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江東の蛇 ――碧眼の独裁者・孫権記――  作者: 武陵隠者
第五章:炎上の果て、残された焦土

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第二節:寄生虫の孵化

 草木のことわりにおいて、粘菌と呼ばれる奇妙な有機体が存在する。

 奴らは草のようであって草ではなく、虫のようであって虫でもない。平時は個々に意思を持たぬ泥の染みとして湿った岩の裏を這い回っているが、ひとたび周囲の環境が激変し、巨大な腐肉や栄養分が発生するや、それらは不気味なほどの同調性をもって巨大な一塊の「網」を形成し、対象を音もなく呑み込んでいく。

 この建安十四年において、荊州という名の巨大な内臓に発生した泥の染みを、歴史は「劉備」と呼ぶ。


「……また、落ちましたか」


 薄暗い天幕のなか、魯粛が吐き捨てるように言った。その端正な顔は焦燥と疲弊によってひどく弛緩し、胃酸が逆流しているのか、さきほどから何度も不快そうに喉を鳴らしている。

 彼の視線の先、机の上に広げられた巨大な皮製の地図には、呉軍の書記官によっていくつかの歪な円が描き加えられていた。武陵、長沙、桂陽、零陵――荊州南部と呼ばれる広大な空白地帯が、いつの間にか「劉」の一文字によって塗り潰されている。


 孫権は、その地図を凝視していた。彼の碧眼は、怒りによって燃えるでもなく、ただただ水槽の底の砂でも数えるかのように冷淡であった。

 じつに不条理な盤上の損得が、いま、この地図の上で起きていた。


 周瑜率いる呉の主力軍は、南郡(江陵)において曹操の残党である曹仁と血を吐きながら戦っている。それは、国家としての強固な「免疫細胞」が、外部からの宿痾しゅくあを排除するための、正当かつ消耗の激しい、刃による腐肉の削ぎ落としであった。呉の兵士たちは肉を裂かれ、骨を砕かれ、その代償としてようやく数寸の土地を削り取っている。

 ところが、その呉軍が血を流して防壁(曹操)を押し返しているその背後で、劉備という男は何の返り血も浴びず、ただぬるぬると、毛細血管が広がるような速度で南方の四郡を吸い尽くしていた。


「戦わずして勝つ、とはこのことか」


 孫権の呟きは、感嘆よりも、ある種の生命体に対する「生理的な嫌悪」に満ちていた。


 後世の講談は、劉備を「荊州の民に慕われる仁徳の君主」などと美化して語る。なるほど、奴の口から分泌される「仁義」という名の粘液は、触れた者を一時的に陶酔させ、麻痺させる性質を持っている。だが、その中身を解剖してみれば、そこにあるのは高潔な理想などではない。ただの、徹底的に研ぎ澄まされた「生存への盲執」の塊である。

 劉備には、プライドという名の骨格がない。ゆえに、どれほど踏みにじられても潰れることがない。曹操に追われ、袁紹に寄宿し、劉表の股をくぐり、そうして各地を転々としながら、奴は常に「相手の生命力が落ちる瞬間」を待ち続けてきたのだ。

 いま、呉が曹操という巨獣と噛み合い、互いに手傷を負って息を絶え絶えにしている瞬間、劉備という泥の染みは待ってましたとばかりに胞子を飛ばし、空白となった臓器(荊州南部)へと根を張った。


「我が君、すぐにでも周瑜殿に連絡をとり、背後の劉備を討つべきです。このままでは、我らが血を流して得た果実を、すべてあの老寄生虫に横取りされてしまう」


 魯粛の進言は、極めて真っ当な人間の論理であった。

 だが、孫権は動かない。彼の脳髄は、すでに別の演算を完了していた。


(討つ?……誰が、どうやって?)


 いまの呉軍には、そんな余力はない。曹仁は頑強であり、周瑜は前線で消耗している。ここで劉備という寄生虫を排除しようと無理にメスを入れれば、呉という宿主そのものがショック死しかねない。

 孫権はゆっくりと指先を伸ばし、地図上の「劉」という文字を爪でなぞった。指先に伝わる冷たい革の感触。

 彼は、胃の奥が粟立つような、強烈な嫌悪感を覚えていた。人を信じ、裏切られ、それでもなお「仁」を騙って他人の生血をすすり続ける、あの五十近い老人の、乾いた性欲のような生存への執着。


 だが、孫権はそれを拒絶するのをやめた。曹操の死臭を受け入れたように、彼はこの劉備の不気味な生存戦略をも、一つの「客観的なデータ」として自身の脳内に取り込み、咀嚼し始めたのだ。


