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04-フェルデンの町

「……で、俺はいつまでこの子を背負っていればいいんだろう?」

「いいじゃないですか。

 美少女を背負って町を練り歩くなんてなかなか出来ないのです」


 そりゃそうだろう。

 そうだろうが、突き刺さる視線だけはどうにかならないか。

 ただでさえなれない町なのに、いきなり注目を浴びるのはよろしくない。


 しかし……辺りをざっと見まわすだけでもスタルトとは大違いだ。

 緑の密度が少なく、代わりに赤や茶、黒の煉瓦が多く見える。ガラスも。

 舗装された平坦な道、人々の洗練された装い、行商行き交う町の活気。

 これまで見たことのないものが町に広がっていた。


「とりあえず宿でも取りますか。襲撃を気にせずゆっくり寝たいものです」

「けど、金あるのか? 装備を調達したりするのに結構使っちまったけど」


 少なくとも、俺は金を持っていない。

 フィズはふん、と鼻を鳴らし、懐から親指大の魔導核を取り出した。


「フォースベアからいくつか取っておいたのですよ。

 これで、しばらく生活するのには困りませんね?

 宿で腰を据えて、次の町へと向かうための準備をしましょう」


 フィズは鼻歌を歌いながら町の中心に向けて歩いて行く。


(……ん? よく考えたら、あれっておかしいんじゃないか……?)


 彼女の武器は素手、あるいは投石。

 フォースベアの厚い胸板を貫通し、核を抉ることが出来るのだろうか?

 少なくともゆっくり採集を行う時間がはなかったはずだ。


 やはり、謎の多い女だ。

 そして自ら語る気はないのだろう。


「ほぉ、こいつは何とも……」


 中心街は一際活気があった。

 見どころは中心にある巨大噴水、豊富な水が常に湧き出している。

 見物する人、商売をする人、ただ佇む人。平和だ。


「遊水地が近くにあるのですね、ここは。

 町が栄えるのも分かるというものです」

「何だよ、上から来たくせにこの辺のこと知らなかったのか?」

「だから言ったでしょう、流れて来たって。細かいことは知りません」


 流れてきた、か。

 この程度のことには答えてくれるだろうか?


「『静寂の丘』の湖だよな、お前が流れ着いたのって」

「そうです。上流から川を下ってドンブラコ、ドンブラコと」

「その擬音は分からないけど、つまり川を昇って行けば上層に着けるのか?」

「理論上はそうです。でも、やめておいた方がいいですよ」


 手近なベンチを見つけ、そこに座る。

 ようやくシオンを下ろすことが出来た。


「川は平坦ではありませんし、水棲の魔獣も多くいますからね。

 下手に昇って行こうとしたら、水の中ですし抵抗出来ません。

 ちんたら地面を昇っているのには理由があるのです」

「人間は結局のところ、陸上でしか生きられないってことかい……」

「ま、このまま可能性の輪を広げて行けば水棲人類も出来上がるかもしれません」


 魚人というわけか。

 それは果たして、俺たちと同じ人間なのだろうか?


 穏やかな日差しの下、俺たちは休んだ。

 周囲の喧騒さえ、優しい子守歌のようだった。

 うとうとしてくる。町中で眠るのは危ないと分かる。

 だが、意識が……


「シオンッ! お前、こんなところで何をしておる!」


 怒号で目を覚ました。

 周囲の音が一斉に止み、静寂が訪れた。


「なっ……いきなり、いったい何なんだよ……!?」


 目の前には爺さんがいた。

 左右に垂らされた白の混じった金髪。

 喉元をすっぽりと覆うほど長いひげ。

 太く鋭い眉毛と眼光。

 口元は真一文字に結ばれており、いかにも気難しそうだ。


 硬質な繊維を編んで作った赤い鎧をまとっており、腰には長剣。

 昔親父から聞いたことがある。

 エルフたちは太古からの伝統である剣士団を組んでいると。


 彼の脇には二人の剣士が控えていた。

 鍛え上げられた体つきをしているが、それでも爺さんと比べると小さく見える。

 迫力不足か。


「なぜシオン! お前は生きてここに戻ってきたァッ!」


 ガラスさえ震わせる大音声。

 それにしても、なんてことを言っているんだこの爺さんは。


お前(おまん)が護衛に入った隊商は、全滅した!

 なぜそこで死なんかった、なぜ命を懸けんかった!

 例え最後の一兵となろうとも、四肢を失おうとも戦い続ける!

 それが我らエルフの誇りじゃ! なぜ誇りを汚した、エエ!」

「ちょっと待てよ、爺さん! そりゃいくら何でも言い過ぎ……」


 たまらず食って掛かる。

 フィズが制止しようとしたが、それより先に爺さんの手が伸びた。

 俺の手首を掴み、あっさり捻り上げた。動かすことさえも出来ない。


「んっ、何じゃお前は。市井のモンか」


 爺さんは俺をあっさり離した。

 手首には指の形に痣が出来ていた。


「申し訳なか。しかしこれは一族の問題、口を挟まんでください」


 老人は深々と頭を下げた。

 どうにも態度が違い過ぎるぞ、この爺さん。


「だからって……死ねばよかったっていうんですか、アンタ」

「誇りを守って死なば、犬死ではなか。誇りより命を取るは、恥です」

「オーリ、言っても仕方がありません。エルフの誇りは我々には理解し難い」


 納得出来なかったが、フィズは俺を制した。


「エルフにとっては戦いこそが誉れ。

 戦場での死こそが祝福なのです。

 彼らの民族的、思想的なものなのです。

 口を出すべきではない」

「死ぬことこそが正しいって、そんなわけはないだろう!」

「それはあなたの見解です。それを他人に押し付けるのはただの傲慢ですよ」


 立つ瀬もない。

 彼らと俺とでは、死生観が違い過ぎる。


「シオン、行くぞ。鍛え直してくれるわ、その心根」


 爺さんはシオンに手を伸ばす。

 彼女の体がビクリと震えた。


 俺は手を伸ばす。

 爺さんの手首を掴む。

 爺さんは鋭い目で俺を睨んだ。

 ビビりそうだ。


「手を、離してつかぁさい。これはワシらの問題じゃ。あなたには関係がなか」

「離しません。あなただけの問題じゃない。俺の問題でもあるんだ」


 シオンは俺と爺さんを見比べる。

 フィズは状況を見守る。

 剣士が得物に手をかける。


 その時、噴水が勢いよく吹き上がった。

 しかも、それはただの水ではなかった。


 赤い水。

 血のような赤。

 真正面に捉えていたから、よくそれが見えた。


 赤い水が周囲にいた人々に、物に降りかかる。

 ジュウッ、と何かが燃えるような音がした。

 人間の皮膚が焼けているのだと気付くのに、しばらくかかった。


 悲鳴が上がる。

 阿鼻叫喚、楽園は一瞬にして地獄と化した。

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