10-過去の残影
薄暗い部屋の両端にはいくつものシリンダーが並んでいる。
ほとんどのものには透明な液体が満ちており、時折気泡が浮かぶ。
いったい何なんだ、この部屋は?
「少し調べてみましょう。
何かあるとは思えませんが……警戒だけはしてください」
フィズはつかつかと部屋の中に足を踏み入れる。
俺とシオンは顔を見合わせ、慌ててそれに続いて行く。
一歩踏み出す度にカツカツという音が反響した。
この部屋は他の部屋より、少しだけ寒い。
それはこの部屋に満載された装置が吐き出す熱を冷ますためだろう。
しかし、何も入っていないものをどうして冷ます必要がある?
単に止め方が分からないだけかもしれないが。
部屋の一番奥にはデスクがあった。
何も置かれていないデスクが。
「ここで書き物をしていたのかな?」
「いえ、そうではありません。多分、このあたりに……」
フィズはデスクを撫でる。
すると、突如中空に電流が迸った。
そして、デスクの真上に半透明の何かが浮かび上がる。
ワケの分からない文字の配列が、内容を判別出来ない速度で流れる。
これは、いったい何なんだ?
「旧世代の情報管理システム……
少し待っていてください、開いてみます」
フィズは何もないデスクの上を指で叩いた。
その動きはまるで捉えられないほど速いが、何をしている?
そう思ったが、フィズの動きに合わせて空中の何かに文字が閃く。
何らかの方法を使ってこれをコントロールしているのか?
「フィズ、お前どうして……」
「集中したいので少しだけ黙っていてください……
パターン173492、これなら」
ピン、とベルのような音がした。
それに呼応するように、空中に浮かぶ像が一つ、二つと増えていく。
『ようこそゲスト。以前のアクセスは1349040時間前です』との表示。
気が遠くなるほどの長い時間、ここにこいつは鎮座していたのか?
「130万、っていうと、えっと……」
「軽く100年以上前です。
その辺りの細かいことに意味はありません」
細かいことに意味はない、というが細かくはない気がする。
タルタロスの成り立ちは、誰も知らない。
もしそれを知ることが出来れば、何かが変わるかもしれない。
もしかしたら、何も変わらないかもしれないが。
目まぐるしく像が移り変わる。
彼女はいったいこれから何を読み取っているのだろうか?
聞きたかったが、真剣な表情と額に浮かぶ脂汗がそれを止めた。
「……この部屋に関係しているのはこの映像データでしょうかね」
そういうと空中に浮かぶ像が一度すべて消え、一際大きなものが現れた。
それはこの部屋を映したもので、多くの人間が行き交っていた。
※
『西暦2354年10月21日。実験ナンバーMIX1873』
眼鏡の男がそう言い、席を立った。
映像はそれを追いかけていく。
彼は何人かの同じような格好の男とすれ違い、あいさつを交わす。
シリンダーの中にはいまとは違い、何かが漂っていた。
それは……魔獣。
ガルムやオーク、あるいは俺が見たこともない魔獣が入っていた。
もちろん、小さなシリンダーに成体が収まるはずもない。
すべて子供、成長途上にあるものだった。
思えば、魔獣の子供を見るのはこれが初めてかも知れない。
ガルムの巣に踏み込んだことさえ、俺にはないのだから。
見る限り、普通の生物と変わらないようだった。
『魔導核を移植した生物は身体、代謝系、免疫系の能力が向上します。
また、通常生殖により魔導核が遺伝することも確認されてきました。
エネルギー問題への対策は一定のめどが立ったと考えられます。
しかしながら……』
男はシリンダー内のオークを見上げた。
『神経系への浸食が確認されています。
具体的な副作用としては痛覚の鈍化、情動を抑えられなくなる、知能の低下。
また、原因はいまのところ確認されていませんが、寿命が短くなる。
その辺りの問題点を解決しなければ人間への移植は出来ません。
ひいては、人類が地上を取り戻すことは出来ないでしょう』
過去の人間たちも、地上に戻るために日々試行錯誤していたのだろうか。
しかし、魔導核を人間に移植するとはどういうことだろう?
『今回は仲介部を噛ませることにより浸食性を低下させられないか実験します。
なお、神経系の電子部品交換は既に安全が認められています……』
彼が見上げるシリンダーには、全裸の少女が浮かんでいた。
それに何の感情も抱いていないのか、男は満足げに微笑む。
そして、周りの人間に指示を出した。
『では初めてください』
男は気付いていたのだろうか。
横で浮かんでいるオークが、憎々し気に己の姿を見下ろしていたことに。
※
『失礼します、ゲスト。あなたにはこれ以上のアクセス権限がありません』
映像は唐突に終わった。
現実に引き戻された、そう感じるほどリアルだった。
「ここではいったい、何が行われていたんだ……?」
「魔獣を使った実験。魔獣を使い人間を強化するための実験ですよ」
魔導核を移植するというあれか。
もしかしたら、俺の中にもそんなものが?
「結局実用化はされなかった……
いや、唯一の成功例がもしかしたら……」
フィズはブツブツと何かを呟いた。
と、その時。いきなり背後から足音がした。
「っ……!? 誰だ、誰かいるのか!?」
俺はホルスターから銃を抜き振り返った。
何かが走り去っていく、その後ろ姿を見ただけだ。
ひらひらとした白い布が風に揺らめくのを見た。
「女ものの……服? まさか、あの女の子……そんなわけねえよなあ」
ワケの分からない映像を見て、俺もナイーヴになっているのかもしれない。
フィズの話ではあの映像は少なくとも、100年は前のものらしい。
だとしたら、ここが如何にタルタロスの施設でも、生きているはずはない。
誰か、別の何かがここにいるのだ。
(あの後姿が魔法使いのだってのが、一番しっくりくるだろうな)
もし魔法使いがここにいたとして、どうして影から様子を伺っていたのか。
そして、なぜ俺たちの姿を見て逃げ出してしまったのか。
その理由は分からないが。
「行こう、フィズ。シオン。もうここに用はないだろう?」
シオンはすぐに頷いた。だが、フィズの反応は薄かった。
「? どうしたんだ、フィズ。疲れたのか?」
「いえ……なんでもありません。行きましょう。見失ってしまいます」
だがすぐにフィズは元の調子を取り戻した。
俺たちは塔の探索を再開した。




