第二章 第四話
翌日、本祭――天気は雲一つない青天で、実に祭日和。
村は昨日の比ではないほどの大盛況ぶり。村には神のご加護をと祈り手を合わせる者や、年に一度の村の晴れ舞台を一目拝もうとする者達で人の花道ができていた。
祭囃子と共に、屈強な曳き手達のそいやと雄々しい掛け声が、豪華絢爛な山車を引き連れて、てるてる坊主で飾られた村中を練り歩く。
熱狂的な歓声と拍手喝采に迎え入れられ、山車が通った跡には、轍と共にひらひらと舞い上がった紙吹雪が道を白く染め上げた。
「いや〜毎年毎年立派なもんだ」
「御稚児さんも二人ともちょこんと座って愛らしい」
山車が通り過ぎた後も余韻に浸る感嘆の声が止まらない。その興奮冷めやらぬうちにと、見物を終えた村人達は山車の感想を述べながら、流れるように戸津国神社に移動する。祭場では昨日に引き続き屋台が軒を並べている他、曲芸や人形浄瑠璃などの目玉が皆狙いだと言う。
そんな笑いが絶えぬ有意義な一日ほど、時間が経つのはあっという間。
笑い気付けば、すでに日暮れで空は見事な茜色に。数羽の烏の鳴き声が、もうすぐ夜になることを村人達に告げたところで、本祭は無事終了――大成功を収めた。
「はっちゃん、お疲れぃ」
「おう、茂ちゃん! お疲れ様。いや、大盛況だったなぁ」
祭りが終わり、その片付けを終えた時間。
陽が沈んで辺りがすっかり暗くなった、民家もない田の畔道の外れに、光の筋ができていた。見れば提灯片手に赤い法被を纏った男達が、今日の祭りの余韻に浸って駄弁りながら、皆同じところへ向かって歩いていた。
「そういえば、勝之進さんは? 片付けの時から姿が見えないが」
その列の先頭に立つ蜂屋が、隣を歩く茂三に勝之進の居所についてふと尋ねた。
「ああ、先に行ってるって」
「なんで? 現場監督が現場外しちゃマズイだろ」
彼らが向かうは弐の山車蔵。明日の後夜祭の打ち合わせにと、関係者がぞろぞろと集まり始めていた。
「なんでも山車の飾りが一部外れかけたってんで、修理がてら他に異常がないか確認してぇんだと。だから現場は途中、補佐の儀助さんに任せてた」
「だから儀助さん、煙管飲む暇なくてあんだけ苛立ってたのかい」
そうこう仲間内の話を肴にクスクス歩いていると、ぼんやりと遠くに大きな建物が見えてきた。
「あ。蓮、見えてきたよ」
「とーちゃ、着いた!」
後ろから元気な生稚児達の声が上がる。一日がかりだったのに未だ有り余ってる元気を羨ましく思っていると、すぐ後に「こら、蓮!」と子どもを諌める大人の声が。ずさぁと下駄が砂に滑る音から察するに、大方すぐそこまで近付いてきた山車蔵まで走り出そうとしたのだろう。案の定、「灯りも持たず、夜道を走っちゃ危ないだろ」と怒られている。
そんな無邪気さを密かに微笑ましく思っていると、あっという間に山車蔵の前まで着ていた。
……が、扉に手を掛けた瞬間、蜂屋はすぐにん?と違和感を覚え、扉を開けようとした手が止まった。
「はっさん、どうした」
「いや……」
首を傾げる蜂屋。
「勝之進さん、中にいるんだよな? なんで灯りがついていねんだ?」
言われてみればと、少しばかり開いた扉の隙間から茂三が中を覗く。灯りは愚か、中には人がいそうな気配すらなく、バカでかい山車だけが闇の中でずぅんと佇んでいた。
「きっと厠にでも行ったんだべ。すぐ戻ってくるさ」
ほれ開けるぞと肩を叩かれた蜂屋は、「んああ」と歯切れの悪い返事を返しながら、二人で山車蔵の扉をせーので開けた。提灯で中を照らしてみるが、やはり勝之進の姿はどこにも見当たらない。
本当に、厠にでも行ったのか。飾りの修理にしては、道具が広げられていた痕跡がない。小道具はすでに片したのかもしれないが、梯子までも片付けているのは些か不可解に思った。
なぜなら、この蔵の燭台は下から高所の細部まで見渡せるように、両壁の少し高い位置に備え付けられている。窓がない山車蔵では、例え日中の作業でも蝋燭は必須。況してやこの後会合があるというのに、効率重視の勝之進が一々倉庫にしまいに行く姿はあまり想像できなかった。
訝しげに蔵内を見渡していると、「なにをボサッとしている」隣からまたもや茂三が早く燭台の灯りとつけろと蜂屋の背中をバシッと叩く。
倉庫に置かれている梯子は二つ。一等先に蔵に入った茂三と手分けして燭台に火を灯して行き、他の連中は蔵の入り口付近で準備ができるまで待機していた。
一つ、二つと灯りが増える。降りて梯子を移動させ、蔵の後方にある燭台にもと手を掛けようとした時だった。
——ギッ……ギッ……
はて、と咄嗟に足元を見やった。
どこからか木が軋むような音が聞こえた。てっきり梯子から鳴ったものかと、適当に足場を踏みつけて見るがどうも違う。気のせいかと思い、もう一度燭台に手を伸ばしかけたところ……
——ギィ……ギィ……
やはり気のせいではない。今度ははっきりと聞こえた。何かが軋むような、揺れるようなそんな音。それも下からではなく、音が聞こえた先にあるのは山車の囃子台の部分。
手早く火をつけると、蜂屋はすぐに梯子を降りて、下から様子を伺った。山車のどこかに欠陥があれば明日の後夜祭に響いてしまう。同じ音を聞き、同じことを考えたのか、山車を挟んだ向こう側では茂三が自分と同じ動きをしているのが見えた。大きな車の隙間から互いの目が合って考えていることを読み取ると、二人して手持ちの提灯で山車を照らした。
――ギギィ……ギギィ……
音はなんだが徐々に大きくなっており、まるで誘われているかのよう。それを察した蜂屋は、妙に不気味さを感じて、音を辿る提灯を持つ手の動きが、徐々に慎重になった。
山車の横手に掛けられている、紺地に銀糸で施された神馬の水引幕を通り過ぎ、恐る恐る後方へ。裏手に回ると茂三と合流し、二人で同じく紺地に金の刺繍で施された八咫烏の追幕を照らす。風が入ることもなければ、幕が靡くこともない。微動だにしない幕周辺の異常がないことを確認していると、気付けば音は止んでおり、それ以上のことは特に何も起きなかった。
妙に緊張していたのか、確認が終わった途端に心臓の鼓動がバクバクと速まり、耳がうるさくなった。茂三も表には出さないが、さり気なく胸をさすったのを蜂屋は見逃さなかった。
「おーい皆。もう入っていいぞ」
茂三が床下から顔を覗かせて待機していた連中に声を掛けた、その時――。
「ん?」
何かが、視界の端を掠めたような気がした。
「んん?」
もう一度、蜂屋はようく追幕を照らした。
だが、特にこれと言った異変はない。気のせいか、そう思ったとき。
——ギィ……ギギィ……