「魯粛よ」


 孫権の声は、天幕の空気を一瞬で凍らせるほどに硬質であった。


「劉備は寄生虫だ。ならば、寄生虫らしく扱えばよい。奴は我々の血を吸って肥大化しているが、同時に、我々と曹操の間に挟まる『緩衝の肉』としても機能している。……奴がどれだけ栄養を吸えば満足するのか、しばらくその胃袋の大きさを測ってやろうではないか」


 魯粛は息を呑み、主君の顔を見つめた。

 そこにいたのは、かつて劉備や諸葛亮の弁舌に翻弄され、恐怖のあまり机を斬りつけたあの若者ではなかった。他者の醜悪な本能すらも、冷徹な統制の部品として計算に組み込もうとする――冷酷な統治の座そのものが衣服を着て座っているかのような眼差しが、そこにはあった。


 美というものは、それ自体が一種の過酷な暴力である。


 周公瑾しゅうこうきんという男は、呉という国家がその全神経と美意識を注ぎ込んで鋳造した、破格の最高傑作であった。非の打ち所のない骨格、流麗な弁舌、旋律のわずかな狂いすら聴き逃さぬ繊細な鼓膜。彼は戦場においてすら、まるで一篇の美しい詩を編むかのように優雅に兵を動かした。後世の文人どもが「美周郎」と呼び習わし、神格化するのも無理はない。

 だが、歴史という現実的な解剖医は、どれほど美しい皮膚であっても、容赦なくその刃を突き立てる。


 南郡の泥濘ぬかるみのなかで、その完璧な芸術品に「ひび」が入った。

 曹仁そうじんの放った一本の矢。それは英雄の胸を狙った劇的な一撃などではなく、乱戦の混沌から偶然に放り出された、下劣で、泥に汚れた一本の木片に過ぎない。それが周瑜の右腋下うわきしたを深く引き裂いた。


「……公瑾殿の容態は」


 本営の奥、帳幕に仕切られた薄暗い空間へ、孫権は足を踏み入れた。

 鼻腔を突いたのは、かつて赤壁の岸辺で嗅いだものとは性質の異なる、しかし確実に同質の臭気であった。高熱に浮かされた生体が発する、酸毒の混じった汗の臭い。そして、傷口の奥で肉が崩壊を始めていることを示す、わずかな化膿臭。


 ベッドに横たわる周瑜は、もはや調律の行き届いた名器ではなかった。

 かつて白皙はくせきであったその肌は、毒素の循環によってどす黒くすすけ、端正な唇からは、音程のひどく狂った呻き声が、途切れ途切れに漏れ出している。


「我が君……私は、まだ……曹仁ごときに、この周公瑾が……」


 周瑜は、その濁った両眼をなんとか孫権へ向け、震える手で自身の割れた胸を掴しようとした。その仕草は、忠義というよりは、自身の「完璧性の喪失」に対する、狂気じみた焦燥と恐怖の産物であった。彼は、己がただの「腐る肉」に過ぎないという事実を、精神が拒絶しているのだ。美しくあらねばならぬという呪縛が、内側から彼の神経をズタズタに引き裂いていた。


 孫権は、その痛々しい崩壊の様を、ただじっと見つめていた。

 かつての彼であれば、この江東の守護神の窮状に、文字通り肝を冷やし、天を仰いで涙を流したに違いない。兄・孫策の親友であり、呉の軍事そのものであるこの男が倒れることは、国家の死を意味するはずだったからだ。

 だが、いまの孫権の胸中に湧き上がったのは、冷ややかな、しかし極めて濃密な「観察の愉悦」であった。


(ああ、やはりこの男も、僕たちと同じ構造の獣だったのだ)


 孫権の碧眼へきがんは、周瑜の傷口から滲み出る黄色いうみを、じつに細かに値踏みしていた。

 完璧に見えた周瑜という防壁も、一枚の皮膚を破れば、中にあるのは不快な内臓と、死への恐怖に怯える脆弱な自我に過ぎない。彼を動かしていたのは高潔な美学ではなく、「完璧であり続けねば捨てられる」という、強迫観念に似た防衛本能だったのだ。

 この芸術品のひび割れは、呉という国家の屋台骨が、内側から静かに、しかし確実に腐食し始めている音であった。


「公瑾、無理をするな。君の代わりは、この世にいない」


 孫権は、周瑜の熱に濡れた手をそっと握りしめた。その掌は驚くほど冷たく、乾燥していた。

 口から吐き出される言葉は、至高の同情に満ちていたが、その脳髄が弾き出していたのは、純粋な「機能チェック」の数値である。


(この傷、この熱……もってあと一年か、あるいは二年。この男の『賞味期限』は、それほど長くはない)


 孫権は周瑜の手を解放し、ゆっくりと立ち上がった。

 かつて彼にとって巨大な天を遮る障壁のようであった周瑜の背中が、いまや小さく、儚い肉の塊に見える。守護神の崩壊を目の当たりにしながら、孫権の心臓は、不気味なほど一定のリズムを刻み続けていた。彼の中で、家臣への「傾倒」という感情の臓器はすでに摘出されており、あとに残ったのは、壊れかけた名刀をいかに最後まで使い潰すかという、冷徹な損益計算だけであった。


