凪の底で
少人数の調査員を送り出す為の小型探査ポッドの中で、ミサゴはテスラから受け取ったミッションチップに紛れ込んでいた秘匿ファイルのことを思い返す。
『あの子の精神にダイブしたのならば、お前も見ただろう。 あのおぞましい存在を』
その中に記録されていたのは、知的探究を第一に掲げるテスラとしては極めて異例な警告。
『俺がそいつの存在に気付いたのも最近になってやっとだ。 もしあちらさんからの接触が無ければ死ぬまで気付かなかったのかも知れない』
天才としての自負を徹底して踏み躙られた屈辱。 それを文面に滲ませながらも、テスラは淡々と引き起こされた現象を書き留めている。
『ハイヴのネットワークはこの星で最も堅牢なセキュリティを有している。木っ端ハッカーが乗り込めばモデムか脳味噌が焼き切られ、腕が立つ奴でも必ず痕跡が残る程だ。 おまけにエスタトゥアの監視まで付いている。 にも関わらずヤツはこちらに一切気取らせることなく基幹システムへ侵入し、俺宛のメッセージまで残していった』
ネットワークに詳しくない者でも仔細が分かるよう添付されていたデータには『存在しない何か』からデータを書き込まれ、改竄され、窃盗される様が克明に記録されている。
『……コイツが本気になれば地上に存在する全ての機械を機能不全にできるだろう。 だからといって嬢ちゃんを始末すれば解決する問題とも思えん。 それどころか彼女を殺したが最後、間違いなくこの星は何かしらのインシデントで滅ぶ』
何も知らない人間が見れば明らかに狂人の主張。 しかしアイオーンが有する数々の凄まじい力を実際に目撃していたミサゴにとって、それは嘘とも妄言とも思えなかった。
『正直な話、俺は彼女が地球上に存在すること自体が恐ろしい。 仮に彼女を人類と例えるならば、我々は文字通り道ばたを這い回る芋虫に過ぎないのだ。 ……だが幸いなことに、彼女自身は人間に対して極めて好意的でいてくれている。 ひとえにお前が彼女を大事に扱って来たからだろう。 逆に言えばお前が死んだ時こそが人類の終焉でもある。 だから何があっても生き延びろ。 たとえ自分以外の全てを投げ打ってでもな』
「……らしくなく大袈裟なことを」
全くロジカルではない。 内心そう思いながら目線をあげたミサゴの前には、ガラス越しに映る自身の姿を黙って眺めるアイオーンの姿がある。 そこには不安げな様子が一切無く、それどころか地上に居る時より落ち着いているようにも思えた。
「アイオーン、そろそろ現地に着くが準備はいいか?」
「大丈夫。 ここに居る時の方が調子が良いみたいだから」
「そりゃどういうことだ?」
「分からない。 ここが私の故郷といえる場所だからなのかも」
戸惑うミサゴの目の前に翳されたアイオーンの手の中を、いつもより色合いが濃く思える紫紺の光が駆け抜けていく。 アルコーンが手足のように操っていた赤朽葉の閃光とは対照的な、黎明の空を連想させる輝き。 それに呼応するように、ミサゴの左目のアンプの中を同じ輝きが駆け抜けていった。
「……ッ!」
「どうしたの?」
「なんでもない。 それより着地の衝撃に気を付けるんだ」
「えっ? ……ひゃっ!」
誤魔化すようにミサゴが注意を促した直後、ズドンという激しい落着音と共に二人を重い衝撃が襲う。 衝撃緩和装置付きであるとはいえ、安さと取り回し優先の小型ポッドでは全ての衝撃を分散することができず、反応が遅れたアイオーンは堪らず体勢を崩した。
しかしそれを予期していたミサゴは倒れ込んできたアイオーンの身体を遠慮なく抱き留めると、転倒の危険から彼女を護る。
「っと」
「あっ……ごめんね……ありがとう……」
「別に謝られるようなことじゃないさ」
微かに顔を赤らめながら顔を見上げてくるアイオーンへ、ミサゴは自然と微笑み返しゆっくりと身を離すと、仕事モードに気持ちを切り替えてポッドの管理AIへ指示を出す。
「一応周辺に敵がいないか確認しろ。 問題なければハッチ開放だ」
『……辺りに不躾な来客は無い。 エントランスを解放するぞキャプテン』
どこか渋い雰囲気を醸す声色のAIが気取った口調で返し、重々しい金属音を響かせながら正面装甲扉を解放する。 天井やそこかしこに突き刺さった高光度フレアが放つ明かりが、まるで陽光のように扉の隙間から差し込んでくる中、開き切った扉の先に立っていたのは、肩を怒らせて仁王立ちする人狼。
「……ピーキーさん?」
物々しい雰囲気を立ち昇らせ、腰を落として地を踏み締める女傑に思わずミサゴが声をかけようとした瞬間、返答代わりに暴が飛んだ。
「このアホが!」
「ぶっ!?」
最小限の動作で放たれた拳が容赦なく顔面を直撃する。 本気で無いとはいえ、人間を遥かに超える筋力で殴られて痛くないはずがなく、哀れにもミサゴはヘナヘナと膝を付いた。
「アッアッ……前が視えねぇ……」
「やかましいタコが! お前アタシがこの子を護ってやれって言ったの覚えてねぇのかボケ!」
