黄金の掌の上で
目も眩むような光の向こうからザリ、ザリとノイズ混じりの自然音が聞こえる。 鳥の歌声をバックコーラスに葉を鳴らす木々のさざめきが、光に包まれたミサゴの意識を穏やかなまま保ち目覚めへと導く。
しかし意識が明瞭になるにつれて、ミサゴは極めて常識的な疑問を持つに至った。
(俺は艦の宿で待機していたはず。 何故こんなモンが聞こえるんだ?)
混濁する意識とぼやける視界を必死に凝らし、周囲の状況を把握しようと試みるが上手くいかない。 それどころか激しい鈍痛が全身を駆け抜け、蘇りつつある感覚を掻き毟った。
「ッ!」
ほんの僅かに身体を動かすことすら躊躇するほどの痛みに、ミサゴは顔を顰めて呻き声をあげる。
(俺がダイブしている間に一体何が起こった!?)
拉致かそれとも艦自体が墜落したのか、最悪の事態を想定してブレードを展開しようと試みるが、今度は何故かアンプが機能しない。 正確には生命維持に関連する部分は問題なく機能するが、手足や武器生成システム等、外敵への抵抗に欠かせない部位のコントロールのみが的確に奪われていた。
「……ッ」
事実上の拘束状態であることを理解し、ミサゴは脂汗が頬を伝い落ちるのを意識する。 早く何とかしなければ殺されるという焦りは自然と胴体の動きへと出力され、容赦の無い痛みが再びミサゴの全身を苛んだ。
「グッ!」
何かに固定されているのか這うように動くことが出来ず、束の間の努力は泡沫へと消え、諦観だけがミサゴの中に残る。
「何が起きてる……俺は一体……」
「大丈夫よミサゴくん、大丈夫だから落ち着いて」
「……ッ!?」
混濁する泥のような意識を掻き分けて明瞭に響く穏やかな声。 それに導かれてミサゴは恐る恐る目を開けると、そこには折りたたまれたタオルを片手に心配げに身体を寄せるアイオーンの姿があった。 彼女はミサゴから視線を向けられていることに気が付くと、傍らに置かれていたラジオの音量を下げ、眦を細めて優しく囁く。
「おはようミサゴくん」
「何故……君はまだ処置中のはず……」
汗の痕が残る頬を拭われながらも、視線を必死にアイオーンへ向けながら問いかける。 あれだけ酷い怪我を負わされておいて一日二日で治るはずがないと。 そうこう考えるうちに極めて無遠慮な罵倒がミサゴの鼓膜を揺らした。
「二週間も勝手に眠りこけて人様のスケジュール占領してたワリには随分な言い草だな色男」
極めてワザとらしい溜息が聞こえたかと思った矢先に勢いよくカーテンが開き、目元にクマを作ったテスラが苛立ちを露わに仁王立ちとなって現れる。 そしてミサゴは理解した。 自分は今、彼の城たる研究棟の中にいるのだと。
「その子に感謝するんだな。 彼女の警告がもう少し遅かったらお前は血だまりの中で一人寂しく溺れ死んでいたぞ」
「警告?」
「誰がその子に言葉を教えたと思ってる? お前が知ってることは俺も知ってるんだよ」
訝しげに眉を顰めるミサゴに対し、テスラはアイオーンを顎で示しながら当然だと言わんばかりに鼻で笑う。 あまりにも尊大過ぎていけ好かないとミサゴは内心独り言ちるが、人様に礼を言えない程、人として落ちぶれたつもりもない。
「迷惑かけて申し訳なかったです。テスラさん」
「まったくだ。 こっちは本来やるべき仕事をワザワザ切り上げてレンチとドライバーを握ってやったんだぞ。 もっと恭しく敬え」
「あぁ、ありがたすぎて後光が差してるように見えますよ」
「……まぁ、今は誉め言葉として受け取っておいてやろう」
ミサゴの返答を過剰に解釈したテスラは少し考え込むが、あっさり機嫌を直して手にしていた調整工具をミサゴのアンプの隙間に差し込む。 するとノーザンクロスはたちどころに元の機能を取り戻し、普通の人間の手足と変わらぬ滑らかさで動き出した。
