第一章 第四話
千代乃の息子の鈴太が、姿を消した。
「鈴太くんー! いたら返事してくれ!」
「鈴太ー! 出てこい! 鈴太ー!」
寺の関係者にも協力を仰ぎ、荒れ狂う嵐の中、大人たちが境内の隅から隅まで捜したが、未だ鈴太の消息は掴めていない。
「この雨と雷のせいで声が掻き消されて、まともに探せやしない」
ずぶ濡れになった服を絞りながら、心門は愚痴を吐いた。
その隣では、小さく蹲った千代乃が、何度も我が子の名を呼んでいた。やがてその声は震え始め、不安を抑えられない彼女に、心門はポリポリと頭を掻いた。
「大丈夫だ。この嵐の中見つかりにくいだけで、雨が落ち着き、日も登りゃあきっとすぐに見つかる。母のお前は心配かもしれんが、たった一晩外で過ごしたとて、子どもは死なん」
――カタン……
「鈴太!?」
本堂の唐戸が開く音に反応して、千代乃はすぐに振り返った。
だが、本堂に戻ってきたのは商人の清二だけ。
「どうだ、商人」
「やはり見つかりません。その様子だと、お二人の方も……」
再び絶望の淵に立たされた千代乃は、ついに堪えきれず、「ああ……!」とその場に泣き崩れてしまった。震える彼女の背中を優しくさすりながら、未だ捜索中の田宮と九羅の行方を、心門は清二に聞いた。
「おそらく、田宮殿も九羅殿も、まだ外で探しているのかと」
「――失礼致します」
次に本堂に戻ってきたのは、建物内の捜索をお願いしていた妙順と副住職の妙弦、そして住職の日照だった。
「皆様、こちらお使い下さい。風邪を引いたとあっては大変だ」
そう言って妙順が持ってきてくれたのは、人数分の手拭いと着替え用の作務衣。
「妙順さん、どうでした?」
配られる手拭いを受け取りがてら、清二が聞いた。
「副住職と二人で手分けして、建物内を隅々まで探しましたが、やはり見つかりませんでした。庫裏の方は住職に探して頂きましたが……」
妙順が住職に視線を向けるが、住職は静かに首を横に振るのみ。
その結果に、分かりやすく皆が肩を落とした。
「一旦、全員本堂に戻ってきてもらいますか。私、二人を呼んできましょうか」
清二が提案する。
「戻ってくるのを待った方がいかろう。下手に呼び戻しに行って、入れ違いになると堂々巡りじゃ。それよか、雨が止んだあと、もっかい手分けして鈴太を探そう。今度は、境内だけじゃのうて、寺周辺にも範囲を広げてみた方が良かろう」
「やっぱり、外に出ちゃったのでしょうか」
「さあな。だが……」
少し言いにくそうに、心門は一瞬口を噤んだ。
「……ちぃとばかし、嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
強張った表情でそのように言う心門の横顔から、その真意を察した清二。
「もしかして……あのことですか」
寺の関係者の手前、暗示して例の噂話のことか、声を潜めて尋ねる清ニに、心門はゆっくりと、それでいて確かに頷いた。
「あのこととは――もしかして、この寺で人が消える噂のことですか?」
まるで他愛もない問いに答えるかのように、妙弦は包み隠すことなく言い当てた。
「知っていたのか」
「そら、御奉行様も一度いらっしゃいましたし。こちらも、非ぬ噂を立てられて困っていましたから」
「だが事実、こうして人が消えちょる。『単なる噂話』じゃと、儂は俄に信じられんようなっちょる」
「確かに、1年前に妙真という修行僧が行方を晦ましたのは事実でございます。20年前に、このお寺に立ち寄った老人が消息を絶ったのも……。しかし、だからこそ、御奉行様が調査し、20年前の事件については我々とは何も関係がないことを証明して頂きました」
妙弦の弁明に賛同するように、隣で妙順も激しく頷く。
「妙真のことだって、志半ばで離脱する僧も珍しくありません。それなのに、誰かが20年前の事件を持ち出して、話に尾鰭背鰭がついて、今や半ば事実とは異なる話に……」
徐々に妙弦の眉が下がり、ため息混じりに話すその様子から、寺の気苦労が伺える。檀家から不信感を買ってしまえば、寺の沽券にも関わる。
厳かな立ち振る舞いからも感じ取れる僧侶達の疲弊に、清二は憐れみの眼差し向けた。
だが、その一方で、心門は疑いの目を貫いていた。
「副住職。噂では、奉行所は20年前の事件を、『熊に襲われた可能性』で処理したそうじゃのぉ」
「書類上は、ですが」
「此度の所業、まず熊でないこたぁ明らか。こねーに大雨の中なのに、鈴太が消えた直後、部屋の中は水滴一つ落ちとらんかった。……じゃあ、鈴太が自ら外に出たか? その可能性は考えられるが、儂はこの寺に一番最初に来ちょったけぇ分かる。——あの子は、千代乃を置いて勝手に遠出するような性分じゃない」
「なぜ、そう言い切れるのですか?」
清二が聞く。
「あの子は、ここに来てからのほとんどを、母親の近うを離れようとせだった。ずっと母親の側にくっついて、時に千代乃の顔色を伺うちょった。そねーな子が、母親を置いて一人でこの嵐のなか出ていけるたぁ、儂は思わん」
心門の推理に、副住職の眉がぴくりと反応する。
「……つまり、心門様は何が仰りたいのでございましょう」
「儂は怪異なるものを信じておらん。この世には、刀で触れる物しかないと考えておるからな。さすれば、必然的に導き出される一つの憶測——鈴太と面識ある誰かが拐かしたと考えるのが自然じゃ」
その途端、啜り泣く千代乃の声が止まり、堂内はシンと静まり返った。
言葉も飲み込むほどの驚きに、皆、心門の推理に聞き耳を立てる。
「儂が言いたいのはな、副住職。鈴太がおらんようなったのは、本当に偶然かちゅうことじゃ。20年前と、1年前の事件以外にも、噂どおり、この寺から人が消えたことが、本当になかったんか?」
鼓膜を破るようなつんざく雷鳴が、尋問のように聞く心門の圧を増幅させる。
すると、その時だった。
——トン、トン、トン……




