05-絶望の時間
森の中から雄たけびが上がり、エルフの戦士たちが飛び出して来た。オークたちはシャーマンの存在が心の支えになっているのだろう、冷静に対処した。そこかしこで打ち合いが始まるが、数で劣るエルフたちは劣勢に立っている。
なにより。
「ムハハハハ! 飛んで火にいる夏の虫、とな!」
オークシャーマンは両手を広げた。
腕を中心として水がリング状に回転、切りかかってきたエルフをバラバラに解体する。水が攻撃を絡め取り、捻じ伏せ、弾き飛ばす。
シャーマンの周囲で起こっているのは戦いではない、虐殺だ。
「何だよあれ……何なんだよ、ワケが分からねえぞ」
「それがシャーマンです。このままでは全滅も時間の問題……」
フィズは歯噛みした。
いつも余裕に満ち溢れ、どんな事態でも対処するこいつが。
いまは何も出来ない自分に歯噛みしている。
それだけでシャーマンの力が分かる。
とにかく、町に入らなければ。
エルフの戦士たちが全滅すれば、俺たちもその後を追うことに間違いはない。シャーマンがいれば何もかも無駄だが、それでも時間は稼げる。
「どうにか町に入るためには……門をどうにかして開かなきゃいけねえな」
破城槌で何度も撃たれているからか、表面には醜い傷がいくつも刻まれている。それでも威容を保っているのはさすがだ。開く気配すらないが。
地面に残った爆弾を置き、移動を開始する。
50mほど移動したところでライフルを構え、爆弾を撃つ。
衝撃を受けて爆発が発生、オークたちは一斉にその方向を見た。
シャーマンもそうだ、どうやら知性はそれほど高くないらしい。
(……意識の外から狙撃すれば、あいつをやれるんじゃないのか?)
水たまりはなおも近付いてくるエルフたちを迎撃する。
だがそれは奴が戦いに意識を裂いているからこそではないのか?
気付かれていない俺なら……奴を殺せるのでは?
素早く照準を合わせ発砲。
防壁の隙間を縫って撃った、はずだ。
こちらを一度も見ることはなかった。
だが水の大蛇は素早く鎌首をもたげ、弾丸を受け止めた。
弾丸が波紋を作るが、その動きはすぐに止まった。
オークの目がこちらに向く。
「ウソだろ、気付かれていなかったはずだ!」
「ええ、たったいま気づかれましたけどね!」
表面が泡立ち、弾ける。水の弾丸が撃ち出されたのだ。
身をすくめ避けるが、しかしそのうち一発が肩を抉った。
叫びそうになる己を必死に止め、門に向けて走り出す。
「オーリ、大丈夫ですか!」
「動けるくらいにはな……クソ、反則だろあんなの!」
必死に走る。
俺たちを狙って何度も弾丸が放たれる、藪のおかげで直撃弾はない。
だが自分の後ろを追いかけて来るのはいい気分じゃない。
もうダメだ、そう思った時攻撃が止んだ。
見るとシャーマンをエルフの戦士が取り囲んでいた。
どうやら別々の方向に攻撃を行うことは出来ないようだ。
切りかかるエルフ、それらが次々と倒されて行く。
(強すぎる……いや、あの力がヤバすぎるんだ。
どうすればいいんだよ、あんな……)
森を抜け、城門の前へ。
だが門が開かないことには、逃げることも……
いや、開き始めている。
中から重装鎧を纏った兵士が何人も現れた。
「退けぇーっ、退けぇーっ!」
中から出てきた兵士たちが弾幕を展開、オークたちを押し留める。
シャーマンは防壁を前面に展開、攻撃を受け止めた。
エルフたちは退くことなく攻撃を続ける。
「見よ、開いたぞ!」
シャーマンは城門を指さした。
逃げ道が出来たはいいが、急所を晒すに等しい。
「クソッ……このままやらせたりするもんかよ!」
ホルスターから煙幕弾のビンを取り出し、火を付け投げる。
濛々と立ち上る煙、しかもそれはただの煙ではない。
赤い色のついた毒々しい煙だった。
「ぐええっ!? こ、これは、ポイズンフロッグの!?」
色を見たオークの何体かが顔色を変えた。
そう、ポイズンフロッグの毒を一緒に入れて燻したのだ。
効果があるかは分からない、色が付けばいい程度だったが効果は覿面だ。
「逃げろ、みんな!」
喉が張り裂けんばかりに叫び、広場と町とを繋ぐ跳ね橋を駆けた。
撃ち抜かれた肩が熱を帯び、痛みが俺の意識を苛む。
どれだけのエルフが逃げてくれるだろうか?
「くっ……ええい、退けぇっ! 皆のもの、退けぇっ!」
エルフの長、ダンさんの声が響く。まだ生きていてくれたのだ。
何人かがそれに従い、俺を追い越して橋を駆けた。
なおも何人かが残り、敵の足止めをしてくれている。
走る、走る、走る。
エルフのそれと比べれば、もどかしいほど遅い。
守衛が叫ぶ、『限界だ』と。
門が少しずつ閉まる、待ってくれよ。
後ろからオークが迫る、恐ろしいほどの速さで。
頼む、俺。もっと速く、もう一瞬だけ速く走ってくれ!
「オーリ、伏せて!」
フィズの鋭い声。
反射的に俺は伏せた、走らなければいけないのに。
同時に、金属が破砕する凄まじい音が聞こえた。
振り返り見ると、跳ね橋を支える鉄の鎖をフィズが蹴り砕いていた。
反動で反対側へと跳び、二つの鎖を破壊する。
支えを失った橋が川へと落ちる。
ちょうどシーソーのように。
いきなり出来上がった傾斜に、オークが次々と落ちて行く。
直前で伏せることが出来たので、何とか俺は橋板を掴み転落を免れた。
だが、これは、長くは続かないぞ。
ふわり、と体が浮いた。襟首を掴まれているのだ。
鎖を蹴り二度跳躍したフィズが、橋板に立ちながら俺を掴んだのだ。
60度以上の傾斜がある中で、まるで平地に立っているようだった。
そして上方へと高く打ち上げられる、またフィズが跳んだ。
「はああああああ!」
フィズは垂直に足を振り上げ、力いっぱい振り下ろした。
彼女の踵が橋を打ち、それを真っ二つに砕いた。
反動で更に跳躍し、そして。
次の瞬間には、俺たちは城塞の上に立っていた。
ほんの数秒で、立っている場所がまったく違う。
とにかく、俺たちは生き残ったのだろうか……?
「まだですよ、オーリ。一番の懸念が残っていますから」
そうだ、まだ生き残っただけだ。
これから先のことを、考えなければ。
だが、いったいどうすればいい?
オークシャーマンをどうすれば倒すことが出来る?
アイツだけではない、この町を包囲するオークを退けるにはどうすれば……




