表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『関与』  作者: なうなり
PR
15/16

終章 無罪

秋山慎吾(34)/元死刑囚

2040年9月某日 東京地方裁判所 差戻審


差戻審の判決は、あっけなかった。


「被告人を無罪とする」


裁判官の声が法廷に落ちた。


傍聴席がざわめいた。玲子が静かに頭を下げた。隣の補助弁護人が何か言った。慎吾には聞こえなかった。


慎吾は立ち上がれなかった。


喜びを待った。しかし来なかった。


涙が出るかもしれないと思っていた。しかし出なかった。


胸の中にあったのは、何か広くて空虚なものだった。二年と二ヶ月。拘置所に入ってからそれだけの時間が経っていた。その間ずっと、この瞬間を待っていた。しかしいざその言葉を聞いても、何かが戻ってくる感じがしなかった。


足元が少し頼りなかった。


玲子に手を貸してもらいながら、慎吾は立ち上がった。


拘置所を出たのは、曇りの日だった。


玲子と事務員の男性が迎えに来ていた。報道陣が十数人いた。カメラが光った。玲子が短く声明を読み上げた。「本日の無罪判決は、法の正しい解釈によるものです。被告人の秋山慎吾さんは、最初から無実でした」。慎吾はその横に立っていた。


カメラが向く度に、何か言うべきか迷った。しかし何も言えなかった。


外の空気は、拘置所の中とは違った。


それだけは分かった。


数日間、玲子が手配してくれた部屋に泊まった。以前住んでいたアパートはもうない。職はない。貯金はほとんど弁護費用に消えた。これからどうするか、何も決まっていなかった。


一週間後、慎吾は国会の傍聴席にいた。


テレビのニュースで、第四十七条改正案の審議が始まったと知った。審議を傍聴できると調べて、朝から並んだ。


拘置所にいた頃、手紙が届いたことがあった。差出人は名前を書いていなかった。「同じような状況にある者です」という書き出しで始まる手紙だった。第四十七条によって不当な判決を受けた、と書いてあった。


本当のことかどうか、慎吾には分からなかった。


自分と同じ境遇の人間が他にもいると信じたい気持ちはあった。しかし拘置所の中では何も確かめられなかった。弁護士に伝えたが、玲子は「調べます」と言ったきり、その話は戻ってこなかった。

あの手紙が本物だったのか。同じような人間が、本当にいるのか。今もどこかにいるのか。


慎吾には、まだ分からない。


傍聴席から、議員たちが改正案について議論している姿を見た。


与党の議員が「現行制度の根幹を維持しつつ、適用要件の明確化を図る」と述べた。野党の議員が「第四十七条そのものを廃止すべきだ」と主張した。別の議員が「最高裁判決の趣旨を踏まえた修正で十分だ」と言った。


議論は続いていた。


慎吾は何も言わなかった。何もできなかった。ただ見ていた。


二時間が経った。


議論はまだ続いていた。


慎吾は傍聴席を出た。


廊下を歩いた。外に出ると、風が吹いていた。


空を見上げた。


拘置所の窓から見えた空と、同じ空だった。


しかし今は、窓枠がない。どこまでも続いている。


慎吾はしばらく、空を見ていた。


審議は、続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