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『関与』  作者: なうなり
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第11章 最高裁調査官の沈黙

真壁誠(58)/最高裁調査官

2039年10月某日 最高裁判所 調査官室


準備書面が届いたのは月曜日の朝だった。


真壁誠は最高裁判所調査官として、二十八年のキャリアを持っていた。調査官の仕事は、最高裁の裁判官に代わって事件を調査・分析し、判断の素材を整えることだ。全ての書面に目を通し、争点を整理し、関連する判例と学説を調べ上げる。地味だが、重要な仕事だ。


桐島玲子の準備書面は、分厚かった。


本文だけで三百ページ近い。添付資料を含めると千ページを超える。そのほとんどが立法過程に関する資料だった。国会議事録、法制局の内部記録、委員会の審議録、当時の新聞記事、関係者への聞き取り記録。


真壁は三日間かけて全てを読んだ。


論理は正しかった。


認めざるを得なかった。桐島玲子の論証は、徹底していた。


旧草案から現行条文への変更経緯。国会審議における立法者の発言。政府答弁の内容。関係者の証言。それら全てが一つの方向を指していた。


第四十七条にいう「関与」とは、指定を受けた本人が主体的意思をもって犯行に関わることを意味する。車を無断使用されただけの秋山慎吾は、その「関与」の定義を満たさない。


論証は精緻だ。議事録の引用は正確だ。論理の飛躍もない。


真壁は窓の外を見た。最高裁の庁舎から見える空は、いつも少し遠い気がする。高い建物に囲まれているためか、空が切り取られたように見える。


問題は論理の正しさではなかった。


最高裁がこの解釈を認めれば、何が起きるか。


第四十七条の適用範囲が、極端に狭まる。「主体的に犯行に関わる場合」以外には適用されない。つまり、事件に何らかの形で名前が出てきた程度では適用されない。


そうなれば、全国で第四十七条によって有罪となった者たちが再審を求めてくる。秋山慎吾のような、完全な誤認定・無断利用ケースだけではない。適用の境界線が曖昧だったケース全般が、再検討を求められる。


国家安全保障分析庁の認定制度全体への不信が広がる。政府は「制度は適切に運用されている」と説明してきた。その前提が崩れる。


安全保障制度の根幹が揺らぐ。


制度を守るか。正義を取るか。


真壁は二十八年間、この仕事をしてきた。法律は社会の秩序を守るためにある。制度は社会を守るためにある。個人の正義と制度の安定は、時に相反する。そういう局面で、どちらを優先するか。


それが今、問われていた。


しかし真壁には、もう一つの考えが頭から離れなかった。


秋山慎吾は無実だ。


論理の問題ではない。事実として、無実だ。アリバイがある。接点がない。車を無断使用されただけだ。

無実の人間が死刑になる。


それを「制度の安定のために」という理由で容認することが、本当に正しいのか。


真壁は二十八年間、正しいことをしてきたつもりだった。法律に従い、制度を支え、裁判所の機能を支えてきた。しかし今、「正しいこと」が何なのか、分からなくなっていた。


その夜、真壁は調査官室を出なかった。


コーヒーを三杯飲んだ。書類を読み直した。判例集を引いた。また書類に戻った。時計が深夜二時を過ぎた。三時を過ぎた。


夜明けが近づいたころ、真壁はようやくペンを置いた。


調査報告書の最終稿が、机の上に揃っていた。


玲子の論証は正しい。その結論を、真壁は報告書に書いた。制度への影響も、懸念も、全て書いた。判断するのは裁判官だ。素材を整えるのが自分の仕事だ。


窓の外が白み始めていた。


真壁はコートを着て、調査官室を出た。廊下に人の気配はなかった。エレベーターを待ちながら、真壁は二十八年間この仕事をしてきたことを思った。


正しいことをしたかどうか、今はまだ分からない。


しかし今夜、自分にできることはした。


それだけだった。

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