「ゆっくり休むといい、我が美周郎」


 暗がりのなかで、孫権の唇が歪に吊り上がった。完璧な芸術品がひび割れていくその凄惨な美しさは、新しく完成しつつある独裁者にとって、この上ない極上の劇薬であった。


 悪意というものは、それがどす黒く濁っているうちはまだ、可愛いものである。

 なぜなら、そこには憎悪や嫉妬といった、じつに人間的な情動の成分が含まれているからだ。だが、世の中にはごく稀に、完全な濾過ろかの果てに結晶化した、不気味なほど「透明な悪意」というものが存在する。それはもはや感情ではなく、冷徹な物理法則に近い。


 病床の周瑜を見舞うという名目で呉の陣営に現れた諸葛孔明しょかつこうめいの笑顔は、まさにその「透明な悪意」の極致であった。


「周公瑾殿のご容態、真に痛ましい限りにございます。我が主・劉備も、夜も眠れぬほどに案じております」


 諸葛亮は、羽扇を胸元でゆるやかに揺らしながら、じつに恭しく頭を下げた。

 その物腰には、いささかの不敬も、冷やかしの気配もない。彼は心から周瑜の身を案じ、心から呉の不運を嘆いているように見えた。その完璧な「善人」としての佇まいは、後世の講談師たちが彼を天上の仙人のごとく賞賛する最大の根拠となったわけだが――。


 だが、その場に同席していた孫権の碧眼へきがんは、諸葛亮の皮膚の下でうごめく「演算の歯車」を正確に捉えていた。


(この男は、周瑜の死を、ただの時間割として見ている)


 諸葛亮が羽扇をゆるやかに揺らすたび、その生ぬるい風が、周瑜の膿んだ死臭を孫権の鼻腔へと正確に送り込んでくる。男は微笑みながら、風の一吹きすらも自身の計算通りに操って、そこに立っているのだ。

 諸葛亮の向けた優しさは、偽りではなかった。しかしそれは、数日後に刑場へ引かれることが決まっている囚人に対し、獄卒が淡々と与える「最後の白米」のような、一切の情動を排した、事務的な親切であった。彼は周瑜を気遣う素振りを見せながら、その瞳の奥では、肉の腐りゆく速度を冷徹に逆算し、呉の軍事指揮系統が完全に麻痺するまでの正確な日付を、秒単位で弾き出している。


 彼が携えてきた見舞いの品々は、周瑜の命を長らえさせるための良薬などではない。それは、呉が曹仁との戦いでより深く消耗し、背後の劉備という泥の染みが荊州南部を完全に消化吸収し終えるまでの時間を稼ぐための、精巧な足止め剤に過ぎなかった。


「……わざわざのご足労、痛み入る、諸葛亮殿」


 孫権の腰の剣を握る右手に、自然と力がこもった。

 いま、この場で剣を抜き、この男の細い喉を掻き切ってしまえば、どれほど胸がすくことか。その衝動は、彼のはらわたを激しく緊張させ、胆汁を逆流させそうになるほどの熱を帯びていた。


 しかし、その瞬間、孫権の脳裏に赤壁の焼け跡にあった曹操の竹簡の文字が、冷酷な警告として蘇った。


『火の粉を払ったか、小僧。だが、その灰は一生お前の肌にこびりつくぞ』


 感情に任せてメスを振るう医者は、名医とは呼ばれない。諸葛亮が「透明な機能」としてここに立っているならば、自分もまた、人間としての感情を一切排した「冷徹な壁」として対峙せねばならない。


 孫権は、ゆっくりと右手の力を抜いた。

 そして、彼の生涯のなかでも最も美しいとされる、非の打ち所のない「透明な笑顔」を、諸葛亮に向けて返した。


「我が江東の至宝である周瑜を、そこまで案じていただけるとは、劉備殿の仁徳には恐れ入る。この恩誼おんぎ、決して忘れることはないでしょう」


 その言葉が発せられた瞬間、諸葛亮の羽扇が立てるかすかな風の音が、ほんのわずかに乱れた。

 二人の怪物の視線が、天幕の濁った空気のなかで交錯する。そこには憎悪の応酬などは存在しない。ただ、互いに他者を「利用価値のある部品」として値踏みし合う、底知れぬ計算の深淵だけがあった。


