04-汚染源での戦い
翌日。
俺たちは水源地へと向かって歩き出した。爺さんとシオンが先頭に立ち、俺たちは真ん中に。他の連中がしんがりに回る。襲い掛かって来る敵は切り伏せ、街道は血に塗れた。
「……勇者ってのはこんなんばっかりなのかよ」
「エルフ部族が特別なだけです。
ここまで相手を殺すことに特化した戦法を取る奴らはいません。
他の人たちは、もうちょっとだけ自分たちの生存を考えます」
上手くいったら皆殺し、失敗したら皆殺し。
勇猛果敢と言うより蛮勇無辺と言った方が正しいのではないか?
俺はスコープを取り出し、レンズを磨きながら考えた。
「おや、オーリ。そんなものを拾ったのですか?」
「ああ、あのおっさんたち戦利品は魔導核以外放っておくからな。
多分、魔獣が襲った隊商かなんかが運んでいたものなんだろうな。
問題なさそうだから使わせてもらうよ」
これを使っていたか、あるいは求めていた人がいるのだろうが、多分死んでいるだろう。タルタロス内で拾ったものは自分のもの……所有権については特に気にしないことになっている。教会のお触れだ。
もっとも、そのせいで狐狸盗賊の類が蔓延っているのだから人と言うのは罪深いものだ。元は緊急時の責任を問わないようにするためのものなのに。
「……ふむ、こりゃいいんじゃないか?
いままでよりずっと具合がいい」
ライフルにスコープを取り付け、覗き込む。
遠くにあったものがよりはっきり見えた。
「狙ったところに当てるには、難儀しそうだな」
「遠くにあるものに当てるには、また違ったテクニックがいるのです。
まあ、そういうことは追々教えてあげるとして……
オーリ、彼らが目的地に着いたようですよ」
言われて彼らが止まっていることに気付いた。
爺さんは後続の隊に指示を出した、散開させるようだ。
彼らは言葉もなく左右に散り、藪の中に消えて行った。
「凄まじい連携力……一言も発さないで意図を理解出来るのかよ」
「そうでなければ、あの無茶苦茶な戦法は成り立ちませんからね」
力押しに見えた戦法も、実は周到な準備がなければ成り立たない、ということか。言われてみればエルフの軍勢には欠員者がいない、大小の傷を負っているものはいるが。極まった練度がなければ、この戦法は成立しない。
同じことが出来たとして、真似したいとは思わないが。
「アンタらは下がっておれ。ワシらがあいつらを始末する」
木立の影に隠れながら爺さんは言った。
俺たちも奥の様子を見る。
湖畔にはゴブリンたちが5体ほどの小集団をいくつも作ってくつろいでいた。
中には喧嘩をしている奴らもいる、あまり同族同士で仲は良くないらしい。
ただ、手に持った石斧や周りに散らばった人骨が如何にも恐ろしい。
湖の真ん中は――幻想と恐怖が同居しているような不可思議な光景だった。
「真ん中のクソデカい蛙さえいなければ、最高だと思うんだけどどうよ」
「同感です。タルタロスが垂直に伸びていることを実感させる場所ですよ」
天井に空いた穴からとめどなく大量の水が落ちて来る。
水は途中で飛沫となり、光を浴びてキラキラと輝いた。
湖に落ちた水がしぶきをあげ、清涼な水音が辺りに響き渡る。
命をもたらす水の働きか、周囲の植生は豊かだ。
もっとも、それを台無しにしているものがある。
湖の中央に身を浸した巨大な蛙だ。
紫色の皮膚に黒いまだら模様が付いており、禍々しい。
真一文字に結ばれた口、ギョロリと突き出した黒目。
時折グルグルと喉を震わせ体を揺らす。
また、体からは汗のように赤い体液がとめどなく溢れ出てきており、それが水に混ざっていた。毒液の濃度は極めて濃いらしく、湖の水は全てが赤く染まっていた。あの毒液が町まで向かい、人々を焼いていたのだ。
「よし、行くぞ」
爺さんは剣を抜いた。湖の真ん中にいる蛙を相手にどうするのか、と思ったが銃を持ったエルフもいる。いままで温存してきたのだろうか。
「? 何を驚いているのですか? エルフは銃も使いますよ?」
「うん、まあ、使うよな。使わなきゃ、その、本物の蛮族だもんな……」
これまでの行いを見ているだけに信じられないが、当たり前のことだろう。爺さんが叫び、周りの仲間が続く。ビクリと震え上がったゴブリンは、武器を持って突撃してくるエルフたちを見てもう一度震えた。勝負は決したな。
銃声と硝煙、剣戟の音があたりに響き渡る。
しかし、どうにも手持ち無沙汰だ。
超強いエルフの軍勢に守られているのだから当たり前なのだが。
暇なので、俺はスコープで戦場を俯瞰した。
やはりシオンは戦列の前にいながら戦っていない。
「あんなんじゃ本当に、いつ死ぬのかも分からないな……ん」
蛙の方を見ると、妙な感じがした。
いや、こいつは明らかにおかしい。
蛙は紫色のヒモでがんじがらめにされ、動けずにいた。
呻き声が途端に苦し気な悲鳴に聞こえて来たから不思議だ。
また、口の中からヒモが出ている。
「あれは……どうなってるんだ、フィズ。
あの蛙ってそういう生態なのか?」
俺はライフルをフィズに預けた。
スコープを覗き込み――彼女は色を失った。
「総員、退避! これは罠です!」
叫び声を上げたのと、事態が動いたのは、奇しくもまったく同時だった。
蛙の腹がいきなり膨れた。
戦いに集中しているエルフたちは、それに気付かない。
フィズが俺の裾を掴み、藪の中へと引きずり込む。
何が起こっているのか、何が起ころうとしているのか。
説明しろと俺は叫びそうになった。
次の瞬間、膨れ上がった蛙が爆発した。
赤い血が周囲に撒き散らされたのだ。




