落ちていく先に
「なんだありゃ!?」
「総員退避! こんなところで死んだらつまらんぞ!」
「だ……だめだ! 間に合わない!」
ミサゴの警告を受けた電脳部隊の面々が、調査対象へ接続していた端子を乱暴に引き抜き、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「させるか!」
相手の目的を悟ったミサゴは、すかさず生成したキャノンに散弾を装填し迎撃する。 電磁加速した重金属弾の嵐はたちまち榴弾の雨を呑み込み宙にいくつもの火花を咲かせた。
だが敵も然したるもの。 爆炎の合間を縫って放たれた機銃掃射が不幸にも巻き込まれた数名のハッカーを捉え、グズグズの肉塊へと変貌させる。
「くそっ!」
救えたはずの命を呆気なく散らされ、思わず顔を歪めるミサゴだが事態はますます悪化していく。 所属不明のステルスポッドは狙い澄ましたようにEMP発生装置へ落下。 装置は瞬く間にスクラップとなり、内部に秘されていた情報ごと無価値なゴミと化した。
接近を察知されてなお、介入する暇も与えずファーストブラッドを遂行する冷徹かつ完璧な奇襲。 しかしそれは、眼前で殺戮を拝まされた女傑のボルテージを一気に引き上げる。
「随分な挨拶じゃないか? だったらお望み通りの扱いをしてやるよ!」
「えっ? ひゃっ!」
「うおっ!?」
普通の人間より巨大で頑健な拳を握り、牙を剥き出しに咆哮したピースキーパーは、抱えていたアイオーンを当然のようにミサゴの方へ高々と放ると、咄嗟に足下に埋まっていた岩を易々と持ち上げ、投げる。
人どころか重戦車より巨大で重い岩が、弾丸並みのスピードで空中を平行移動する様は最早恐怖そのもの。 当然そんなバカげた物をぶつけられたステルスポッドは無傷では済まされず、飛行に必要なパーツどころか基幹パーツ自体を大きく損傷し、横倒れとなった。
「うわぁ」
「滅茶苦茶だな……。 単なる力押しだけなら俺以上かもしれない」
身も凍るような唸りを洩らし、挑発的にバキボキと拳を鳴らすピースキーパーを眼下に見据えながら、アイオーンを一旦受け止めたミサゴは思わず呟く。 しかし一息つくも束の間、ポッドに入った亀裂を潜り抜けた複数人の戦闘員が、埋め込まれたアンプによる超加速を行いながら疾駆した。
「やはり単なる盗掘者じゃないな!」
そこらの賊が用意できるアンプでは決して実現できない行動。 さらに後方へお高い射撃型戦闘ロボットを多数並べ、迅速に数的優位を確保する用意周到さを見てミサゴは察し、アイオーンを庇う様にシールドを展開しながら、引き延ばしたブレードを宙高く舞わせる。
生き物のように身を捩らせ予測困難な軌道を描く柔らかな刃は、加速した痴れ者達を牽制し僅かに減速させる。 その僅かが、この場においては命取りとなった。
「ハッ! 殺しにかかってきておいて、今さら日和ってんじゃないよ!」
アンプを埋め込んだ人間にすら影としてしか認識できないスピードで大地を疾走するピースキーパーが、低い軌道を飛んでいた敵の一人を捉え、文字通り全身を握り潰す。 体内から溢れ出た血と肉と金属は、彼女の尋常ではない握力により圧縮され、元の形が想像できないありさまと成り果てた。
「おいお前ら! アタシばかりに働かせるなよ!」
「言われずとも!」
一人、また一人と兵士やロボットを粉砕する餓狼を尻目に、ミサゴはアイオーンと死角を補い合いながら迫る殺気に備える。
「アイオーン、過度な力の行使はなるべく控えるんだ。 後で身体に堪える」
「危なくなっても?」
「ヤバいと思ったら遠慮しなくていい。 パワーの使いどきは大事ってことだ」