「しかし何やらおかしなアクセスが飛び交ってるんで追跡してみれば、わざわざお前を踏み台にしてうちのメインフレームに乗り込もうとはな……。攻撃してきた奴も随分とナメた真似をしてくれる」
そう愚痴を零したテスラはほんの一瞬意味深な視線をアイオーンに向けるも、すぐさまいつもの辛辣な調子を取り戻し、両手足の調子を確認するミサゴへ視線を戻した。
「ところでアンプの調子はどうだ? メンテついでに再生が滞っていたパーツを交換しておいたから具合は良いはずだが」
「ちょっと手首の感覚が重いな」
「新品だからそこは我慢しろ。 気になるならキャリブレーションでもやっておけ」
機械化された身体中の関節を人間の限界を超えて稼働させる様はあまりにも奇妙で、膝立ちになったアイオーンは目を白黒させながらグルグルと回転する両手首を興味深げに見つめている。 その様をミサゴは横目で一瞥すると、少し声のトーンを落として切り出した。
「……それでテスラさん、今後俺達の処遇はどうなるんです?」
「なんだ藪から棒に」
「真面目に言ってるんですよ俺は。 この子が甚大な被害を被ったのは、護衛だった俺が機能不全だったからに他ならない。 役を降ろされてもしょうがない失態だろう」
「ほぉ? まさかお前が自分からそういうことを言い出すとは」
普段の不愛想な態度とはかけ離れた殊勝な姿に、テスラは珍しいものを見たような意外な表情を浮かべる。 しかしいざ喋り出そうとした矢先、アイオーンが血相を変えて割って入った。
「違うんですテスラさん! ミサゴくんに責任は無いの! 本気でやればさっさとあの人を倒せた私が悪いの! 私のせい! 全部私が……」
「あーもう、これ見よがしにイチャつくんじゃない。 どうあれお沙汰は決まってるんだ。 任務続行だってな」
「……何ですって?」
アレだけの失点があって不問とはあり得ないと思わずミサゴは顔を上げると、テスラは机の上に置かれていたコンソールに手を置く。
「ご意見番様の鶴の一声だよ。 大富豪ミダス。 お前もクロウラーなら名前くらい聞いたことがあるだろう?」
「えぇ。 パンドラシティ建設に携わった一人であり、クロウラーズハイヴの創設者であり、フラクタス開拓初期に自ら現場で活躍した最も旧いレジェンドだと……」
「そこまで分かってるなら俺から言う事は何もないわ。 ともかく、その御方はお前に彼女を護って欲しいんだとさ」
「何故?」
「ははっ知らんよ」
文字通り雲の上から突如垂らされたような温情に、ミサゴは安堵よりも先に疑念や戸惑いを覚えた。
(世界中から代替品が集うハイヴで何故そのような真似を?)
身分的に中堅レベルとはいえ、キャリア的には駆け出しレベルの者に向けるにはあまりにも不公平過ぎる。 何か良からぬ政治的なゴタゴタに巻き込まれたのかとイヤな予感が背中を伝うも、それを察したのかテスラは軽く首を横に振った。
「そうイヤそうな顔をするな。 何も良い事ばかりじゃない。 任務継続の知らせと一緒にお前らには転属命令が出ている。 しばらくはお天道様を見られないと覚悟しておけ」
「転属?」
「あぁそうだ、お前らには再度“ワイルドイーグル”に出向いて貰う。 一攫千金を狙う荒くれ者が身分を隠して大勢潜むオアシスにな」
そう語るテスラは一枚のチップを弾いて寄こすと、後はそれを見ろと言わんばかりに溜まった仕事へ戻っていく。
命を失いかけた矢先に新たな戦場へ。 まるで馬車馬のようだとミサゴは眉間に皺を寄せるも、アイオーンの姿をふと視界に入れると微かに憤りが抜けるのを感じた。
その理由もよく分からぬまま。
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