第7章 違憲という罠
奥田哲朗(61)/憲法学者
2039年7月某日 奥田研究室
連絡が来たのは土曜日の夕方だった。
奥田哲朗は研究室で論文の校正をしていた。定年まであと三年。大学で憲法学を教えて三十年になる。最高裁の判例を全て頭に入れており、政府の法令審査にも関わってきた。学界では一定の地位があると自分では思っている。
桐島玲子という弁護士からの連絡だった。秋山慎吾事件の主任弁護人だ。名前は知っていた。事件はニュースで追っていた。
「第四十七条の違憲主張で戦えますか」
率直な質問だった。
奥田は「検討させてください」と答え、電話を切った。
三日間、考えた。
論文を書くように、丁寧に論理を組み立てた。
まず第四十七条について。同条は、特定危険指定を受けた者が重大犯罪に関与した場合、認定内容を前提として審理することを義務付けている。これは刑事裁判における事実認定の在り方に介入するものだ。適正手続の保障を定めた憲法第三十一条との関係が問題になる。
次に第五十三条について。刑事手続において指定の適否を争えないという規定は、被告人の防御権を著しく制限する。弁護権の保障という観点からも問題がある。
論理としては成り立つ。
しかし奥田は、三十年間最高裁の判例を研究してきた。
その経験が、論理の先に別の結論を告げていた。
最高裁が安全保障関連立法を違憲とした例は、一件もない。砂川事件の最高裁判決以来、安全保障への立法裁量は広く認められてきた。近年の判例を見ると、その傾向はむしろ強まっている。二〇三〇年代に入ってからの安全保障関連判決を全て確認した。一件として違憲判断はない。
仮に最高裁で違憲主張を展開すれば、どうなるか。
最高裁は、合憲と判断する可能性が高い。そしてその判断は判例として確定する。第四十七条・第五十三条は合憲という最高裁判例が生まれる。それは将来の同種事件を全て縛る。今回一人を救えないだけでなく、今後同様のケースが生じたときにも、憲法論では争えなくなる。
違憲主張は罠だ。
勝ち目がないどころか、状況を悪化させる。
奥田は玲子に電話した。
「違憲では勝てない。むしろ状況を悪化させます」
「理由を教えてください」
奥田は三十分かけて説明した。最高裁の判例傾向。合憲判断が下った場合のリスク。違憲主張が持つ罠の構造。玲子は黙って聞いていた。
「では何で戦えばいいんですか」
沈黙があった後、玲子がそう言った。
奥田は答えられなかった。
学者として言えるのはここまでだった。戦えない道を示すことはできる。しかし戦える道を示す知識を、奥田は持っていなかった。
「……分かりません」
電話が切れた。
奥田は暗い研究室でしばらく座っていた。
窓の外は夕暮れだった。大学のキャンパスに学生たちが歩いている。平和な夕方だった。
三十年間、憲法学者として法律の理論を研究してきた。法律は人を守るためにある。その信念で教えてきた。学生たちに、そう教えてきた。
しかし今、自分は「この法律では人を救えない」と言った。そして「どうすれば救えるか分からない」と言った。
法律の論理が人を救えないとき、学者は何ができるのか。
その問いに、奥田はまだ答えを持っていなかった。
論文の校正は、その夜は手につかなかった。




