07-突入前夜
穏やかな陽気に包まれながら、俺たちは緩やかな坂を上っていた。
『夢幻の平原』まで続く一本道、街道も整備されており歩きやすい。
道なき道を踏みしめて行くのは、意外に体力と気力を消耗する。
こんな小さなことでも嬉しくてたまらない。
「町の人から聞いた限りでは、入り口の前に道標があるっていう話だったな。
今日はそこまで行って、続きは明日からって感じにするか」
「そうですね。シオンも野営に慣れておかなければならないのです、ねえ?」
「……そうですね」
続くシオンは口元を押さえ、顔を青くしている。
やはり気になるか、この臭い。
「まあ、いろいろあるだろうけどさ。慣れた方がいいぜ、早く」
「わ、分かっています。これのおかげで熊に襲われない……んですよね」
滞在中に探した草をいくつか組み合わせてフォースベア用の忌避剤を作った。
こいつがまた臭い、ガルム用のそれに匹敵するくらい臭かった。
掃除していない便所の臭いを何倍にも増幅させたような凄まじい臭いだ。
もし他人だったら俺も近付きたくない。
ワイヤシューターに新しい忌避剤、ポイズンフロッグの毒。
あの町で手に入れられたものは多い。一歩ずつでも進む力をもらった。
あそこもまた掛け替えのない思い出の地だ。
「……! 気を付けてください、オーリ!」
言われるまでもなく気が付いていた。
散弾銃を取り、構える。
忌避剤を焚いているが、風の関係で届かないところもある。
そうなると、気付かない魔獣だって出て来る。
藪の中からフォースベアが顔を出した。
突発的な遭遇に、そいつは驚いていたようだった。
先制攻撃、トリガーを引こうとした瞬間、風が吹いた。
「征ッ!」
音がすべて遅れて聞こえた。
気付いた時にはシオンがフォースベアの前で跪いていた。
そして、ベアの首が地面に落ち、死体が倒れた。
「……すげえ」
「えへへっ。こういうことくらいでしか役に立てませんからね……」
シオンはそう言って笑った。
笑えるようになった、ということか。
ふっきれたらしい。
「魔導核を回収して進みましょう。慎重に行きますよ、オーリ」
どこかフィズは不機嫌そうだった。
何なんだ、こいつは。
あと100mほどで『夢幻の平原』に辿り着く、というところで俺たちは野営を行った。それなりに見晴らしがよく、逃げやすいところを見つけたからだ。もちろん忌避剤の散布は怠らない。そのせいかシオンの食欲は減退していた。
「……」
「これに耐えられないようでは、とてもとても旅を続けることは出来ません」
「何かお前、おとぎ話に出て来る意地悪な継母みたいだなぁ」
そこまで老けていないが、と思いながら言ったら睨まれた。
「本当のことを言っているだけですよ。旅とは楽しみだけではないのです」
「大丈夫です、フィズさん。慣れて行きます、こういうことにも」
フィズの嫌味にも、シオンは嫌な顔一つせず応じた。
フィズはバツの悪そうな表情を浮かべ、舌打ちして顔を逸らした。
なんだかいつもより態度が悪い。
(シオンのことが気に入らないんだろうなあ。
そういえば、あの時もこんな……)
オクシス湖で彼女と話した時にもフィズが乱入してきて、彼女のことをメタクソに貶した。あの時と構図としては同じようなものだろう。
シオンが気に入らないというより、彼女の態度が気に入らないのだろう。
もしかしたら、過去に同じような考えを持った、どうしても反りの合わない人がいたのかもしれない。シオンのことをその子と結びつけているのではないか?
(フィズは全然、自分のことを話さないから分からねえんだよな……)
小さな相棒のことを、俺は何も知らない。
少しだけ、知りたいと思った。
なぜ戦う。
なぜシオンを嫌う。
何のために上を目指す。
お前はいったい何者なんだ。
「明日から未知の場所に向かうのです、早く休みますよ。今日は」
そう思うが、フィズの方は相変わらずクールだ。
俺に何も教えてくれる気はないらしい。
彼女は自分が食ったものを片付けると、個室テントに入った。
マイペースなやつだ。いや、俺が勝手に聞きたがっているだけだが。
「あの……オーリさん。フィズさんっていったいどういう方なんですか?」
「いい奴だよ。いままでもずっと、俺のことを助けてくれたし……」
「いえ、そうではなく……あの方はいったい何者なのでしょうか?」
シオンもどうやら、俺と同じような疑問を抱いているようだった。
「何者、と聞かれても……俺だってよく分からないんだよな」
「不安じゃないんですか、オーリさん? あの方は、もしかしたら……」
そこで一旦シオンは言葉を切って、少し考えた。
やがて意を決したように、
「あなたのことを利用されているのではないでしょうか?」
そう言った。
一瞬、意味が分からなかった。
いや、考えてもまったく分からない。
「利用って。それはないよ、俺を利用する意味がないじゃないか」
「そんなことは分かりません。あなたが分からないような理由が、何か」
「分からないなら考えても仕方がない。
それに、ただの人間が必要な理由っていったい何だろう?
フィズのことは分からないけど、そうじゃないって俺は胸を張って言える」
これまで何度も助けられてきた。
本当に利用しようとしているなら、見捨てても不思議はない。
そんな状況でも、彼女は俺のことを助けてくれたのだ。
「あいつがいなきゃ俺はここにいなかった。それがあいつを信じる理由だ」
言ってみると気恥ずかしい。
シオンはまだ何か言おうとしたが、取り敢えずは納得してくれたようだ。
しばらく話してから、俺たちはそれぞれのテントで休んだ。




