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鏡人ーカガミビトー  作者: みかん坊や
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第二章 第二話


「これは確かに、見事な」


 戸津国神社の本殿前――年に一度の真部村の祭りを告げる儀式が始まる。

 それを一目見ようと集まった人間は数知れず。最後尾近くでも、隣と肩を触れ合わすくらいにはごった返しちゃいるが、山車の山は遠目であってもよく見える。なるほど、道理でこんなに人が集まるわけだと、面の下で九羅は一人ほくそ笑んでいた。

 背後を見ればどの店も今は閑古鳥が鳴いている。中には店を空に客をホッポいて、どこかへ消えた店主も……。

 それほどまでに、この儀式は見る価値があるのだろう。

 黒屋根の豪奢な山車は二段に組まれ、一段目には太陽の化身である八咫烏の彫刻、二段目には花よ金よで華やかに彩られ、太い注連縄が飾られた囃子台が。

 その前では、神社の巫女達が五人囃子の雅楽の音に乗せて優雅に神楽を舞い、神楽鈴をシャンシャンと優美に振るう。癒やしの音に、雅な舞……息を呑むほどの神聖な空間に、見た者は皆、恍惚とした溜息を漏らさずにはいられない。

 するとそこへ、神官の格好をした男性陣に挟まれた神衣を纏った一人の童が、背丈に見合わぬ刀身を腰元に携えて、囃子台へと上がって行く。雅楽太鼓の音に合わせて、一歩、一歩と、ゆっくり歩を進めていく。あれが先程、風車の屋台の主人が言っていた、この祭りの生稚児の一人。

 まだ齢7つの子どもが、こんなに大勢の人を前にして怯まず、人形のように洗練された動きを見せる姿には些か不気味さを感じるものの、一本の糸で吊るされているような揺らぎのない出で立ちと、最拝礼の所作の美しさは、人間離れしていた。

 神楽の終わりと共に雅楽も音を収め、辺りはシンと静まり返った。

 すると童は、携えていた神剣を腰元から抜き取り、観客に見えるよう天高く掲げ、ゆっくりと鞘から刀身を抜き出す。

 鞘と刀身が擦れる音だけが鮮明に聞こえ渡り、最後まで刀身が抜き取られると、童は鞘を近侍の男性に渡した。そして、諸手で柄を握り直し、下段に構える。


「これより、真部村晴天祈願の祭礼を執り行う。願わくは、尊き御神よ、此処へ御臨幸あらせ給え」


 幼き声で最大限の威厳を引き出しながら、童は祭りの始まりを告げ、刀身を天高く振り被る。

 まるで重さを感じさせず、まっすぐに上げられたそれを、音も立てずに風を切るよう振り下ろし、注連縄を解いた。その見事な太刀筋に、一発で縄は分かたれて、山車には鈴の音と共にてるてる坊主が吊り下がった。

 ――途端、境内中に歓声が響き渡り、祭りは本格的に盛り上がりを始めた。

 


 ・

 ・

 ・


 儀式が終わった後、九羅は店の主人に勧められた山車曳きの受付をしている神社の社務所に足を運ぶ。

 その受付の巫女の話によると、山車は明日、明後日と二日に分けて村を一周し、最後にこの戸津国神社に戻ってくるらしい。九羅が山車曳きの打診を受けたのは、未だ人員が足りていない三日目の曳き手。三日目の曳き手は、ここから一里ほど南に下った場所にある弐の山車蔵に明日の本祭後に集合し、配置などの打ち合わせをする必要があると説明される。

 帳簿に名を記し、案内を受け取る。案内には、山車蔵までの場所と当日の注意事項、および備品の貸し出し内容について簡単に記されていた。

 社務所を後にして、案内に目を通しながら近くにあった床台に腰を据えた時だった。


「すみません、蓮を見ていませんか?」


 先ほどの社務所の受付に、赤い法被を羽織った男性が、誰かの居場所を尋ねていた。「さあ」と巫女に首を傾げられ、社務所内にいた他の巫女にも軽く聞いてくれたが、これと言った情報は得られなかった様子。そうですかと、男は若干肩を落としながらすぐに引いた。

