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憂鬱な交渉人

 締め切られた薄暗い部屋の中で、あらゆる言語を介した皮肉と揶揄が容赦なく飛び交う。


 一歩間違えればそのまま殴り合いが始まりそうなほど険悪な雰囲気だが、実際にその場で殴りかかろうと試みる輩は一人もいない。 そもそもホログラム同士で殴り合うなど徒労以外の何物でもない。


 そんな中、話し合いの場を提供した哀れな生身の男が、滝のように流れる冷や汗をハンカチで拭いながら仲裁に入る。 ハゲでチョビ髭で小太りのいかにも小市民といった風体だが、彼もれっきとしたクロウラーの一員だった。


「えぇ皆様どうか、肩肘張らずどうか落ち着いて下さい。 今回の会合は企業間抗争の後始末ではなく有意義なビジネスの話なのですよ?」

『それは君達ハイヴ側の都合だろうバブリージェントル君。 そもそもレリックの採掘が滞ってるのも我々が苛立つ原因の一つだと知りたまえ』

『貴社のことは気に喰わないがその意見に関しては同意する。 やはりハイヴだけが採掘権を握っている現状は歪んでいるのだ』

『フラクタス外の安全地帯に本社おっ立ててふんぞり返っている臆病者にしては言うことがデカいじゃないか』

『なんだと? ハイヴOBの尻を舐めてデカくなったカスが! 1からデカくなった我が社を揶揄するか!』

『まぁ皆様落ち着きなさいな。 ここは美味しい物でも食べて……』

『アミノ酸中毒者の巣窟が気安く口を開くな! 話がこじれる!』


 バブリージェントル通称“男爵”とも呼ばれる、ワイルドイーグルの臨時責任者を任された哀れな中間管理職の前で、喧々諤々と口論を再開する所謂メガコーポの担当者達。


 ウマミケミカル株式会社、ゴルディウスインダストリーズ、スヴャトゴール国際運輸、ウォンバットグループ、シュピネンネッツクラフトワークスと、パンドラシティに集う企業の中でも抜きん出た発展を遂げ、市議会にも極めて強い発言力を持った面々である。


 本人達は上っ面でこそ相手を立てる様子を見せているつもりだろうが、実際に紡がれる言葉は各人のアンプに搭載された高精度リアルタイム翻訳システムによって敵対的であることを瞬く間に暴かれる。 結果、代表者である各々がどれほど豊かな語彙を有するのかを競い合う中傷大会の場へと代わり、取引どころではなくなっていた。


「ま……まぁそう言わずに……」


 主催者たる者、場の秩序を保たねばとワタワタ立ち上がる悲哀中年。 しかし勢い余って会議を中継していたコンソールに思い切り手をつくと、弾みで参加者のマイクボリュームが勝手にMAXへ到達する。 当然耳元で怒鳴り合いをしていた痴れ者達は堪らない。


『『『『『ウギャアア!!!』』』』』


 壊れた月まで吹っ飛ぶような音の衝撃をマトモに食らい、ガンガンと揺れる頭を抱えるビジネスマン達。 その様を見ていたバブリージェントルはここぞとばかりにおほんと咳払いすると、控えていた帳簿データを参照しつつ、膝立ちになって崩れ落ちた企業の担当者達へ生暖かい視線を向けた。


「あなた方企業が使えるレリックを山ほど寄こせと騒いでも、現場としてはどうしようもないのです。 運良く地上とほぼ変わらぬ生活環境を築けたとはいえ、依然としてリソースが不足している事に変わりない。 それに防衛に使えるレリックはこちらに優先して融通してもよいと仰ったのは他ならぬあなた方ですよ?」


 少しでも余裕を見せつけるべく、灰皿の上に置かれていた葉巻を見せつけるように燻らせながらコンソールを太い指で再び叩く。 するとワイルドイーグル開発計画の書面が各々のサイバーアンプに転送され、悶えていたビジネスマン達を話し合いの席へと引き戻した。


「それに得体のしれないオモチャと違い、確実に手に入る権益の準備は良好です。 クライアントである我々との関係を拗らせてまで、丁半バクチのガラクタを溜め込むのは堅実ではないでしょう」

『……ふん、ならば我々の投資に見合う成果をさっさと挙げることだ。 別の坑道へ資金を引き揚げる前にな』

「えぇ勿論ですとも。 ハイヴは決して期待を裏切りません。 是非今後とも御贔屓に」


 各々に流されてきた開発計画の内容を吟味しそれなりに納得をしたのか、担当者達は渋々言葉の矛先を下げると退席の礼もそこそこに通信を切っていく。 残されたのはわざわざ苦心して会議の場を設けた中年ただ一人。


「あぁ……、いい加減国に帰りたい……」


 とっくの昔に金も下限を割り込んだ信用スコアも返済し終えたというのに、使える奴だからという理由一つでハイヴに縛られ続ける現実から逃避するようにがっくりと椅子に腰かけ、天を仰ぐ。


