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『関与』  作者: なうなり
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第12章 公開弁論

鷹野美咲(29)/新聞記者

2039年12月某日 最高裁判所 大法廷


傍聴券を手に入れるために、鷹野美咲は朝五時から並んだ。


十二月の朝は寒かった。コートのポケットに手を入れ、マフラーを顎まで引き上げた。最高裁の庁舎前には、既に十人ほどが並んでいた。報道関係者らしき人間が何人か、それ以外は一般市民のように見えた。


社会部に配属されて二年目。まだ大きな裁判を一人で取材したことはなかった。先輩の村田記者が本来の担当だったが、当日の朝に別件が入り、鷹野が代わりに来た。「絶対に見ておけ」と村田は言った。「何かが起きるかもしれない。法律の歴史に残るかもしれない」。


法律の歴史に残る。


その言葉の意味を、鷹野はまだ完全には理解していなかった。


大法廷の傍聴席に入ったとき、鷹野は少し圧倒された。


高い天井。重厚な木造の壁。裁判官席は半円形に並んでいて、十五名の裁判官が座る。傍聴席は百名ほどが収容できる。この日は満員だった。記者席には各社の記者が並んでいた。


鷹野はメモ帳を開いた。ペンを確認した。ボイスレコーダーもある。


事件のことは村田から概要を聞いていた。無実の高校教師が、法律の構造上、死刑になりかけている。弁護士が何かの法律の解釈を争っている。しかし詳細はよく分からないまま来てしまった。


被告人の秋山慎吾が入廷した。


細い男だった。拘置所での生活が長かったからか、顔色が白い。法廷に入ってから、ほとんど前を向いていた。感情が読めない顔だった。


弁護人席に桐島玲子が座った。黒いスーツ。資料を静かに並べている。


「開廷します」


裁判長の声が響いた。


「弁護人、陳述を」


桐島玲子が立ち上がった。


鷹野はペンを構えた。


「被告人の無実は争いません」


鷹野の手が止まった。


傍聴席がざわめいた。検察席でも何人かが顔を上げた。鷹野の隣にいた別の社の記者が、小声で「え」と言った。


「争点は一つです」


玲子の声は静かだった。しかし法廷の隅まで届く、通る声だった。


「関与という二文字の意味です」


鷹野はメモに書いた。「関与という二文字の意味」。


自分でも何が起きているか、正確には理解できていなかった。しかし何か重要なことが始まった、という感覚は確かにあった。


玲子は話し続けた。


立法過程の説明から始まった。第四十七条がどのような経緯で作られたか。旧草案には「実行した場合」と書かれていたこと。それが「関与した場合」に変わった経緯。なぜ変わったか。国会での審議で何が議論され、何が議論されなかったか。


証拠書類が次々と提出された。議事録。草案。修正指示書。政府答弁の記録。当時の関係者の証言。

鷹野は書き続けた。法律の専門家ではない。条文の細部も、判例の意味も、半分しか理解できていない。しかし書き続けた。


玲子の論証は一点に向かっていた。


「関与」という言葉を、立法者はテロ組織関係者が主体的に犯行に関わることを意味して使った。車を無断使用されただけの秋山慎吾は、その意味での「関与」をしていない。


だから第四十七条は適用されない。


だから秋山慎吾は、この条文によって裁かれるべきではない。


法廷を見渡した。


裁判官たちは書類に目を落としながら、ときおり顔を上げた。表情が読めなかった。検察官は直立したまま、ほとんど動かなかった。


傍聴席は静まり返っていた。


難しいことは分からない、と鷹野は思った。法律の専門家ではない。しかし一つだけ分かった。


この裁判は犯人を探す裁判じゃない。


誰が爆破したかは、最初から全員が知っている。真犯人は別に逮捕されている。ここで争われているのは、二文字の意味だけだ。


「関与」という言葉が何を意味するか。それだけを、この法廷は判断しようとしている。


たった二文字が、一人の人間の命を決める。


玲子が着席した。


法廷が静かなまま、時間が流れた。


裁判長が次の手続きに移る前に、一瞬だけ沈黙があった。


その沈黙が、何かを意味している気がした。


鷹野はメモ帳を閉じた。


今日書くべき記事の最初の一行が、頭の中で浮かんだ。

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