08-走馬灯
落ち着け。
目と、耳に意識を集中させろ。
あいつらは鼻ですべてを感知する、だからこの状況でも動ける。
だからこそ、油断があるはずだ。あいつに分かるはずはないと。
散弾銃のグリップをポンプし、弾を装填。
相手の数は5、1発とて無駄にすることは出来ない。
まずは、左。
そう見せかけて右、左よりもスピードがやや速い。
右のガルムに散弾を浴びせ、すぐさま振り返り左のガルムを撃つ。
化け物の悲鳴が辺りに響いた。
次は正面から2体。
すぐさまチョークを調整、並んで進むガルムに向けて2発撃ち込んだ。
散弾の雨を浴び、ガルムが倒れ込んだ。
最後は後ろ、振り向きざまに最後の弾を撃ち込む。
だが、やや距離が開いていたせいだろう。
拡散範囲を広げ散弾は、ガルムを殺せるほどの威力を持たなかった。
距離は5m、ほんの一跳びの距離。
弾はない、だが戦える。
左手で銃口を持ち、右手で支えて散弾銃を振るう。
ジャストミート、ストックが跳んでくるガルムの顎先を捉えた。
ワリと重い。
だからガルムはほとんどその場に落ちた。
立ち上がり、距離を取られれば勝機は果てしなく低くなる。
俺はガルムにのしかかり、全身の体重を使い化け物を押さえつけた。
そして袖下に仕込んだナイフを取り出し、何度も突き立てた。
「うおああああああ! 死ね、死ね、死ね、死ねぇっ!」
ほとんど滅茶苦茶に、柔らかそうな胴体を狙って何度も刃を突き込んだ。
鮮血が撒き散らされる度、ガルムの抵抗がどんどん弱くなっていく。
やがてそれはぐったりしたまま動かなくなった。
どうにか、勝つことが出来たか。
「はあ、はあ、はあ……これで、これで全員、死んだよな?」
振り返り見ると、雪に覆い尽くされガルムの死体はもう見えなくなっていた。
たった数秒でこれだけの雪が降るとは、俺もこのままでは隠されてしまう。
突き殺したガルムの魔導核を回収し、歩き出した。
(フィズ探しもシオン探しも後回しだ、あいつらなら何とか生き残るだろう。
問題は俺だ……防寒具を着込んでいるのに、寒すぎる!
このままじゃ凍死しちまう……!)
右も左も分からない。
コンパスを取り出すが、無茶苦茶な方向を指し示していた。
このまま遭難し、雪の中に埋もれれば、どうなる?
二度と見つからないだろう。
新雪を掻き分け歩く。
雪はあっという間に膝上まで積もり、歩行を阻害する。
吐き出す息すらも凍結する地獄、クソ。
視界もチカチカしてきたぞ。
「なっ……」
一歩踏み出した。
と、思ったら足下がいきなり崩れた。
そして滑り落ちた。
俺はいつの間にか崖の上を歩いていたのだ。
そして崖の縁を踏み外した。斜面をゴロゴロと転がる。
視界が上下左右に揺さぶられ、どこにいるかさえ分からなくなる。
そして俺は終着点、すなわち地面に落ちた。
その上に大量の雪が覆いかぶさって来る。
ほんの少し、息をするだけの隙間はあった。
俺はどこにいる。
地面を向いているのか。
それとも天を仰いでいるのか?
それさえも分からなくなる。
重みがのしかかる。
(クソ、ここまでか……寒い、辛い……
こんな、こんなワケの分からないところで……)
気力が萎える。
瞼が落ちそうになる。
呼吸をすることさえも億劫だ――
いや、まだだ。
まだ眠るわけにはいかない。
眠れば、その瞬間俺は死ぬのだ。
(目の前にあるのが地面だろうが、空だろうが、諦めるわけにはいかねえ!)
腕を揺さぶり隙間を作ろうとした。
幸い柔らかく、密度の低い雪であったため、それは簡単に出来た。
少しずつ、文字通り気が遠くなるほど長い時間をかけて腕を顔の前に出す。
そして顔面に覆いかぶさる雪を少しずつ、少しずつ掻き出した。
果たして、どれだけの時間がかかっただろうか?
俺の視界から雪が消え、白の空が顔を出した。
問題はここからだ、どうにかして脱出しなければ。
(クソ、雪を掻き出すだけで思いの外体力を消耗しちまった……!)
今度こそ体を動かすのも億劫だ。
さっきの精神的な要因とは違い、肉体的な要因で。
腕も、足も、何もかも疲れ切っていた。
それでも体を揺さぶり、地面を蹴り、この穴から這い上がろうとした。
だが結局、俺は穴から出ることが出来なかった。
(ハァッ、ハァッ、クソ……ここまでか……俺は、俺は結局のところ……)
死ぬ。
俺は死ぬ。
ワリとあっさりと、それを受け入れることが出来た。
ここまでやったのだから、仕方がないだろうと思っていた。
少しずつ温かくなってきた。
皮膚感覚が狂い、寒さを感じなくなっただけだろうが。
母の腕に抱かれた時、父に撫でられた時感じた温かさが不意に蘇ってきた。
10年前まで、俺の人生は比較的平均的に推移していたような気がする。
父が出て行ってからも、それなりに楽しく生活出来ていた気がする。
もちろん、母さんの苦労は絶えなかっただろう。
でもみんなよくしてくれた。
ベアおばさんは俺たちに仕事を与えてくれた。
神父様は俺たちのことを気遣い、たまに食べ物を持って来てくれた。
レミもグレイも、父がいなくなった俺と変わらず接してくれた。
最期の瞬間に思い出したのは、他愛もないことばかりだった。
何も知らずに野山を駆け巡った時の記憶。
大人たちが行くなと言っていた森に行って怖い思いをした記憶。
子供たちが肩を寄せ合い恐怖に耐えていた記憶。
大人たちに救われた安堵感の記憶。
(何もかも……)
傍らには常に温もりがあった。
俺が気付いていなかっただけのことだ。
死ぬ時は、誰しも一人だ。
だから隣に誰かがいて欲しい。
小さな温もりを与えて欲しい。
だから人は生きている。
誰かと一緒に生きている。
そんなことに今更気付いた。




