11-風に舞う少年
何かは扉を出て左側に走り出した。
俺たちはフィズを先頭にそれを追いかける、一番後ろは俺だ。
しんがりとか、別にそういうわけではないのだが。
「オーリさん、本当にこんなところに誰かがいたんですか?」
「私も見ましたし、あなたの耳なら音も聞こえたのではありませんか?」
「そうですけど……でも、こんなところに人がいるなんてとても」
言いたいことは分かる。
ここは完全に無人で、はるか昔に放棄された施設なのだろう。
階下は鉄骨兵が守っているから、誰かが入って来ることはありえない。
だが、確かに俺は走り去っていく何かを見た。
こんなワケの分からないところで、有り得ないことはないだろう。
もしかしたら何らかの方法で生き残って来た古代人が目覚めたのかもしれない。
とにかく、この塔のことを知るうえであいつの存在は重要だ。
「オーリ、油断しないでくださいよ。
あいつが味方であるとはとても思えませんから」
「分かっている。もしかしたら、魔法使いってやつかも知れないんだろう?」
人間を苦しめる魔法使い、人類の裏切り者。
その動機はいったい何なのか。
三度曲がり角を左に曲がると、目の前に円筒が現れた。
入口に当たる部分は開いており、まるで俺たちを誘っているようだ。
罠の類なのか、あるいは……
「エレベーターですか。上に上がって来い、と言っているのか……」
どうやらこれは昇降装置の類らしい。
歩き疲れたところにこんなものがあるのは正直嬉しい。
だが、あからさま過ぎて罠に見えるのも確かだ。
「行きましょう。
我々を誘っている、まさかエレベーターを壊して殺そうとは思わないでしょう。
そんなので殺されるほど、私たちはヤワではありません」
「俺はともかくな。こんなの壊されたら俺は死んじまうっての」
「大丈夫です、オーリさん! あなたは私が護りますからッ!」
涙が出て来るくらいうれしい話だ。
もっとも、実際守ってもらえるかどうかは分からないが。
とにかく、俺たちはエレベーターに乗り込んだ。
3人が入っても余裕があるくらい広い空間だったのは幸いだった。
またくっついただのなんだのとフィズが不機嫌になっても困る。
おかげで周りを見回すことも出来る。
「これが塔の内部か……
人が暮らせるようなところはそれほど広くないんだな」
透明な筒の中からは、周りの様子がよく見える。
見渡す限りあの黒いラックと光る何かが詰め込まれているようだった。
少なくとも、人が快適に暮らせるとは思えない。
「最上層にはいったい何があるのでしょうね」
「秘匿しなければいけない研究……一般市民の目に触れてはいけないもの。
生物兵器、魔獣、いろいろ考えられることはありますね。
あるいは単に情報のストレージなのか」
ここはフィズにとっても未知の場所であり、判然とはしない。
「しかし、このエレベーター一基だけだろ。
どうやってあの子は消えたんだ?」
「さて、他にリフトがあるか自力で昇って行ったかのどちらかでしょうね」
魔獣や勇者の身体能力があれば何でもあり、か。
俺は天井を見上げる。
少なくとも2、30mはありそうで、とても生身の足では進めそうにない。
そうこうしているうちに、エレベーターが止まった。
耳が詰まるような感覚を覚えたが、つばを飲み込めばすぐ治った。
透明な扉が開くと同時に俺たちは外に出た。
「……展望台、ってことなのかな」
周囲360度には恐らくガラス窓が広がっているのだろう。
恐らく、と言ったのは大きなコンテナが周囲に配置されているからだ。
下の階で見たものよりも大きいが、やはり青白く明滅している。
これも何らかの装置のようだ。
周囲を警戒していると、くすくすという笑い声が聞こえた。
子供が笑うような高く、しかし不快な悪意を感じる声。
反響しどこにいるのか、はっきりとは分からなかった。
だがどこかに、俺たちをここに誘い込んだ奴がいる。
「どこだ! 姿を見せろ、お前はいったい何者だ!」
スラッグ弾を装填した散弾銃を構え、周囲を見回す。
ギシッ、と金属が軋むような音がそこかしこおから聞こえて来た。
ここに来るまでに聞いた音なので、聞き慣れている。
「鉄骨兵……この期に及んで俺たちを撹乱しようとしているのか?」
「撹乱? とんでもありません、私はただ、試してみたいだけなのです」
金属音とともに鉄骨兵が影から顔を出す。
と、同時にカツンと高い靴音が響いた。
俺たちは各々の武器を構え、そちらを一斉に見た。
華奢な少女だった。
手足は細長く、色白で、目も赤み掛かっている。
きめ細やかな皮膚は絹のようで、流れる黒い髪も同じように美しい。
しとやかに笑う表情から見ても、将来美人になるだろうと思える。
だがその瞳の奥の、酷薄さだけはどうしても拭い去れない。
目に映るものをすべて憎み、見下し、嘲笑うようなその態度は。
「お前はいったい何者だ。ここで何をしようとしている」
「私はただ、私がどこまで出来るのかを試してみたいだけです」
答えているのか、いないのか。
少女はくすくすと笑った。
「……でも、その実験に不必要なものが転がっているのはいただけないわね」
風が吹いた。
密閉空間で。
下っ腹に衝撃、風で『殴られた』のだと気付くのに時間を要した。
俺の体がワイヤーで引っ張られるように後方に吹っ飛んで行くのを感じた。
「ここから消えてなくなってくださる?」
窓にぶつかる。
そう思ったが、違った。
いつの間にか窓は開いていたのだ。
俺はいきなり、空中に投げ出された。