 しかし彼の懊悩など世間は待ってくれず、またすぐに次の相手が彼と面談を求めて分厚い部屋の扉をノックした。


「……入りたまえ」


 男爵の取り繕ったように促す声に導かれ、うら若き男女一組が静かに足を踏み入れる。 つい先ほどまで会っていた企業の連中とは対極的な謙虚さ。 それは疲れ切っていた男爵の心に幾許かの余裕と落ち着きを取り戻させた。


「お久しいねぇ君達。 地上では一悶着あったそうだが命があって何よりだ」


 額を流れる汗をハンカチで拭いつつ男爵が声をかけたのは、引っ越し作業を切り上げて招集に参じたミサゴとアイオーン。 何気ない社交辞令に対してミサゴが訝しむような表情を浮かべる中、背後に控えていたアイオーンは若干緊張した面持ちで会釈を返す。


「えぇまぁ、それより直接話すべき仕事があると聞いたのですが」

「おぉそうだった。 実際に現場にいてインシデントを切り抜けた君達に是非頼りたいと思ってな」


 ふわふわの椅子に深く腰を下ろし、ようやく一息つけたと言わんばかりに長い息を吐いて気持ちを平時に引き戻す男爵。 彼は自身に埋め込まれた旧式サイバーアンプの端子を小型プロジェクターに接続すると、今回の仕事先らしき地形データをスクリーンに映し出した。


 真っ白な背景を塗り潰すように、先行している部隊の構成や同行しているクロウラーのデータが乱れ舞う。


「以前、君らがリーブラに率いられて地下に降りた際に大型EMP発生装置を見つけただろう? あれの調査している電脳部隊の護衛に合流して貰いたい」

「……このメンツならあの深度でツラを出すイミュニティなんぞ片手で殺せるはず。 何故俺達まで引っ張り出す必要があるんです?」

「ただのイミュニティ相手だけならばそれで済むのだがね……」


 はぁっと溜息をつきつつ男爵が髭を撫でると、地中監視レーダーが捉えた筒状の影がスクリーンに映し出される。


「ここ最近、ワイルドイーグル付近の地中監視記録に妙な探査ポッドの航跡が複数残されていてな。 解析の結果“レミネランス”所有の機影である可能性が非常に高いと算出された」

「……レミネランス?」


 全く知らぬ存ぜぬ組織の名を聞かされ、アイオーンがたどたどしくその名を復唱すると、男爵は「ああ、そうか君はまだ知らなかったね」と穏やかに返し、説明を続ける。


「パンドラシティお抱えの強制執行部隊。 表向きこそ都市の秩序を守るエリート集団と喧伝されてるが、実体は市議会や金融街の走狗として後ろ暗い仕事を任されているロクデナシさ。 噂ではPCPDに流れるはずだった金やアンプを接収して部隊の強化に勤しんでいるとか」

「そんな連中が何故こんな地下くんだりまで?」


 間違いなくロクな理由じゃないとミサゴは元々不愛想な顔をさらに険しく歪めながら問うが、男爵のどこか呑気にも思える雰囲気は変わらない。


「私も全く存じないさ。 しかしな、フラクタス内にてハイヴが下した業務に携わる人員への手出しは、パンドラシティとの協定によって原則禁止されている。 万が一これが表沙汰になっては、うちの短気な連中も黙ってはいないだろう。 そこで君たちに取り成して欲しいのさ。 大きな組織同士がぶつからず“穏便”に事が終わるように。 分かるね?」

「……それがお望みとならば」


 小心者の小市民然とした小太りの男の瞳にゾッとするような酷薄な光が宿るのをミサゴは確かに感じ取り、不穏な気配を察したアイオーンはおどおどと男爵とミサゴの顔を交互に見る。 しかし彼女が行動として示した瞬間には、既に彼の醸す異様な存在感は元通りとなっていた。


「ともかく抗争に繋がらない結果ならば何だろうと構わない。 数多の修羅場を掻い潜って来た君達ならきっと大丈夫だろう?」


 話は終わったと言わんばかりに男爵はコネクタを引き抜いて立ち上がると、プロジェクター内に差し込まれていた記憶素子をミサゴへ手渡す。


「詳しいミッションデータはチップ内に同梱してある。 君らの準備が出来次第すぐに当該エリアへ送ろう。 今回も無事生きて還って来てくれたまえ。 ハイヴの威信の為にも」

「……この程度の仕事で死ねるほどヤワな鍛え方はしていませんよ」


 差し出されたチップを躊躇いなくポートに差し込んだミサゴは、アイオーンと共に軽く会釈をすると足早に部屋から退出していく。 無礼とまでは言えないがあまりにそっけない態度に、一人残された小男はふーっと深く息を吐くと、額に流れる汗を拭った。


「まったく噂以上に不愛想な坊やだ。 ……兄貴の方はもっと爽やかな好青年だったというのに」


 その脳裏によぎるは、失われるにはあまりにも早く、惜しかった魂の輝き。それに目がくらんだように男爵はよろよろと椅子に深く腰掛ける。


「……早く国に帰りたい」


 これ以上の面倒事は御免被りたい。 自分が責任者の間に何も起こらんでくれと祈りつつ、グッと目を瞑った。



今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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