殴られた衝撃で意識がブレブレに揺れ、ノックアウトされたボクサーよろしくヨロヨロとその辺を覚束なく彷徨うミサゴの背中に容赦なくピースキーパーの罵声が叩き込まれる。 既にアイオーンの身に何があったか知らされているようで、ピースキーパーの筋肉は怒りに呼応して既に大きくパンプしていた。
「アタシがグリードストリートの屑共の掃除なんて押し付けられなければこんな事には……」
「あ……あの……」
「ああなんて可哀そうなお嬢ちゃん! あの甲斐性無しのスカタンが間抜けなばかりに酷い目に遭って!」
言うべき言葉が見つからずおろおろと慌てるアイオーンを目にするや否や、ピースキーパーはミサゴを放置して力強く彼女の身体を抱き締めると、遠慮なくマズルを摺り寄せる。
「あのね違うのピーキーさん、悪いのはトロかった私。 ミサゴくんは悪くないから……」
「うぅー!こんないじらしい子に気を遣わせるなんてあのバカの罪は本当に重いなぁチクショウ!」
「……後々お前が上から文句言われるのはどうでもいいが、せめてちゃんと仕事はやってくれないか」
ワケも分からずほわほわとなっているアイオーンをまるで我が子のように猫かわいがりする狼女。 その逞しい背中へ、呆れ半分心労半分のアンダードッグが無遠慮に言い放つが、彼女は一切頓着しない。
「援軍が来るって聞いてようやく交代かと思ってたのに期待させやがってよ」
「報酬はそれだけ戴けるんだ。 そこまで言わなくてもいいだろう」
「はっ、俺の天才的資産運用で稼いだ額に比べれば端金よ」
なすがままのアイオーンを抱えながら調査中のEMP発生装置に向かって行くピースキーパーを、残された野郎二人は互いに肩を竦めつつ後を追う。
「……だったらお前なんでクロウラーやってるんだ?」
「愚にもつかない低知能共が絶対に持てないアンプを埋め込んで、生涯舐められないようにするためさ」
「随分と回りくどい箔の付け方だな」
「そうでもしないと自分を下だと認められないアホ共がこの世には多すぎるのさ」
呆れ半分に問いかけるミサゴへ、何の悪びれもなくヘラヘラと返すアンダードッグ。 以前会った時とはまたしても装備しているアンプの格が全体的に向上しており、稼いでいるというのは別に冗談でもないことは探りを入れずとも窺い知れた。
「それで? アレについて何か分かったことはあったのか?」
「お高いとはいえ既製品だからな。 とびきりスゲェ機能があったワケじゃねぇ。ただ……、製品に記されたシリアルナンバーが製造元のデータバンクに存在しなかった」
「馬鹿な。 その辺で密造されて横流しされてるオモチャとは話が違う。 戦況に大きく関わる調達品の管理がそんなお粗末なはずがない」
「あぁだからこそイヤな予感がするのさ。 ハイヴが知らぬ存ぜぬところでロクデナシ共が何か目論んでるってな」
表情にこそ出さずとも驚きを露わにするミサゴを一瞥したアンダードッグは、電脳部隊が端末を持って纏わりついたEMP発生装置を顎で指し、面倒くさそうに頭を掻く。
「何にせよここでやれる調査なんてたかが知れてる。 残りのハッキングが済んだらさっさと分解してハイヴのギーク共に引き渡すべきだ」
「簡単に言うなよ。 そもそもアレをどうやってここまで持ち込んだのかさえ分からねぇのに」
このままでは輸送用大型ポッドにすら持ち込めないデカブツを睨みながら、ミサゴは解体工具型に変形させたブレードを展開する。 男爵は護衛だと言っていたが色々な野暮用も織り込み済みだったのだろうと今さらになって気が付いた。
「ともかくワイルドイーグルに大型輸送ポッドの派遣を要請してくれ。 俺らが乗ってたヤツじゃ貧弱すぎてとてもじゃないが載せられない」
「そう急かすなよ。 まだハッカー共の仕事が終わっちゃいない。 あいつ等の仕事が終わってからでも……ちょっと待て……」
「どうした?」
「こことワイルドイーグル間のネットワーク通信がいきなり途絶した。 こっちの機器に異常は見当たらないってのにどうなってる?」
アンダードッグが察知した異変は解析に従事していたハッカー達も当然気付いたようで、彼らは作業を切り上げて戸惑いを露わとする。
何かがおかしい。 誰もがそう考えるよりも早く、ミサゴの左目の中を紫紺の光が警告と共に瞬く。
「……ッ!」
けたたましいアラートと共にアンプのレーダーが示したのは、イミュニティが放つ生体熱とは違う人工的な熱源の接近。 招かれざる客の来訪に、ミサゴの身体は自然と躍動した。
『作業員は業務を中止して退避! 戦闘員は迎撃を急げ!』
咄嗟に回線を開き、イントラネット内に緊急メッセージとして送信した瞬間、大空洞の天井を破壊して落ちて来たのは、今ここで生きている人間は一匹残さず殺し尽くすという強烈な殺意の塊。
機体の全体に真っ黒な塗装を施されたステルスポッドが、大量の榴弾を撒き散らしつつ落ちて来た。
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