04-交わらない想い
数人の不寝番が火を守り、それ以外のものは固まって眠った。
勝手について来た俺たちもその周りにテントを建てさせてもらう。
エルフたちは陽気で、気のいい奴ばかりだった。
こんな連中がひとたび戦いとなれば狂ったように叫び、剣を振りかざす。
どうにもさっき見たものとこいつらとを結び付けられなかった。
(ま、緊急事態になれば人が変わるっていうしな)
意外だったのが、彼らが一滴も酒を飲まないということだ。
酒を飲めば思考が鈍り、判断が遅れる。太刀筋が乱れる。
常在戦場、彼らは生命のすべてを戦いに還元する。
どんなところにでも臆さず突っ込んで行き、どんなところでも眠る。
まさに戦うために生み出されたものたち、といったところか。
それだけにシオンは集団では異質だった。
(えーっと、どこにいるんだろうな……っていうか起きてんのかな)
フィズはさっさと眠ってしまったので、俺だけであの子を探すしかない。
実際のところ、おせっかいだ。彼女と話して何が出来るわけでもない。
だが聞いてみたかった。どうして彼女がかたくなに戦いを拒むのか。
番をしていた男に、シオンがどこにいるかを聞いてみた。
「シオンか? アイツなら、ホラ。丘の上に行ったぞ」
「危なくないんですか、たった一人であんなところに」
「危なか場所行って、それで死んだら、恥ぞ。
そいつが間抜けだったってことだ」
随分辛辣だと思ったが、複雑な思いを抱いているようだ。
そういう彼の表情は固い。
「あの子の気持ちも、分からんではない。子供の頃両親を目の前で失ったのだ」
「それは……つまり、魔獣に殺されたってことですか?」
想像だったが、当たったようだ。
病などではないだろうとは思ったが。
「我々の里は20階層にある。懐かしか、山と水の美しいところだった。
シオンの親は薪を刈って生計を立てていたが、そこに魔獣が襲ってきた。
敵の数は多く、いかに勇猛果敢なエルフの戦士であろうとも多勢に無勢。
だが親はどうにかあの子を守り切った」
事件当時、彼女は倉に籠もって難を逃れた。
だが父と母が魔獣と戦い、殺される様を目の前で見たのだという。
戦士は『誉れじゃ』とつぶやいたが、そうだろうか。
どんな形でも、両親が生きていた方がいい。
少なくとも、目の前で死なれるよりはずっといい。
何となく、シオンの考えていることが分かるような気がした。
「その命を使ってお前は守られたんじゃ。
お前も守れるようになればええのに……」
「ありがとうございます、おじさん。んじゃ、すいません。行ってみます」
おっさんは『惚れたか』と言い、俺はやんわりと否定する。
どうしてこうも下半身に直結した連中ばかりなのだ。
もっと精神的な、人間的な感想を持ってもいいだろうに。
緩やかな坂道を昇っている途中、歌声が聞こえた。
拙い、音の調子も外れた歌。
シオンは黄の太い幹に体を預け、夜の闇の中歌っていた。
「……あれ。あなたは……どうしたんですか、こんな夜更けに?」
「いや、それはこっちのセリフ。キミも寝ないといけないんじゃないか?」
俺がそういうと、シオンは困ったように笑った。
楽しい時間を邪魔してしまったか。
「隣、いいかな。少し、話したいことがあるんだけど……」
「ええ。私もちょうど、あなたにお礼を言いたいと思っていたところです」
シオンは屈託なく笑った。
こうしていると、年頃の娘さんにしか見えない。
二人して樹に体を預けた。
落ち着く、彼女が好んでいるのも分かる。
「あの時は、ありがとうございました。あなたがいなければ今頃……」
「そのワリには、あんまり嬉しそうじゃないように見えるけど?」
そういう割れて、シオンは真顔になった。
この旅を始めて、人の顔を見るのが――空気を読むのが得意になった。
何を考えて、どう思っているのか。
心の動きを読み取ること。
それが力を持たない、俺に出来る唯一の戦い方だった。
「……どうして、それを」
「っていうことは、俺が考えていることもあながち間違いじゃないと」
「カマをかけたんですか? ひどい人ですね、あなたは」
シオンは膝を抱いて、自嘲気味に笑った。
「無作法かもしれないけど、オッサンに聞いたよ。キミのご両親のこと」
「そうですか……どう言っていました? みんなは、私の家族のことを」
「勇敢な戦士だったと。子供を守って、死んだ、立派な人だって言ってた」
『キミにもそうなってほしい』、とはさすがに言えなかった。
シオンの表情は暗い、この話題になって更に暗くなった気がした。
「私は、倉の隙間から父と母が魔獣と戦う、その姿を見ていました」
ブルリ、と体を震わせた。
顔色が段々悪くなってくる。
「笑っていたんです、父も母も。魔獣を切って、返り血に塗れて。
笑っていました」
ああ、よく分かる。
だって他のエルフも、みんな笑って戦っていたのだから。
「魔獣は人間の敵、人間を喰らい滅ぼすために生きている……
それは分かっています。人を守るのは正しいことだと。
でも、私たちの戦いは、それとは少し違う」
俺は戦っている時、どんな顔をしているのだろうか?
とても楽しむ余裕などないが。
「楽しむために相手の命を奪うのは、魔獣と何が違うのでしょうか?」
「さあ、それは……」
「自分の中にもそんな残酷な本能がある……それを認めるのが、怖い」
彼女が拒んでいるのは、戦うことそれ自体ではない。
ただ笑いながら相手を殺せるような存在になりたくない。
心根の優しい少女なのだろう、きっと。
「ま……現実は待ってくれない。
こうしている間にも戦いは近付いて来ている」
「そう、ですね。だから、私は……」
「あの時死んでいればよかった?
倉で……隊商と一緒に。もしくは……赤い雨に打たれて」
あの時、シオンは死のうとしていた。
周りに人がいなければきっとそうしていた。
「どんな道を選んだって、それなりに苦しい。
死ねばそれ以上苦しまない、でもその時は一番苦しいぞ。
結局のところ、苦しみからは逃げられないだろう」
「ままなりません……どうすればいいのでしょうか、私は」
そんなことは分からない。
俺に偉そうなことは絶対に言えない。
「苦しい道だってそれなりに楽しい。俺はそう思ってる」
俺に彼女の気持ちは分からない。
彼女にも俺の気持ちは分からないだろう。
決して交わらない二つの線。
やはり話すべきではなかったかな、と思う。




