第3章 一行の記録
野口健太(41)/警視庁捜査一課・刑事
2038年4月某日 警視庁捜査一課
完璧な事件というものが存在するとすれば、これがそうだ、と野口は思った。
国会議事堂爆破事件。
野口健太は刑事になって十七年になる。殺人、強盗、詐欺、組織犯罪。いろいろな事件を扱ってきた。難しい事件も、時間がかかる事件も、結局解決できなかった事件も、いくつかある。しかしこれほど証拠が揃っている事件は、キャリアの中で初めてだった。
死者八十七名。
事件発生から三日後、真犯人グループの主犯・久我翔が逮捕された。野口はその取調べに立ち会った。
久我は小柄な男だった。三十八歳。顔色が悪く、眼窩が落ちくぼんでいた。逮捕される前の数日間、ろくに食事も睡眠も取っていなかったのかもしれない。取調室のパイプ椅子に座った久我は、最初から話す気があるように見えた。
「全部話します」
最初にそう言った。
久我の供述は詳細だった。計画の発端。資金の調達ルート。爆発物の入手経路。グループのメンバーとその役割。当日の動線。久我は記憶力が良いのか、あるいは事前に話す内容を整理していたのか、時系列に沿って淡々と説明した。
物証も完璧だった。
現場から採取されたDNAが久我のものと一致した。議事堂周辺の監視カメラに久我の姿が映っていた。爆発物の残滓から久我の指紋が検出された。グループメンバーの証言も取れた。
野口のチームが担当したのは、事件の全体像を捜査記録として整理し、起訴に向けて書類を揃えることだった。供述を文書化し、物証のリストを作り、事件の経緯を時系列で記録する。地味な作業だが、裁判に向けて不可欠な工程だ。
作業を進める中で、野口は久我の行動記録を細かく追っていた。
事件前日の動向。久我がどこにいたか、何をしていたか。それを記録として残す必要があった。
そこで一点、気になる記録が出てきた。
事件前日の夜、渋谷区内の駐車場の防犯カメラに久我の姿が映っていた。そして久我がそこに停まっていた車に乗り込む映像が残っていた。
その車の登録番号を照会した。
所有者は秋山慎吾、三十三歳、高校教師。
野口は秋山慎吾という人物を調べた。
まず犯罪歴を確認した。なし。次に事件当日のアリバイを確認した。学校の勤務記録、授業のログ、同僚教師の証言、防犯カメラ。全て確認した。事件当日、秋山慎吾は学校にいた。現場には近づいていない。
GPSの記録も確認した。秋山のスマートフォンは事件当日、学校と自宅を往復していた。
久我との接点を調べた。交友関係、通信記録、SNSの繋がり、過去の接触履歴。何も出てこなかった。
秋山慎吾と久我翔の間に、接点は一切ない。
車は無断で使用されたと判断するのが自然だった。秋山は被害者だ。久我が何らかの方法で車を使い、事件前日の移動に利用した。
野口の結論は明確だった。秋山慎吾は無関係だ。
しかし捜査記録は、事実を全て記載しなければならない。これは刑事の基本だ。判断や解釈は別として、起きた事実は漏らさず書く。久我が事件前日に秋山名義の車を使用したことは、事実だ。
野口は事件関与履歴の所定書式に従い「関連事項」の欄に書いた。
「関連車両使用状況:事件前日、久我翔が被疑者所有車両(秋山慎吾名義、登録番号省略)を使用した記録あり。本人との接触は認められず。アリバイ確認済み」
一行と少し。
書き終えて、野口は次の作業に移った。証拠品のリスト作成が残っていた。明日には検察官との打ち合わせもある。
秋山慎吾という名前を、野口はその日のうちに忘れた。
いや、正確には忘れたというより、記憶に残る必要がなかった。この事件の本筋とは無関係な人物だ。久我の行動記録の中に偶然登場した一般市民。それだけの存在だった。
一週間後、野口は別の事件を担当していた。
秋山慎吾の名前が再び浮かんだのは、それから数ヶ月後のことだった。新聞の社会面に、その名前があった。国会議事堂爆破事件への関与を問われ、起訴された高校教師。死刑求刑。
野口はしばらく記事を読んだ。
それから新聞を閉じ、コーヒーを飲んだ。
自分が書いたあの一行のことを、野口はその瞬間だけ思い出した。しかしすぐに、自分は正しいことをしたという結論に至った。事実を書いた。それだけだ。記録すべき事実を記録した。
野口には、それ以上考える理由がなかった。馬鹿馬鹿しい記事だ、検事共はこんなすぐにでも無罪判決が下りると分かりきっている者まで裁判にかけるのか、暇な連中だな、と。
翌日からまた別の事件が始まった。野口は新しいファイルを開いた。
あの一行のことは、それきり考えなかった。