「うん、分かった」
紫紺の結界を自らに張り巡らせ頷くアイオーンへ、ミサゴが目配せして応えると同時、真っ先に突っ込んできた偉丈夫のサイボーグと正面からかち合った。 白亜のブレードと赤熱したナイフが火花を散らし、悲鳴のように甲高い金属音を響かせる。
「市議会の小間使いが一体何の真似だ? ハイヴ相手に戦争でも起こしに来たのか?」
「理解不能な言いがかりだ。 我らは偶然通りかかったものであり、パンドラシティは実際無関係」
「涼しい顔で嘘吐くなよこのタコ!」
問答無用に殺しにかかっておきながら白々しい放言へ、反射的に徹甲弾による返答を行うミサゴ。 直撃すれば人間サイズの標的であれば血の霧にできる兵装だが、あっさり当たってくれるほど敵も易しくはない。 全身に伸びるノーザンクロスのコンポーネントが無意識のうちに熱を持つのを感じ、周囲の状況を事細かに示していた左目に投影されるデータが、完全に標的のみに絞り込まれる。
その傍ら、アイオーンが放った紫紺の光の雨が周囲一帯を薙ぐように通り過ぎていくが、そちらへ気を向ける余裕すら今は無い。
(あの時と状況が違う。 あの子は決して無力じゃない)
アイオーン自身が持つ力を信じ、ミサゴは一切隙を見せず襲い掛かって来る手練れのサイボーグの対処に没頭した。
「偶然通りかかったにしては随分と大袈裟な身支度じゃないか。 テメェは単なるピクニックにバルカン砲を持ち込むのか?」
「なるほど芋虫にしてはいいアイデアだ。 今度の休暇には自然公園辺りに乗り込んで鳩撃ちと洒落込むとしよう」
「真に受けんなよボケ!」
体格自体は敵が上でも、埋められたアンプの単純な出力差はミサゴに軍配が上がる。 それを証明するかの如く、ミサゴは展開したシールドで無理やり敵サイボーグの身体を抑え込むと、そのまま全力で地面へと叩き付けた。 本気で挽き肉にするつもりで敢行した突撃だったが、単純な打撃で死んでくれるほど敵もヤワではなく、砂埃の中からカウンターに放たれた蹴りが敵の生存を知らせる。
「想定以上の戦闘能力だなピルグリム。 データベースに記録された評価を改める必要がある」
「その必要はない。 テメェはここで張っ倒された後、ハイヴで存分に喋って貰う」
「ほぉ? 一体どうやって助けを乞うつもりだ?」
「もうやってるよ」
「……何?」
ミサゴの何気ない返答に、悪辣なるサイボーグの表情が微かに歪んだ。 その瞬間、遠方から大気の悲鳴が木霊し、ミサゴ達を地下に送り届けた小型ポッドが独りでに上昇を開始する。
『時間稼ぎ感謝するキャプテン。 傷付いた調査員達は確実にワイルドイーグルへ移送しよう』
「小賢しい真似を……」
「その辺を堂々とうろついてた人間を一人見落としたお前が悪いんだ“リスクヘッジ”さんよ」
「……ッ」
迂闊に迎撃を行わず、咄嗟にステルスを起動し傷病者の救助に回ってくれたアンダードッグに内心感謝しつつ、ミサゴは敵を見据えながらグッと拳を握る。 その視界にはアンダードッグがついでに解析してくれた敵サイボーグのコードネームがチラつき、口先では誤魔化しが効かない情報が抜かれていることを示していた。 既に戦闘ロボットは粗方ピースキーパーの手で屑鉄にされ、他の戦闘員はアイオーンの凄まじい力の一片に気圧され釘付けにされている。
事実上、積極的に戦える敵はリスクヘッジのみ。 サイボーグ故、手荒に扱っても簡単に死なないのはミサゴにとって僥倖だった。
「面は既に割れてるんだ。 大人しく投降した方が痛い目を見ずに済む」
「腹立たしいな。 既に勝ったつもりでいるとは」