 孫権は、自分が完全に「人間」という領域を卒業したことを確信した。

 かつては他人の裏切りに怯え、震えていた少年が、いまや敵の殺意を笑顔で受け流し、それを政治的な貸し借りへと変換する術を完全に身につけたのだ。


 諸葛亮が天幕を去ったあと、孫権の顔から笑顔が消え、凍りついた鉄のような無表情が戻った。彼は、自らの掌に残る冷たい汗を静かに拭いながら、長江の向こうで肥大化を続ける寄生虫(劉備)を縛り付けるための、さらなる非人間的な大計へと、その思考の針を進めていった。


 共同体、あるいは国家と呼ばれる巨大なシステムは、本質的に一個の「生物」に似ている。

 それが健全に機能している間は、神経系が末端まで命令を伝え、兵站が栄養を運び、免疫系(軍隊)が外部の異物を排除する。しかし、どこか一箇所の主要な臓器が致命的な不全を起こせば、その機能不全は瞬く間に組織全体へと伝染し、肉体そのものを内側からドロドロに融解させていく。いわゆる、腐敗のドミノ倒しである。

 いま、呉という名の有機体の中で、その連鎖反応が確実に始まっていた。


「劉備が四郡を平定しただと!? 馬鹿な、我らが江陵で曹仁と死闘を演じている間に、奴らは一体何をしたというのだ!」

「周公瑾殿が倒れられた今、荊州の戦線を維持するのは不可能だ。直ちに兵を引くべきではないか!」


 柴桑の本営に集まった将兵や文官たちの間で、見苦しい怒号と、それ以上に下劣な狼狽ろうばいの囁きが交錯していた。

 彼らの顔には、赤壁で勝利した瞬間のあの高揚感などは微塵も残っていない。あるのは、自分たちが血を流して切り開いた戦果の甘い汁を、すべて隣の生温かい怪物(劉備)に吸い尽くされたことに対する、激しい屈辱と、底知れぬ恐怖である。


 魯粛のごとき誠実を絵に描いたような男でさえ、その例外ではなかった。

「我が君、劉備の増長はもはや看過できません。しかし、ここで正面から衝突すれば、曹操に漁夫の利を与えます。ああ、一体どうすれば……」

 彼は何度も額の汗を拭い、まるで自らの内臓が不調を訴えているかのように、何度も胸元をきつく締め直していた。誠実であればあるほど、この不条理な現実に神経を摩耗させ、泥沼へと自ら沈んでいくのだ。


 孫権は、その喧騒から一歩引いた高みから、彼らを見下ろしていた。


(騒げ、騒ぐがいい)


 彼の碧眼へきがんには、かつて家臣たちの動揺に同調し、己の無力さに涙を流した少年の面影は、もうどこにもなかった。

 いまの彼にとって、この本営の混乱は、不快な騒音などではなかった。それは、劉備という「寄生虫」の侵入と、周瑜という「主要臓器」の機能停止によって、呉という蠱毒こどくの壺のなかでどのような変成が起きるかを示す、きわめて興味深い実験の推移に過ぎない。


 孫権は、家臣たちの狼狽を鎮めようとはしなかった。

 むしろ、その混乱という名の熱病が、誰の忠誠を融解させ、誰の保身を浮き彫りにするかを、冷徹な検死官の目で値踏みしていた。

 動揺して兵の撤退を叫ぶ者は、国家ではなく己の領地(利権)を心配している。劉備への即時開戦を叫ぶ武官は、単なる脳への血流の過多による思考停止だ。彼らを動かしているのは高潔な義憤ではなく、ただの「恐怖」という名の、生物学的な反射行動であった。


「……なるほど、これが国というものの正体か」


 孫権は、自らの内に生じた暗い得心に、小さく唇を歪めた。

 これまで彼を縛っていた「家族の絆」や「家臣との信頼」といった美しい幻想は、この灰色の混乱の中で完全に消滅した。

 呉という国家は、神聖な理想の結晶などではない。自分という「脳髄」によってのみ統御されるべき、醜く、脆弱で、放っておけばすぐに腐り落ちる「肉の塊」に過ぎないのだ。


「皆、静まるがいい」


 孫権が静かに片手を挙げた。その一言は、騒然としていた天幕の空気を、一瞬にして凍りつかせた。

 彼の声には、怒りも、焦りも、何の一物も含まれていなかった。ただ、絶対的な質量を持った「虚無」だけが、そこに衣服を着て座っているかのような、奇妙な威圧感があった。


「劉備が四郡を取ったのなら、取らせておけばよい。周瑜の病が重いなら、静養させればよい。我々がなすべきは、この混乱をいかに『飼い慣らす』かだ」


 家臣たちは、息を呑んで若き主君を見つめた。

 その眼差しは、もはや彼らが知る「孫家の御曹司」のものではなかった。

 誰も信じず、誰も愛さず、ただ目の前にある破滅の兆候すらも、次の統治のための冷徹な爪研ぎとして利用する――絶対的な統治の座そのものが、いま、呉という腐敗しつつある有機体の中心で、完全にその支配権を掌握した瞬間であった。

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