02 レーナへの道
明るい感じではない。
周囲から鋭い視線が突き刺さる。
否定しなければ犯人にされる。
それはわかっている。それなのに、恐怖で身体が動かなかった。
(みんな、怖い顔をしてる……。わたしが財宝を盗むわけない。何か言わないと……。「知らない」って言わないと……。)
唇は小刻みに震え、声は喉につかえたまま出てこない。
当時七歳だったミリゼにとって、この状況はあまりにも過酷だった。日頃から虐げられ、心身ともに限界へ追い込まれていた幼い少女には、耐えられるはずもなかった。
「ミリゼ……。俺は、お前は従順な子だと思っていた。それが、まさかこんなことをする娘だったとはな。」
父親は失望を隠そうともせず、冷たい目でミリゼを見下ろす。
ミリゼは今にも泣き出しそうだった。
大きな瞳には涙の膜が張り、唇を強く噛み締める。
「……そんなことをするなら、出ていけ。」
はっきりと告げられた拒絶の言葉。
突然怒鳴られたミリゼは、驚きと同時に胸が引き裂かれるような痛みに襲われた。
「そんな者は、この家の人間を名乗るな。さっさと出ていけ。」
召使いたちに腕を掴まれ、そのまま屋敷の外へ追い出される。
「お父様! 誤解です! わたしはそんなこと致しません! 許してください!」
泣き叫びながら必死に訴える。
それでも、固く閉ざされた門が開くことはなかった。
何度声を張り上げても。
何度許しを乞うても。
いくら懇願しようが、その門が再び開くことはなかった。
どれほどの時間、門の前に座り続けていただろうか。
寒さに身体を震わせながら、ミリゼは力なくその場に座り込む。
(お腹が空いた……。何か食べたい……。)
冷え切った両手を胸に抱き寄せる。
(お父様も、時間が経てば許してくださるはず……。ここで待っていよう。)
そう信じるしかなかった。
乱れそうになる心を必死に押さえ込みながら、ミリゼは健気に父親を待ち続けた。
やがて夜が明ける。
厚着をしていたおかげで凍死は免れたものの、身体はすっかり冷え切っていた。
街が明るくなり、人々が行き交い始める。
その時だった。
突然、目の前が真っ暗になる。
何が起こったのか理解する間もなく、両手足を拘束され、身体の自由を奪われた。
(何……!? どうして動けないの!? 離して……! やめて……!)
必死にもがいても拘束は緩まない。
そのまま乱暴に担ぎ上げられ、どこかへ放り込まれる。
やがて身体が揺れ始めた。
どうやら何かの乗り物に乗せられたらしい。
ガタガタと規則的に揺れる振動だけが伝わってくる。
抵抗することもできない。
激しく脈打つ心臓の音だけが耳の奥で響いていた。
「可哀想だよな。ドグナハイト家の当主が、自分の娘を売り飛ばすなんて。」
「仕方ねぇだろ。ドグナハイト家も全盛期は過ぎた。最近は落ちぶれてきてるしな。」
どこからか男たちの話し声が聞こえてくる。
その内容は、あまりにも残酷だった。
(わたし……売り飛ばされたの……? 財宝を盗んだから……? もう、お父様たちには会えないの……?)
そこでようやく、自分の置かれた状況を理解する。
目隠しをされ、手足も拘束されている今、頼れるものは耳から入る情報だけだった。
ミリゼは震えながらも必死に耳を澄ませる。
「確か名前は……ミリゼ・ドグナハイトだったか。当主様の財宝を盗み出したらしい。」
「本当かよ……。それじゃこうなるのも仕方ねぇな。ドグナハイト家は公爵家だが、最近は国を動かす魔力装置から魔力を盗んだ犯人までいるって噂だ。相当魔力に困ってたんじゃねぇか?」
その言葉に、ミリゼの身体はさらに震えた。
財宝盗難だけではない。
魔力装置の事件まで、自分の罪にされようとしている。
もし本当にそうなれば、もう二度と元の生活には戻れない。
底の見えない絶望が胸を締めつける。
(わたしは犯人じゃない……。何もしていない……。きっと、お父様たちはあとで迎えに来てくださる。だから……今は我慢するだけ……。)
それでもミリゼは、わずかな希望だけは手放さなかった。
やがて人々の話し声は遠ざかり、辺りは不気味なほど静まり返る。
馬車がゆっくりと止まった。
扉が開く音が響き、誰かに身体を抱え上げられる。
次の瞬間、目隠しが外された。
突然差し込んできた光に目を細めながら辺りを見渡す。
そこには、ぼろぼろの服を着た子どもたちが何人も拘束されたまま床へ転がされていた。
年齢は、自分とそう変わらない。
鼻をつく異臭。
薄暗い室内。
公爵家で育ったミリゼが一度も見たことのない光景だった。
その時、目の前で子どもが激しく体罰を受けている姿が目に入る。
思わず目をぎゅっと閉じた。
(怖い……。お父様……お母様……助けて……。お家に帰りたい……。)
綺麗な世界しか知らなかった七歳の少女にとって、そこはまさに地獄だった。
張り詰めていた心は限界を迎え、ミリゼはその場へ崩れ落ちるように座り込む。
すると、硬い床を叩く靴音が近づいてきた。
カツ、カツ、と静かな空間に響く。
「おい! 目を開けろ!」
突然飛んできた怒声に肩を震わせ、恐る恐る目を開く。
そこには、移動中に声を聞いた男が立っていた。
鷲鼻に鋭い目つき。
その視線は冷たく、ミリゼを見下ろしている。
「お前は売り飛ばされた。つまり、お前はもうミリゼ・ドグナハイトではない。」
男は感情のない声で言い放つ。
「ミリゼはもう存在しない。その名前を二度と名乗るな。」




