第一章 第三話
——「この寺から『人が消える』と不吉な噂が流れているのでございやす」
神妙な面持ちで、そう口火を切ったのは、飛脚の田宮と言う男。
「この村で生まれ育った飛脚仲間から聞いた話では、20年以上前から、時折、この寺を訪れ帰って来ない者が出る、と」
田宮の話を鼻で笑い、「馬鹿馬鹿しい」と一蹴したが、その声はどこか上擦り、視線も泳いでいた。
「でも、こんな小さな村で誰かが行方不明となれば、奉行所も動くのでは?」
清二が聞く。
「御奉行も一度は噂を聞き入れ、調査に入りやした。だが、当然何の手掛かりもなく、寺も行方が知れなくなった者達のことなど知らねぇと。いなくなるのは決まって身寄りのない老人ばかり。結局、調査も進まず、熊にでも襲われたのだろう、と」
「単なる噂じゃ、噂。それも20年以上前の大昔。村の人口が減らんように、そねーな噂を流して、若者が地元を離れんようにする地域もある。大体、熊がそねーな器用に、身寄りのない老人ばっかりを狙えるか」
心門の指摘に田宮は俯き、さらに表情を沈める。
「実は……この噂は、今も続いておりやして」
「あ“?」
「同僚の話によると、1年程前から、ここの寺の修行僧が一人、今も行方が分からないんだそうで」
新たに告げられる情報に、再び、場の空気が凍った。
「しゅ、修行に耐えきれず、逃げたんじゃねぇか」
「あっしがこの話をしたのは、最初はこの寺を後にした客が消える程度だったが、ついに寺の者まで消えるようになっちまったから、盛り塩をするようになったんじゃねかと……」
「もうおやめください!!」
突然荒げた千代乃の声に、話していた男達の肩がビクンッと跳ね上がる。
「千、千代乃さん……?」
「あ……!」
思った以上に反応してしまったのか、千代乃自身も咄嗟に口を押さえた。見開いた目でこちらを見る男達の顔に、彼女は気まずそうに視線を落とした。
「これ以上怖い話は、も、もう堪忍してください。子供もおりますし、気味が悪うございます」
そう頼みながら、鈴太を抱える千代乃の手にギュッと力が加わる。状況を全く理解していない鈴太だったが、いつもと様子が違う母親を見て、「かか?」と呼びながら、俯く母の顔を心配そうに覗き込んでいた。
そんな彼女に便乗して、心門も「くだらん」と強制的に話を切り上げた。
「雑談は終いだ。そろそろ、寝床の支度を整えろ」
心門の声掛けに、すでに用意され積まれている布団を取って、各々に与えられた場所に戻って行った。
「心門様、よろしいのですか?」
九羅が聞く。煩わしそうに、心門が「何が」と聞き返した。
「頭巾の下の素顔を、見なくても?」
顔は隠れているのに、その頭巾の下の口角が上がっているのが手に取るように分かる挑発的な言い振りに、心門は鬱陶しそうな舌打ちを返した。
今の流れで、自分のことを揶揄うような真似が気に食わんと、心門は彼女の挑発に乗ることなく、「興が削がれた」とそっぽを向いた。
「おやおや」
わざとらしい、九羅の残念がる呟きを、心門は聞こえぬふりをした。
——その夜
「んん……」
外の天気は、荒れに荒れた。雨足は時間が経つに連れてどんどん強まっていき、そこに暴風が加わって、もはや傘などでは防ぎ切れなほどの横殴りに。
吹き荒れる雨が戸に当たる度、小石でも打ちつけられている騒々しい音が鳴り、さらにそれを掻き消すように落ちる雷鳴が、旅人達の安眠を妨げる。
「はあ……」
なかなか寝付けず、目が覚めてしまった千代乃。
灯りがなくてよく見えないが、見渡せば、眠れていないのは、自分一人だけのようで、他の者達は寝息を立てていた。
「ん? 坊や?」
千代乃は、隣で眠っているはずの息子を手探った。だが、息子の温もりは布団に残れど、暗闇の中で一向にその体を掴むことができない。
いつものように布団にでも潜っているのかと、めくって息子の姿を探すが、息子の体はどこにも見当たらない。
「え? え? 鈴太? 鈴太!」
ふと、先ほどの田宮の話が脳裏に過ぎる。「まさか」と思いつつ、徐々に膨れ上がる不安から、息子を呼ぶ声と焦りが大きくなって行く。
そして、追い打ちをかけるかの如く、稲光が本堂を白く染め、千代乃に現実を突きつける。
「んん……。どねぇした、千代乃殿」
千代乃の声に、寝ぼけ眼で尋ねる心門。
瞳に涙を溜めながら、千代乃は唇を震わせ、鈴太が眠っていたはずの布団だけ見つめていた。そんな千代乃のただならぬ様子に、心門の目が冴える。




