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『関与』  作者: なうなり
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第13章 判決

白石俊介(64)/最高裁裁判長

2040年3月某日 最高裁判所 大法廷


判決の朝、白石俊介はいつもより早く出勤した。


最高裁裁判長として、白石は多くの判決を読み上げてきた。重要な事件、社会的に注目を集めた事件、法律の歴史に残る事件。そのたびに同じことを心がけてきた。感情を顔に出さない。声を均一に保つ。法廷の空気に飲み込まれない。


二十九年間、裁判官としてそれを実践してきた。


しかし今日は、朝から自分に言い聞かせなければならなかった。


評議は長かった。


公開弁論の後、裁判官十五名で何度も議論を重ねた。論点は複数あった。立法者意思に照らした「関与」の解釈が玲子の論証通りであるかどうか。第四十七条の合憲性。制度への影響。それぞれについて、意見が割れた。


合憲性を正面から判断すべきという意見があった。「この機会に第四十七条・第五十三条の問題を解消すべきだ」という主張だ。しかし白石はそれを支持しなかった。最高裁が安全保障立法を違憲とする判断を下せば、その影響は計り知れない。国家安全保障制度全体が揺らぐ。それだけの準備なく、この事件一つで違憲判断を出すべきではない。


「関与」の解釈についても意見が割れた。玲子の論証は精緻だが、それを認めれば第四十七条の適用範囲が大幅に狭まる、という懸念があった。


白石は議論を整理し続けた。


最終的に落ち着いたのは、一つの結論だった。


白石は法廷に入った。


全員が起立した。着席した。


法廷が静まった。


白石は判決文を手に取った。


「理由を述べます」


傍聴席の空気が変わった。主文が先に読まれなかった。それだけで、何かが違うということが伝わったはずだ。


「国家安全保障特別法第四十七条は、特定危険指定を受けた者が国家重大犯罪に関与した場合において、裁判所がその認定を前提として審理を行うことを定めている」


法廷は静寂だった。


「同条の立法過程を精査すると、法案作成当時の国会審議において、議員および政府参考人は一貫して、指定を受けた本人が犯行を計画・実行、または実行行為に主体的に関与する場合を念頭に置いた議論を行っている」


白石は一度、目を上げた。


傍聴席も、検察席も、弁護人席も、全員が動かなかった。


「また立法担当者による旧草案においては、適用要件として『本人が重大犯罪を実行した場合』と規定されていた。現行の『関与した場合』という文言への変更は、実行行為を直接担わずとも主体的に犯行に関わる場合を射程に収めるための修正であり、第三者による無断利用や誤認定等の事態を想定したものではないことが、立法資料から明らかである」


白石はゆっくりとページをめくった。


「以上の立法者意思に照らせば、第四十七条にいう『関与』とは、指定を受けた本人が主体的意思をもって犯行の実行もしくはその準備に関わることを意味するものと解するのが相当である」


法廷の時間が、止まっているように感じた。


「本件において、被告人は自己の所有する車両を第三者に無断使用されたに過ぎない。犯行への参加意思は認められない。共謀の事実もない。被告人と事件との間に、主体的な関与の事実は存在しない」


白石は一拍置いた。


「よって、本件に第四十七条の適用要件は満たされない」


もう一拍。


「主文」


傍聴席で、誰かが息を呑む音がした。


「原判決を破棄する。本件を原裁判所に差し戻す」


法廷が、一瞬だけ完全に静止した。


それから傍聴席がざわめいた。記者たちが立ち上がった。弁護人席で玲子が目を閉じた。


被告人席の秋山慎吾は、動かなかった。


白石は判決文を閉じた。


違憲とは言わなかった。法律も変えなかった。制度も否定しなかった。「関与」の二文字の意味を、立法者意思に照らして正しく読んだ。それだけだ。


それだけが、一人の人間の命を救った。


白石は起立し、退廷した。


廊下に出て、書記官が何か言ったが、白石には聞こえなかった。


少しだけ、静かな場所に立っていたかった。

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