第一章 第六話
「お前、飛脚を殺したんか……?」
息を凝らしながら、心門は九羅に尋ねた。
「まさか。彼は遠に殺され、私はただ、骸を元の姿に戻しただけ」
その問いに、九羅は冷静に返すが、彼女が言っていることに、心門は全く理解が追いついていないよう。
「それより、他にまだ生きている方々は?」
「儂の他に商人と、あと寺の関係者が本堂に」
「まだ、4人……」
「は?」
「ひとまず、我々も本堂の中へ入りましょう」
鈴太の行方不明から始まった、この不可解な事象の数々……。この一連の出来事が、この寺で「人が消える」と噂される所以なのかは分からない。
だが、寺の関係者の反応を見る限り、只事でないことは明らかだった。
それなのに、千代乃の死体を見ても、田宮の鏡の化け物を見ても、九羅は冷静で、悲鳴一つあげやしない。それに――
『まだ、4人……』
あれは確かに、思ったよりも生存者が多かった口ぶり。要するに、九羅は今宵、ここで人が死ぬことが分かっていたかのようだった。
節々に感じる九羅への不審さが募り、彼女の背中を見つめる心門の目つきが険しくなる。
「く、九羅さん?」
心門と共に外から戻ってきた九羅を見て、その変わった出で立ちに、本堂にいた男達は思わず目を凝らした。
無事に帰ってきたことよりも、人間離れしたその姿が衝撃で、処理が追いつかず、気づけばただ黙って九羅を目で追っていた。
しかし、そんな彼らに目もくれず、九羅は本堂の唐戸を徐ろに閉め、中の様子を確認する。
「薬心寺の皆様にお尋ねしたい。境内にいる人間はこれで全員……ですか?」
「左様……」
空かさず住職が答える。
「外には、あの化け物以外、生者はおらぬ」
「では、役者は揃った……ということで」
次に九羅が視線を向けた先は、変わり果てた鈴太の姿。
「ったく。いつまで腰を抜かしちょる」
「だって……!」
そのすぐそばでは、いつまでも腰が抜けて身動きが取れない清二が、情けない格好を無様に晒し続けていた。呆れながらも見兼ねた心門が肩を貸し、彼を死体から離れさせる。
すると入れ替わるように、今度は九羅が鈴太に近づいて行った。
「おい。あまり近づきんなさんな。穢れちまう」
心門が忠告するもそれを厭わず、九羅は臆することなく鈴太の着物を捲った。
「おい」
「多量の水を含み、膨張した水死体。井戸に落ちたわけでも、況してや、雨に溺れたわけもなく」
「……外の、千代乃の遺体も、同じじゃった」
痛ましげな表情を浮かべながら、心門は教えた。
「……九羅、説明せぇ」
「説明、とは?」
「一体この寺で、何が起きちょる。あの田宮の形を模した鏡の化け物、ありゃ一体なんじゃ」
「あれは、“傀儡“ですよ」
「傀儡?」
「鏡人として蘇生した死者の魂が、己が身体を探し彷徨い、生きた人間の身体を奪った成れの果て」
「ちょ、ちょっと待て! 何を言っているのかさっぱり……」
聞き馴染みのない言葉を並べられ、心門に限らず、他の者達も互いの顔を見やって首を傾げた。
「鏡人とは、合わせ鏡の禁術によって蘇った死者の魂のこと。隠世から現世に戻ってきた魂は、己が身体を探し彷徨い、このように生者を襲う」
俄かには信じ難い話。平時に聞いていれば、きっと誰もが笑い流しただろう。
だが、そんな馬鹿げた話を疑う余裕がある者など、もうここには誰もいない。
「その鏡人とやら、お前ならどうにかできるんか」
「鏡人を隠世に帰す。そのためには、魂の呼寄……すなわち、死者蘇生の儀を行った呼人の業を暴かねばなりません」
「業?」
清二が聞く。
「つまりは、なぜ禁忌を犯してまで、死者を蘇らせたのか」
「この中に、その呼人がいよると?」
心門が聞く。
「左様」
「なら簡単な話じゃ。誰じゃ、名乗り出ろ」
しかし、心門の呼びかけに、誰も応じることはなく、室内はシンと静まり返る。
「なんじゃ。お前ら、あの化け物をどうにかしようたぁ思わんのか。死にとうなかろう」
「無駄ですよ」
「無駄?」
こうなることが分かっていたかのような口ぶりで、九羅は言う。
「心門様は、潔白が証明されたので、特別にお教えしましょうか。呼寄には、三つの条件を満たす必要がある」
——一、二枚の鏡を合わせ持ち、冥路を拓くこと。
——一、魂と依代を結ぶために沈香を焚くこと。
——一、依代と呼ばれる、魂を入れるための器となる身体を誂えること……
「それ、って……」
「お察しのとおり、呼寄を行うには、少なくとも一人、生きた人間を殺める必要がある」
化け物の次は殺人鬼。そんな絶望的な状況であることを宣告され、思わず心門は、身体がピシリと硬直する感覚を覚えた。視界は暗なれど、他の者達も同じ。
清二に至っては、大きく呼吸を乱し、滝のような冷や汗を流している。
「ここで呼人と名乗るのは、己が殺人犯と名乗るのと同義。故に、呼人を暴くのには骨が折れる。とはいえ、時が経てば自ずと炙り出せは、しますがね」
「それはなぜじゃ?」
「呼寄は契約。呼人の魂を贄に、鏡人を誘う。呼人が息絶えば、鏡人も現世には留まれません。故に、鏡人は呼人を襲わない」
それを聞いて、心門はハッとした表情を浮かべた。
「だからさっき……」
「すべては、先程申し上げたとおり。心門様の潔白は証明されたと。残るは、4人」
疑い晴れぬ4人の顔を一人ひとり見渡しながら、九羅は僅かに口角を上げた。
「我々は……どうなるのですか」
表情強張らせながら、恐る恐る妙弦が聞く。
「さあ。この親子のように水死体となるか、将又、田宮殿のように身体を乗っ取られ傀儡となって殺されるか」
「そんな……!」
九羅の他人事めいた口調に、さらなる不安のどん底に突き落とされたかのように、妙弦はさらに顔を引き攣らせた。
「生き延びたくば、暴かねばなりません。依代はどこにあり、誰をなんの為に甦らせたのか」
――禁忌を犯してまで果たさねばならぬ、その想いの在り処を、明らかに。




