第二章 第六話
蜂屋と茂三は一命を取り留めた。
――だが、勝之進と大和と呼ばれた世話役は、助からなかった。
「テメェ、何者だ」
煙管を蒸しながら凄まじい剣幕で詰め寄るのは、世話役の一人 儀助という男。亡くなった勝之進の補佐をやっていた者だ。
「巫山戯た面に、巫山戯た真似しやがって」
「私は――祭好きな、ただの曳き手志願でございます」
「手妻ができる曳き手たぁ、随分酔狂なもんで」
嫌味をたっぷり含んだ口振りで、上に下にと舐めるような視線で儀助は九羅を眺める。
「んじゃ、あれも手妻の一つか?」
フンと鼻で笑いながら儀助が煙管で指したのは、豪奢な山車。
煙管の指す方向に九羅が視線をやった瞬間、儀助は彼女の胸倉を手荒く掴んだ。
「勝さんも、テメェがやったのか」
尋ねるというよりは、容疑を認めさせるような脅迫めいた威圧的な聞き方で儀助は問う。
彼が放つ鬼気迫る緊張した雰囲気に、他の世話役達もピンと背筋が伸びる思いで、その様子をハラハラと見守っていた。
だが一人……その緊張を打ち破る強者が、声を震わせながら異議を唱えた。
「ち、違いますよ儀助さん!」
信輔だ。
「儀助さんも、他の方々も見てたでしょ? 蜂屋さんも、茂三さんもこの人が助けた。さっきだって、この人がいなけりゃどうなっていたことか」
九羅を弁護する信輔に儀助は視線だけをやる。だが、その視線は信輔の話に耳を傾けるためのものではなく、場の雰囲気を掻き乱す異端分子を征圧する、凍てついた刃のような眼差しだ。
「……そもそも」
「あ?」
「梯子を入れる高さがないあの囃子台では、人が梁に首を括り付けるなど不可能、でございやす」
儀助のねめつけるような眼差しが、九羅に戻る。
「んじゃあ、勝さんはなぜ死んだ」
すると九羅の視線が静かに上を見やる。視線の先にあるのは、先程殺された、ぶら下がった世話役の死体。
「彼と同じ――勝さんとやらは、鏡人に殺された」
「かがみびと?」
眉を顰める儀助。
「鏡人は、合わせ鏡の禁術によって蘇った死者の魂のこと。隠世から現世に戻ってきた魂は、己が身体を探し彷徨い、あのように生者を襲う」
大和の死体を指を差しながら、九羅は言う。
「鏡人を隠世に帰さねば、この怪異は止まらない」
「妄言を」
「結構。……だが、人は死ぬ」
それを当然のことのように言い切る九羅のあまりの潔さに、儀助の目が一瞬泳ぐ。だがすぐに誤魔化すようにぎこちない笑みを浮かべながら儀助は嘲た――「脅しか」と。
しかし、不穏に気付き始めた男の挑発をいなし、九羅は声色を変えることなく、淡々と事実だけを述べる。
「鏡人を隠世に戻すには、死者蘇生の儀を行った呼人の業……すなわち、禁忌を犯してまで死者を蘇らせた所以を、暴く必要がある」
「業だと?」
「ただし、死者を蘇らせるには生きた人間を殺めねばならん。つまり鏡人は、誰かを殺めてでも叶えたい想いを成就させたようとした呼人によって生まれた怪異……これを止めるために、その犯人を早急に探し出さねばならぬ、ということです」
仲間の不審死に、説明つかぬ現象の数々、挙句の果てにはひとつ屋根の下にいる殺人鬼……目まぐるしく降り掛かってくる災難を目の当たりにされ、蔵に集まった人々は不安げな表情を浮かべながら、どよめく。
「なにか知っていることは、ありませんか?」
「なに?」
「怪異は、鏡人の記憶の片鱗です。此度の鏡人は、何かに首を絞められ死んだ。この村で過去に起きた、縊死に纏わる話について、どなたか、お心当たりはございませんか?」
胸倉を掴む儀助の手を掴み返し、今度は逆に九羅が彼に詰め寄った。おかめ面越しに、暗い闇の中で瞬き一つせず光る金色の眼差しがこちらを凝視する様子が見え、そのあまりの不気味さに咄嗟に儀助は九羅を離し、後退った――その瞬間!
「儀助さん!!」
――彼の足元を這いずり回る陰が……!
違和に気付いた儀助が視線を下げた時には、すでに視界を覆い尽くさんとする何本もの色とりどりの帯締が、まっすぐ彼の首を狙い襲いかかっていた。
やられる!……咄嗟に身構え、本能的な防御姿勢を取る儀助。
――だが、どれだけ経っても不思議と苦しみを感じない。痛みもない。
もしかしてもう死んだのか……恐る恐る力んだ瞼を開ける。
「くっ……!」
カタカタと震える金属音、ビチビチと跳ねる帯締、そして――力いっぱいに錫杖を掴み押さえる、おかめ面。
「なっ!」
どこからともなく出してきた錫杖を手に、九羅は陰にそれを深く突き刺している。その錫杖が特別な力を持っていることは、攻撃的だった帯締が苦しむ魚のように蠢き、彼女に絡み付いて抵抗しているのを見て、儀助はすぐに理解した。
腰を落とし、全身の体重をかけて下へ突き刺す彼女の手は、小刻みに震えている。先程、その軟そうな体躯に見合わず、男二人を軽々持ち上げ運んでいた人物が力で押し勝てないなど、一体どれだけの力が加わっているのか。
首へ、腕へ、腹へ、顔へ……体中を強く締めつけるそれらをものともせず、錫杖を捻じってさらに深く陰に刺し込む。耳を塞ぎたくなるほどの、獣のような轟々とした叫びを蔵中に響かせながら、帯締の化け物は闇の中へ身を引っ込ませ、陰は世話役達の足元を滑るように切り抜けて逃げていった。
追い討ちですぐに九羅が釘を投げるが、その釘は可憐に避られ、陰はまた形を潜めた。
「行ったか……」
九羅の呟いたその言葉に安心してしまったのか、儀助の身体から一気に力が抜け、腰が引けた。なんとも情けない姿を晒してしまったことに、心配で駆け寄ってきてくれた信輔の手を、儀助は手荒く払い除けた。
「テメェなら、アレを……どうにかできんのか?」
冷や汗を垂らしながらじっと見据え、九羅に聞く。
先の襲撃で面紐が緩み、ここで初めて九羅の面が外れた。しゅるりと紐が解かれる音と共に顕になったのは、男とも女とも取れる、中性的な顔立ち。
見た者が思わず息を呑んでしまうほどの、人智を越えた妖艶さに見惚れたのも束の間。閉じていた瞼が開かれ、金色の瞳を覗かせると、九羅の白粉で塗られた雪のような肌は徐々に赤みを帯びて行く……。退いた白粉は、その妖艶な赤顔によく映える化粧を施して、額には蓮華を咲かせた。
人間離れしたその装いに言葉を失う儀助の顔を見て、九羅はフッと軽く笑った。
「生き延びたくば、暴かねばなりません。誰をなんの為に甦らせたのか――禁忌を犯してまで果たさねばならぬ、その想いの在り処を、明らかに」