「まさか、俺はアンタの悪あがきが恐ろしくて仕方ないよ」
「ならばその恐れを現実にしてやろう。 貴様自身の死を以て」
互いに構えた得物が相手の急所を睨み、凄絶な戦いが始まる瞬間を待ち侘びている。 視線、呼吸、僅かな身体の揺らぎを探り合い、ジリジリと適切な間合いを奪い合う様は殺し合いというより決闘そのもの。
――その均衡を破ったのは、どちらでもなかった。
大気が鳴いた。 正確には、大気そのものが何かに押し潰されるような重低音が、地の底から這い上がってきた。 腹の奥を直接鷲掴みにされるような感覚に、ミサゴの足が反射的に一歩退く。 向かいのリスクヘッジも同じだった。
互いに武器を収めさせたのは、誰が命じたわけでもない。 フラクタスの異常な環境において、人間は食物連鎖の頂点ではないという確固たる事実が、二人を戦士からただの人間という立場へと引き戻した。
「総員退避!」
「全員今すぐ脇に退け! 早く!」
立場も陣営もかなぐり捨てて二人が叫んだ瞬間、激しい地鳴りと共に地が割れ、途方もなく巨大な化け物がサイレンの如き咆哮を上げながら首をもたげた。 頭部を探査ポッドのレーザードリルと融合させ、全身を鋼の鎧に守られた、生命体と呼ぶにはあまりに人為的な要素が多すぎる蟒蛇。 下手なイミュニティなど一呑みに出来るであろう生ける災害は、大空洞に姿を現わすや否や、猛然と暴走を始める。
その理由は誰にも分からない。 分かっていることはただ一つ。 何もしなければ皆殺しにされるということだけ。
「チッ! お前らはともかくアタシらはどう逃げろってんだよ!」
「俺とアイオーンが一人ずつ担いでいく! 贅沢言ってられないだろ!」
優れた身体能力を目一杯使い、全力で化け物から逃げるピースキーパーのすぐ真上を飛翔するミサゴ。 急いで手を差し伸べるが、それよりも早く地盤が限界を迎える。 大空洞を覆い尽くしていた細かい砂が拡大する地割れの中に吸い込まれていき、跳躍し損ねたピースキーパーはミサゴの手に捕まることも出来ず、暗がりの中へ落ちていく。
それはステルスで身を隠し、味方相手にも発見が遅れたアンダードッグも同様だった。
「アイオーン! アンダードッグを頼む!」
「大丈夫! 任せて!」
なすすべなく落ちていくピースキーパーを追って亀裂に飛び込んだミサゴの指示に応じ、アイオーンは強い気配を感じる方へ一直線に降下した。
「間に合って良かった! 大丈夫!?」
アイオーンが目に見えない“何か”を掴んだ瞬間、無は不定形の半透明へ、不定形の半透明はアンダードッグそのものへと姿を変えていく。 間違いなく仲間を助けられたことを確認し、ホッと胸を撫で下ろすアイオーン。 しかしその表情もアンダードッグの顔を見た瞬間に何故か陰った。
「……どうしたの?」
「へっ? ちょっとビビっただけだ! 気にすんな!」
すかさず笑って誤魔化すアンダードッグだが、アイオーンは己が目にしたものを決して忘れることが出来なかった。
アンダードッグがアイオーンへ向けていたのは、助けられたことへの感謝でも、死なずに済んだことの安堵でもなく、純然たる恐怖。
何で? 何故? そう問いかける暇も無く、事態は悪化の一途を辿っていく。
「怯むな! 所詮は畜生! ビビらせて追い返せ!」
遥か頭上に見える亀裂の向こうからは数えきれないほどの銃声が響くが、次第にそれも遠くなっていく。
人跡未踏の闇の中。 助けがくる保証もない深淵へ四人は為す術なく落ちていった。
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