第二章 第七話
――「首を絞められ死んだ人物について、どなたか、お心当たりは、ございませんか?」
鏡人となり呼び寄せられた魂は、この村で首を絞められ死んだ人間。
心当たりがあるかという九羅の問いかけに、儀助は分かりやすく口を噤み、視線を逸らした。他の者達も同様に、みな儀助の出方を伺うばかりで、何も語ろうとしない。
危機的状況に立たされても、なお崩れることのない同調性に、九羅は首を傾げながら軽くため息を吐いた。
「別に、話したくないのであればこのまま」
「ある……」
思い詰めたように地面の一点を見つめながら、儀助が認めた。だがその後に、彼はこう言葉を続けた。
「心当たりはあるにはあるが……多すぎる」
「『多すぎる』……?」
意外な続きに、耳を疑って九羅は儀助の言葉を繰り返した。
「半年ほど前から、この村ではその……自ら仏さんになる奴らが……」
聞けば、この村では半年前から、首を吊って自殺する者が後を絶たないと言う。
なぜ自死するのかは、本人達にしか分からない。昨日まで一緒に農作業をやっていた小作人仲間や、子どもが生まれたばかりの若人などが、次の日首を吊って亡くなっていたということが、頻回に起きた。
つい先日も、生稚児の近侍に選ばれた青年が麻縄で庭の木に首を吊るし、亡くなっていたと言う。その亡くなった青年の友人によると、大役を仰せつかって本人は大層喜んで張り切っていたらしい。その翌日に首を括るなんて、誰も予想だにしなかった。
事件性の有無についても九羅は尋ねたが、儀助は静かに首を横に振る。都度奉行所の調査がされたが、状況証拠から結果は変わらなかったそう。
「結果的にこの半年で、野郎8人が自ら仏になっちまった」
風車の店主が言っていた「事故」とはこのことだったかと、合点が行った。
「おそらく、彼らの死因は勝さんやらと同じ、怪異によるものと見て、間違い無いでしょう」
死ぬ理由もなければ予兆もない。心身共に健康だった男達が次々と自殺を図るその異常性は明らかだった。
……だが一つ。ここで九羅は、儀助と店主が言うことに大きな相違点があることに気づく。
「ただ……自殺する者の中に、女性はいなかったのですか?」
——男女がこぞって
店主は確かにそう言っていた。だが、儀助はいないと即答する。そのはっきりした食い違いが、やけに気がかりだった。
「実は昨日、とある方から、この村では最近、事故で男女が亡くなることが多いと伺いまして……亡くなったのは本当に——男性だけでしたか?」
するとピタリと儀助の動きが固まる。その見開き硬直した瞳が、自然と信輔に移り行くのを見て、どうやら店主の勘違いではなかったよう。
「半年前、そういえばお前の女房が亡くなったのが先だったか」
突然立った白羽の矢に、信輔の瞳が大きく揺らいだ。
「伽耶が山で死んで、そっからだ。野郎共がこぞっておっ死んじまったのは」
確かに昨日、信輔は九羅にもその話をしていた。
年始めに山で足を滑らせ死んだ信輔の妻の死を境に、村での謎の自殺者が増えた——儀助のその見立てが、場の空気を一変させた。
「死んじまった人間を甦らせることで気味の悪いことが起きるってんなら、蘇った魂が伽耶だったら時期の辻褄は」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私はなにも!」
疑いの目が、一気に信輔の元に集中する。
向けられた視線を前に、すぐに信輔は否定したが、一度芽吹いた疑念はすぐには消えないもの。
――お前の息子、変な呪いとかに興味があったな?
そう言えばと誰かが空に放ったその一言が、魔女狩り裁判の幕開けとなり、徐々に徐々にと世話役達の密告が始まった。
いくら信輔が無実を訴えても、却って怪しさを深めるばかり。況してや、信輔が自身で言っていたとおり、普段から白い目で見られていたのであれば、その疑いは留まることを知らない。
――普段から怪しい本をたくさん集めてたよな。庭に変な陣を描いたり、気味の悪い人形使って。
「息子が遊んでいただけで、私はなにもしていません!」
――そういえば、外で蓮くんが鏡で遊んでいるのを見たことが……。
「その時だってやめさせています!」
――趣味の悪い遊びを、よくも普段から放任できたもんだと思っちゃいたが、まさか蓮に意図的にさせていたんじゃ……?
「そんなわけないじゃないですか!!」
好き勝手な憶測を口々に投げられ、信輔の否定も段々と苛立ちを孕んだ感情的なものに。信輔の強まる語気に、シン……と辺りは鎮まり返るが、疑いは晴れない。蓮が呪いや奇術などに興味があるのは周知の事実であり、その知識の豊富さも知られているところなのだろう。
それ故に、実際に信輔が呼人でなかったとしても分が悪い。世話役達の目はすでに信輔達が鏡人を呼んだと決めつけており、早この密告は気付けば、如何に彼らがやったかという論証の組み立てに移行していた。
「テメェがやってなくても、息子はどうか分かんねぇだろ?」
信輔に詰め寄り、儀助は彼の胸倉を掴みながら、低く唸るように凄む。
鋭い疑いの目は、今度は蓮に差し向けられる。
「お、お待ちを!」
「待たねぇ。つかほぼ犯人決まりだろ」
すると儀助は、蔵の端で未だ蟻の列に釘付けになって一人蚊帳の外な蓮の元へ。
「待って下さい、おじさん! 確かに蓮は変なこととかしてるけど、でも本人は何も分かってないだけで」
「退け!」
蓮を庇い、道を阻む蘭坐の頭を片手で掴み、鞠のように除ける。
圧を孕む影が近づいてきているとも知らず、蓮は背を向けたまま。そんな彼の肩を、逃げられないようガッシリと掴み、儀助は手荒く振り返らせた。突如として目の前の景色が変わり、蓮はキョトンとした顔こそ見せるが、儀助の怒気を察していないのか、呑気に指を差しながら「あり〜」と彼に教えた。
「おい、蓮。テメェ、鏡で死んだ人間を蘇らせる方法について知ってるな?」
「知ってるよ!」
興味のある話を振られ、無邪気に返事をする蓮。
「合わせ鏡はね、死んだ人間を地獄とかから蘇らせることができるんだ」
「どうやるか言ってみろ」
「二枚の鏡を合わせるように置いて、その近くに地獄から帰ってきた魂を入れるために用意した死んだ人の身体を置いたら、お香を焚くんだよ!」
蓮の言うことに、儀助は何も言わず九羅の方を振り向く。彼の言わんとしていることを読み取った彼女は、僅かに顎を引いてその答えを教えてやった。
――――相違、ありません。




