04-赤い地獄
「水を管理しているのは! どこなのです!」
フィズは素早く立ち上がり、叫んだ。
誰もが混乱している。彼女は舌打ちした。
「噴水のバルブは……あれか! オーリ、ここは頼みましたよ!」
フィズはローブを目深に被り、噴水の近くにあるバルブへと駆け出した。舞い上げられた水は拡散しながら地面に落ちる、だから単位面積あたりの被害はそれほど大きくない。だが広く、薄く拡散した赤い水が世界を焼いた。
噴水近くに残った家族を助けに行くため、飛び込もうとするご婦人を止めるので精一杯だった。近くに傷付いている人がいるのなら、自分の身も顧みず助けに行く。美しい姿だ、こんな状況でさえなかったら。
二次被害がどんどん広がっていく。
水たまりが倒れた人々を飲み込んで行く。
もういい、やめてくれ。
これだけで十分だろう。
「ハァァァッ……!」
フィズは力いっぱいバルブを回した。
水の供給を経たれ、噴水が止まる。
被害は甚大、だがこれ以上広がっていくことはないだろう。
「まだですよ。まだ終わっていないのです、オーリ」
呆ける俺をフィズが叱咤した。
手を焼かれるのも構わず、彼女は髪を掻き上げた。
「こんなことが自然に起こるはずはありません。何らかの人為的介入があったはずです」
「人為的な介入、って……」
「この水を強酸性の何かに変えた奴がいるってことです……ああ、服も汚れましたね」
鬱陶し気にフィズは裾を払った。
彼女の纏ったローブは煙を吹いている。
「水道管も浸食するでしょう、しばらくすればこの町が赤い水で満たされます。
その前に元凶を特定し、排除しなければいけません……
宿はどこでしょう、着替えたいのですが」
フィズは辺りを見回して宿を探した。
俺はそれに続いて行く。
フィズが入ったのは安普請の宿だった。床板はギシギシと鳴り、壁紙は日焼けている。当たりの良さそうな店主に頭を下げ、部屋を借りた。
「それじゃあ着替えますけど、絶対に入って来ないでくださいよ?」
「分かっている。俺は自分の命を大事にする人間なんだ」
乱暴にバスルームの扉が閉じられた。
手持無沙汰になり、俺はベッドに腰掛け目を閉じた。
町に入って来るなり、いろいろなことがあり過ぎた。
(エルフの爺さんに赤い水。行く先々でどうなってんだよ……)
何だか厄介事に巻き込まれてばかりな気がする。
もしかして俺はトラブルを呼び込む性質なんじゃないか。
いや、純然たる偶然なんだろうが……
それにしても。
壁を一枚隔てて女の子が着替えている。
そう考えていると不思議な気分になる。
落ち着け、相手はフィズだ。
俺を一撃で殺せる相手だぞ。
それに、状況を考えろ。
いまそんなことを気にしている場合ではあるまい。
気の迷いだ。疲れているのだろう。
ベッドに横たわり眼を閉じるが、やはり眠れない。
「ふぅ……お待たせしましたのです。寝ている時間はないのですよ」
「んっ……分かってる。さっさと行こう、町が無事でいるうちにな」
バスルームから出てきたフィズは、いつも通り全身をすっぽり覆うローブを纏っていた。あれと同じものをいくつも持っているのだろうか。めかしこみたいとか、そういうことは思わないのだろうか。レミはそういうことにうるさかったが、人それぞれなのか。
下らないことを考えている暇はない。準備を整え俺たちは宿を出た。
「噴水がやられたってことは、水源か? それとも……」
「この規模の町なら、上下水設備があるはずです。探してみましょう」
何らかの技術で汚染された水を浄化し、飲水とすることが出来る。スタルトでは特に加工せずとも使える水があったから、そんなものを見たことはない。
ともかく、この町一つに行き渡らせるほどの水が必要なら、かなり大掛かりな設備が必要になるだろう。宿の窓からも見えたが、北東方向に特徴的なドーム型の建物が見えた。恐らくはあそこだろう、とあたりを付け、俺たちは走り出した。
が、すぐに止まる。
角を曲がるなり、大柄な鎧を纏った一団に会ったからだ。
「これは……帝国軍の陸戦部隊か」
タルタロス内部は複雑に入り組んでおり、小集落が乱立しているような状態だ。だがある程度の数の組織をまとめ、大帝国を築いた者たちがいる。
それが曙光帝国。
人間王アウグストス率いる人類の砦だ。
「初めて見たな、曙光帝国の機甲歩兵部隊……俺も、あんな」
曙光帝国の特筆すべき点は、勇者だけでなく平民、すなわち洗礼を受けていない人間をも戦力として運用していることだ。そのために作りだされたのが機甲鎧、人間に魔獣と戦う力を与える鎧だ。スタルトにも全身を覆うタイプのものがあったが、あれはかなり旧式だ。新式は人体への負荷もかなり少ないのだという。
憧れとともに、俺はそれを見た。だがフィズの視線は、少し違っていた。
「……フィズ? どうしたんだ、そんな……」
「何でもありません。
彼らは浄水設備の方に行くようですね、これから行っても追い返される。
私たちは彼らがカバーしていない方向を、水源の砲を調べましょう」
フィズは踵を返し、水の流れを追って行った。
(……どうして、フィズ。彼らをあんな目で見るんだ?)
謎だらけだ。
その謎が、この瞬間にも深まっていく。
彼女はいったい何なのだろう。
(どうして、そんな。憎しみを込めた目で、彼らを見ていたんだろう?)
少しだけ、考えようとした。そして頭を振った。
こんなところで考えることではない。
いま考えるべきは、この町を救うことだ。
無駄足に終わったとしても、何もしないよりはずっといい。
俺はフィズの背中を追って駆け出した。