 平静を装ってはいるが、首元の滲んだ汗とどこか焦りを孕んだ聞き方に、あまり芳しくない状況であることを九羅はすぐに察した。するとばちりと男と目が合い、一瞬迷いつつも形振り構っていられないのか、男は意を決したようにおかめ面にズンズンと近づいた。


「あの、すみません」

「はい」

「ここらで、男の子を見てはいませんか? 浅葱の水干を着ていて、髪を後ろで一つに縛った。7歳で目元に黒子がある子なのですが」


 浴衣ではなく、平安時代の装いを模した水干を身に纏った男の子ということは、彼は先ほど見事な太刀筋を披露した生稚児の父親だろうか。


「さあ」

「そう、ですか」


 男は再び肩を落とした。

 いや参ったと首をさする。聞けば、思い当たる場所は大体探したとのこと。この人混みの中、子どもを見つけ出すのは簡単ではないだろう。かと言って、土地勘のないものが手伝ったところで、大した力にはなれまい。

 男が身につけている赤い法被は、祭りの運営陣が身につけるもの。祭の裏方責任者である祭世話に頼み、若衆の協力を仰いだ方がいいのではないかと勧めてみた。

 しかし、九羅のその提案に「いや〜」と男はすぐに微妙な反応を示した。何が煮え切らないのか甚だ疑問に思いつつ、男は「もうちょっと近くを探してみます」と背を向けて立ち去ろうとした。

 すると、振り返った視線の先を見て、男は「あ」と声を漏らしてすぐに立ち止まった。


「とーちゃ」


 無表情で目の前の男にそう呼びかける、水干を身に纏った少年。だが、先程の山車に乗っていた生稚児ではない。

 

「蓮!」


 どうやら見つかったらしい。

 無事を確認したくてすぐに駆け寄る親に対し、子どもは至って呑気。木の上に登っていたのか水干の白衣を土で汚し、獲物であろうどこかで折ってきた木を自慢げに父に掲げ見せる。


「とーちゃ。見て見て。ミズメの木を見つけたんだ」

「お前、どれだけ心配したと思って!!」

「これで梓弓作れるんだ」

「人の話を聞きなさい!!」


 怒れる父親の気持ちなどお構いなく、蓮という少年は一方的に自分の話したいことを話し続け、一向に会話が噛み合わない。

 それにさらに苛立って、父親の怒声が徐々に大きくなって行く。道ゆく人は事情を聞くまでは行かずとも、物見遊山で足を止めたり、好奇の目を向けている。


「……坊は、梓弓が何かをご存知で?」

「知ってるよ!」


 助け舟……とまでは行かずとも、このままではあまりに父親の心象が悪い。それにこの少年、実に興味深い知識を有している。少しばかり話してみたいと、九羅は好奇心ついでに親子の仲裁を買って出た。


「梓弓はミズメの木で作られた弓で、神様や死者の魂を呼び寄せるために使う巫女の道具なんだ。梓弓を使って口寄を行う人を梓巫女と言って、梓弓を鳴らすことで神懸かり状態になって神様や霊の言うことを伝える役割をしている」

「ほう」


 抑揚なく、それでいてスラスラとある豊富な知識を披露する少年に、感心せずにはいられない。特に九羅が驚いたのは、少年の記憶の良さだった。

 聞いている限り、恐らく少年は梓弓に纏わる文献の内容を丸ごと暗記している。何を見るでもなく、記憶の中にある文献資料を彼はそのまま読み上げたのだ。


「物知りなお兄さん。ちょいと……私にもミズメの木の場所を教えてはくれませんか?」

「いいよ!」


 そう元気いっぱいに返事をする少年に手を引かれ、九羅は道を外れ、茂みの中へ連れて行かれた。父親も今度こそ目を離すまいと子の後をついて行くが、額を抑え深く溜息を吐くその様子から、必死に自身の苛立ちを抑えているようにも見えた。

 

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