。 まるで魔法でも使っているかのようにほんのりと輝きながら宙に浮かび、胎児のように身体を丸めて眠る姿は神秘的な雰囲気を醸す。
「本当に何も摂取しなくても大丈夫なんだな? その子は」
「緊急時は睡眠だけで何とかなるとはテスラさんが言っていた。 心の健康を考えるなら食わせた方が良いらしいが」
「そんな贅沢なモンを緊急時に求めるなよ。 俺達は今遭難の真っ最中なんだぜ」
危機的状況下でどこかズレた発言をするミサゴへ、思わず呆れた目線を返すアンダードッグ。 普段ならば仕事中に余計なツッコミをしないのが皮肉屋な男の主義だったが、状況が状況故に口を滑らせずにはいられなかった。
「それで? あのバカは一体何処まで獲物を探しに行ったんだ」
「……真上だな」
「んだと?」
ミサゴが視線を寄こさずボソリと呟いた瞬間、怪訝な表情を浮かべたアンダードッグの真後ろへ、無惨にぶつ切りにされた魚のようなイミュニティが、それを仕留めたピースキーパー共々落ちて来た。 ついでに味見でもやっていたのか、彼女の口元からはイミュニティ特有の緑色の血が滴り落ちている。
「よぉし! 前の研修で食えるって言われてた奴一匹お待ち! 今から掻っ捌くから少し待ってな!」
「おいおい、俺らはアンプル打つから別にいいって言ってたよな?」
「サイボーグだからって何も食わないと気が滅入るだろ? その子だって腹ペコじゃ元気でないだろうからな!」
「まぁ……、言ってることは間違ってはないけども……」
「だからさっさと手伝いなそこのモヤシ! ピコピコの無いところでのハッカーなんて雑用くらいしかできないだろ!」
「あぁっ!?」
「それとピルグリム! お嬢ちゃんを起こしてやりなよ! 優しくな!」
「……分かってるよ」
豪快かつ強引な元不良警官の勢いに乗せられるまま、アンダードッグは慣れない料理の手伝いをイヤイヤさせられ、ミサゴは昏々と眠るアイオーンへ軽く触れる。
「んんっ……」
「起こして悪かったなアイオーン。 もうすぐ飯が出来るが食べるか?」
「うん……食べる……」
ミサゴが見守る中、アイオーンは眠い目擦りつつゆっくりと目覚めるも、そのままミサゴの腕の中に身体を預けてしまう。 全幅の信頼を以て頼ってくれること自体は、ミサゴとしても悪い気はしない。 ただ、戦いに身を置き続けて来た故、こういう状況でどう扱っていいか分からず困ってしまった。
「……っ」
「おいそこの馬鹿。 何を乳繰り合ってやがる」
「え? いや俺は別に……」
「こっちは年中女日照りだってのに見せつけやがって。 イケメンは羨ましいなチクショウ!」
切り分けられた肉を親の仇の如く汎用バーナーで炙りつつ、グチグチとみっともなく愚痴を零すアンダードッグ。 彼の言い分を聞いてミサゴは己の身の振り方を改めると、身体を受け止めるどころか無意識のうちにアイオーンの背に手を回していることに気が付く。
「いや、これはだな……」
「はいはい言い訳なんてやってねぇで、そこで彼女の面倒でも見とけよ」
ジトッとした目線を容赦なくぶつけられ、ミサゴは何も言えなくなると、未だぼんやりとするアイオーンを倒れないように支え、隣り合う様に座る。 ハチハチと音を立てて燃える小さな炎の揺らめきが、彼女の翡翠色の瞳の中を優美に踊る。
「随分寝起きが悪いがどうしたんだ? 疲れていたのか?」
「……夢を見ていたの。 私を見ている誰かの夢を」
「夢?」
「蒼い肌と金色の目をした知らない誰かが、私を黙って見ていたの……」
「……そうか」
彼女の言葉に思わずギュッと心の臓を鷲掴みにされたような感覚を覚え、人知れず歯を噛み締めるミサゴ。 決して忘れることのできない、赤朽葉の輝きを纏う尊大なる淫魔。 一つの身体を共有する存在がコンタクトを行わないはずがない。 分かっていたはずだが事実として提示されると、ひた隠しにしていた畏れが心の底から這い出てくる。
「どうしたの?」
「何でもない。 それよりほら、もうすぐ出来上がるようだから一緒に食べよう」
己を奮い立たせるように、ミサゴは無理してアイオーンに微笑みかけると、湯気を立てる皿を抱えるピースキーパーに視線を向けた。 不格好な大皿や肉を貫く串は、仕留めたイミュニティの骨を削り出して繕ったようで極めて無骨。 しかしそれでもないよりずっとマシではある。
「ほら、冷める前に喰っちまいな。 ここにはレンジなんて便利なモンはないんだから」
「分かってるよ」
「ありがとう。 いただきます」
ニッと豪快に笑うピースキーパーへ、ミサゴが軽くジェスチャーを交えて応える傍ら、アイオーンは淑やかに両手を合わせると彼女にしては豪快に肉へパクついていく。 それに続いてミサゴも渡された肉へ食らいついていくが、想定以下の味に思わず眉間へ皺を寄せた。
