05-毒の刃
エルフたちを待ち構えていたオークを撃退したのもつかの間、森の奥から怒声があがった。対応が速い、第二陣が出て来たのか。
(こっちに敵が集中するなら一歩引いて、挟撃でなく後方への攻撃をすべきか)
もっとも、挟撃部隊への指示が出来る立場でもないし、道具もないが。エルフとオークとが激しく打ち合いを始め、途端に乱戦が始まった。目まぐるしく変わる戦場、影に隠れて狙撃で支援したいところだが、上手くいくか。
いや、このスピードでは味方を誤射してしまう可能性もある。余計な手を出す必要はない、エルフたちだって全滅するような戦い方はしないだろう……そのはずだ。いや、あいつらならそんなことだってしかねないが。
「人間ン! 手前もこいつらの仲間かぁっ!」
運が悪い、隻腕のエルフを弾き飛ばし藪の中に入って来たオークと鉢合わせてしまった。この距離ではライフルが使えない、オークは剛腕を振りかざし襲い掛かって来る。左手でナイフを抜き、オークの側面に回りつつ振り下ろされた腕を切りつけた。もちろん切断はおろか、薄く切るので限界だったのだが。
「グハハハ! こんな、もので……オオッ!?」
オークはいきなり腕を押さえ始めた。
自分で腕を握り潰さんばかりの力を込めている。
目は血走り、脂汗を流している。
汗腺の少ないオークには珍しい。
「て、メエ、いったい何を……」
身もだえするオークの頭に銃口を合わせ、トリガーを引く。
ライフル弾がオークの頭蓋骨を貫通し、グチャグチャに粉砕した。
どさりと倒れた死体を見て、息を吐く。
「どうやらうまく行ったようですね、オーリ」
「こいつで肉を切って食うことは出来なくなったけどな」
ナイフにはポイズンフロッグの毒液を集め、焼き固めたものを塗っている。ぶっつけ本番、試すことは出来なかったが、上手くいったようだ。薄く塗り固めた毒液でも、皮膚や筋肉に接触すれば焼け付く痛みを与えられるらしい。
「取り扱いには注意するのですよ、オーリ。
ちょっとでも触れたら頓死しますから」
「分かってる、分かってる。それにしても、ここに留まるのはちょっとな……」
さっきのはあくまでラッキーだ、オークに囲まれたら肉団子にされる。
乱戦状態の街路に留まっているより、一歩引いて全体を俯瞰するか。
または前に進み門まで向かうか。
「進もう、フィズ。正直なところ……こっちはもうダメだろ」
「奇遇ですね。私もそう思っていたところです」
オークたちは援軍を受けて勢い付き、逆にエルフたちは数を減らしつつある。
それでも驚異的な執念と技によってオークを何体も切り捨てているが、限界だ。
このままエルフたちが潰されれば、あとは俺たちしか残らない。
挟撃のために分かれた部隊がこちらに合流していないということは、俺が考えたように前線を無視して進行、門まで向かおうと考えたのだろう。町の中に入り守備隊と合流することが出来れば、自分たちの力を生かす手段も見つかるはずだ。
(申し訳ない、みんな。せめて、安らかな最期を……)
内心で祈り、胸の前で十字を切った。
かつて世界がまだ地上にあった頃、神は様々な奇跡をもたらしたそうだ。
だが地下に潜った程度のことでその加護は随分弱くなった。
時には息を潜め、時には大胆に進んだ。
最悪の場合はあの毒ナイフをまた使うか、と思っていたが、そんなものは必要なかった。オークたちはエルフを一兵たりとも逃がす気がないようだ。エルフの方も。その隙間を縫い俺たちは進んだ。
フェルデン市街を覆う城塞まで辿り着いた。やはり、死屍累々。
最新の重装鎧を纏った兵士がボロクズのように死んでいる。
オークたちは手製らしき巨大な破城槌を――オークの体躯ですら数人がかりで持つような、巨大なものだ――を、城門に何度も叩きつけた。
「戦え、戦えィ! 町に最初に入ったものには褒美を与えようぞ!」
よく通る声だった。
藪から身を乗り出しそれを見ると、やはりそこにはオークがいた。
膨れ上がった下腹に弛んだ皮膚。よく肥えた豚のような姿だった。
上半身裸なのはいつものことだが、違うところがある。
左胸を中心として奇妙な文様が書かれているのだ。
二重の円と外側の円から伸びるつる草の葉のようなモチーフ。
頭にはバンダナと羽根飾りを巻きつけている。
実に奇妙ないでたちだった。
「オークのファッションリーダー、ってやつか」
「そうではありません。厄介な奴が来ましたね……」
「お前の知っている奴なのか、フィズ」
「いえ。でもそいつに近い相手であることは確かです」
ならばあいつは上から来た精鋭か。
ライフルを握る手に力が籠もる。
と、そこにエルフたちの猿叫が聞こえてきた。
門側の藪から剣を振りかざし、エルフの剣士が二人飛び出してくる。
護衛と思しきオークをあっさ切り捨て、リーダーに迫る。
「ほっほっほ。無駄なことを……!」
オークが大量の汗を流し始めた――
本当にそうなのか?
汗にしては異常な量だ。
人間一人が干乾びるほど、大量の汗。
汗は足元に溜まり、意志を持ったかのように吹き上がる。
汗で出来た大蛇がそこに現れたかのようだった。
左右に分かれた汗の大蛇。
エルフの剣士はそれを大上段からの斬り下ろしで両断、なおも進もうとする。
だが大蛇はすぐに元の形を取り戻し、エルフの剣士に巻き付いた。
屈強な戦士が悲鳴を上げる。
骨がへし折れる音が聞こえた。
大蛇は大口を開け、巻き付いた剣士を飲み込んだ。
そして圧倒的な力で人を噛み砕いたのだ。
「何だ、ありゃあ……!? あんなもん、見たことがないぞ」
さすがに、呆気にとられた。
常識では考えられないことが目の前で起こった。
「やれやれ、最悪の状況ですね。どうしてこの低層にあんな奴が現れるのか……」
「知っているのか、フィズ」
「ええ、よく知っています。だからあれへの対処法がないことが分かりますよ」
手詰まり。フィズをして、手詰まり。
あの化け物は、いったい。
「オークにはいろいろ種類がいます。
雑兵、兵長、隊長。
基本的にはより悪辣で強い奴が飢えに立ちますが例外がいます。
いまあそこに立っているような、特殊な力を持った個体が存在します。
遺伝子操作で生まれた家畜の中にあって、なお特異なイレギュラー」
生唾を飲み込んだ。
額には、べっとりと汗がにじんでいる。
「超常の力を操るもの……シャーマン種」




