03 絶望の淵
「お前は売り飛ばされた。したがっておまえはもうミリゼ・ドグナハイトではない。もうミリゼは存在しない。もう2度と名乗るな。」
そこでハッと目覚める。周りを見渡すと井戸の近く。薄暗く汚臭の漂っていた奴隷市場ではない。売れ残ったら殺されると常に恐怖で震えていた頃ではない。動悸がおさまらない胸をさすり荒い息を整えようと深呼吸をする。
(落ち着いて。さっきのは夢。今の私はあの頃のわたしではない。)
少女の頭の中にずっと再生される声。もうミリゼの父親とは家族ではないことが事実として突きつけられた瞬間であった。散々父親に罵られ、否定されても少女は信じていた。
[自分が頑張れば父親は心を許してくれる]
といつだってどこかで希望を持ち続けた。名前を奪われ、家主に怒鳴られながら仕事をする今では未来に希望などない。濡れていた地面は乾き始めている。少女は急いで井戸から水を汲み、できるだけ速く家へ歩く。
扉を開けると苛立っている顔の家主がいた。
「遅いじゃねえか!お前俺をどれだけ待たせたと思っているの?こんなやつなんて不要だ!お前の代わりなんていくらである!出ていけ!」
唾を飛ばし、勢いよく少女を怒鳴る。顔を歪ませ少女の持っているバケツを奪い取り地面にぶちまける。そして勢いよくドアは閉められた。
少女は絶望した。夢での出来事が再び起きたかのようじゃないか。数分前まで悪夢を見ていたせいで夢と現実の区別がままならない。
(また売られちゃう...。逃げないと...。)
もたつく足を懸命に動かす。何度も何度も転びながらも数時間走り、そして力を失ったかのように地面に座り込み、脱力した。彼女は未来に希望を持っていない。もういっそ死んでしまおうと思った。遠くなる意識の中、彼女は小さく微笑んだ。もう諦めていた。