「やっぱりというか、まったく味気ないな」
「しゃーねぇさ、油も調味料もねぇんだから我慢しろ」
「文明の力ってのは、失って初めて気付かされるモンだねぇまったく」
飢えるよりずっと幸せ。 それは間違いないはずがやはり満足には程遠い。 黙々と食事を続けるアイオーンを脇目に、三人はあれこれボヤキながら貴重な栄養源を腹の中へ放り込むと、墨が塗られたような暗黒に包まれた高い天井をただぼんやりと見上げた。
「……ワイルドイーグルの連中は今ごろ俺達を探しているだろうか?」
「そうであってくれないと困る。 でなければ、俺が何のために無理して怪我人を送り返したか分からなくなるだろ」
「しかし、あんな化け物がこんな浅瀬まで上がって来るなんてどうなってんだろうね?」
「化け物共の道理なんて知らねぇよ。 だが男爵も責任取りたくないから動くだろうさ。 庭先に暴の塊がうろついてるんじゃ夜も眠れんだろう」
「つまりしばらくは助けは来ないって認識で構わないかいそりゃ?」
「ああ……まぁ……そういうことになるかな……」
「Fuck!」
極めて申し訳なさげなミサゴの返答に、思わず第一言語が出てしまうピースキーパー。 クロウラーの行方不明が日常茶飯事であるとはいえ、見捨てられる側からしてみれば冗談でも済まない。
「そう怒るなよ。 一晩休憩取った後、俺とこの子で引っ張り上げるから心配するな」
「別に怒っちゃいないさ。 銃後の連中の怠慢が気に入らないってだけだよ」
怒り、呆れ、そして諦めと目まぐるしくコロコロと変わっていくピースキーパーの開けっ広げな感情。 だが彼女の耳が突然不自然にヒクつき、ハスキー犬を思わせる蒼い瞳に深い殺気が宿ると、それを察したアンダードッグは自身のアンプから二酸化炭素を咄嗟に放出し、皆を闇の帳の中へ隠した。
「えっ? なに?」
「大丈夫だから心配するな。 俺がそばに居る」
唐突に闇の中へと投げ出され狼狽えたように表情を強張らせたアイオーンへ、ミサゴはそっと寄り添い彼女の口元へ指を添える。
「それでいきなりどうした? 俺とアンダードッグのレーダーには何も映っていない」
「ハッ、モノに頼り切りだと身体が鈍るってのはどうやら本当らしい。 何となくだがアタシは感じてるぞ。 ここに居るはずがないモンの匂いと気配をな」
「おいおい云百年前のコミックの理屈で話されても困るぞこっちは」
あまりにも非科学的な精神論的言い草にアンダードッグが呆れて思わず零すも、ピースキーパーは一切構わない。
「アタシが案内する。 さっさとついて来い」
「……だってよ? どうする色男」
「行くさ。 何もしないより動いた方が気晴らしになる」
言うが早いか三つの人影が疾駆する。 一人は敢えて飛ばないよう指示されたアイオーンを抱えて。 程なくピースキーパーの言っていたことを理解したアンダードッグは、格納していたアンテナを展開し、味方へ伝達を行う。
「大物が1匹と雑魚が10匹以上。 何かを狩ろうとして群れてるな」
「デカいのはアタシが殺る! 後のは頼む!」
「アイオーン、君に頼んでもいいか?」
「うん大丈夫。 私に任せて」
一旦標的が確定してしまえば後は早い。 全身の筋肉を急速にパンプさせたピースキーパーが全力で疾駆すると同時、ミサゴはアイオーンとの超自然的接続を確立し、火器管制システムをアイオーンへ貸し出す。 すると左眼に投影されたUIが歪に姿を変え、闇に潜む小さな怪物達の眉間へレティクルを絞った。
「死ねっ!」
狼の咆哮が轟き、身体の捻りと跳躍の勢いを乗せた爪による斬撃が、ハイエナの出来損ないのような姿をしたイミュニティの首を刎ね飛ばす。 直後、その背後から降り注いだホーミングレーザーの雨が、即座に逃走を選んだ雑魚共を一匹残らず焼き貫く。
瞬殺。 それ以上に相応しい言葉は無かった。
「ハッつまらん! 暇つぶしにもならないねぇ!」
「だがおかげさんで消耗もほぼ無く済んだ。 ……疲れるのはここからだぞオイ」
爪先から滴り落ちる鮮血を払いながら笑うピースキーパーの振る舞いを余所に、一人周囲の索敵を続けていたアンダードッグは、心底面倒くさそうに頭を掻く。
深い驚きと疑いが入り混じった瞳が見下ろす先で、固まったまましゃがみ込んでいたのは、フラクタス内部に存在するはずのない者達。
汚い襤褸切れを纏い、訳も分からずクロウラー達を見返す子供達だった。
今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。
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