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第9話、放課後のデバッグ会議その1

 演習場での「ゴーレム・バックダンサー事件」を引き起こしてから、一週間。

 学院の廊下を歩くたびに浴びせられる視線は、もはや好奇の域を超えて『未確認生物を見る目』に変わっていた。

 すれ違う学生たちは一様に足を止め、私との間に「不可侵領域」とでも呼ぶべき絶妙な距離を空ける。


 「おい、あれだろ? 例の『演習場の支配者』……」

「まさかあんな方法でゴーレムを完全同期させるなんてな。新手の精神干渉術式か?」

 「いや、あれはもう……一種の芸術だったぞ」

 囁き声は、呆れ半分、感嘆半分といったところだ。

  (……いやいや、そんなに驚かないで〜! こっちは心臓バクバクなんだからぁ!)


  ──正直、反省はしている。

 先日、シャルロッテと交わしたあの「大切なセッション」――。

 あの高揚感と彼女の期待に応えたいという想いから、つい、いつもより「本気」が漏れ出てしまった。


 術式の並列制御テスト中に、リズムを取るための自己暗示を少し強めに……それこそ、魂を込めて出力してしまっただけなのに。


 私のしでかした「()()」は、伝統的な魔術師たちからは「魔法学の冒涜」と眉をひそめられ、一方で一部の変わり者からは「革命的な制御法」として、信仰に近い熱っぽい視線を集めていた。


 自習室に向かえば、周囲の席が微妙に空く一方で、遠巻きにノートを構えた魔法オタク達がこちらの動向を伺っている。

 (違うの、あんなのは一過性の情熱で……お願いだから『次はどんな伝説を作るのか』なんて目でこっちを見ないでぇ……!)


 学内を二分するこの奇妙な熱気と、私の胃の痛み。 それらを一気に凍りつかせる一通の通知が、無慈悲にも手元に届く。

 重厚な羊皮紙に刻印されていたのは、学院で最も重い意味を持つ紋章だった。


(はぁ……)


 学院最高責任者、グスタフ・マルムスティーン学院長。 「本気の代償」を支払う時が、どうやら来てしまったらしい。



         ・





 (……一応、数日置いて騒ぎが落ち着くのを待ったけど、このおじさまの目の下の隈を見る限り、事後処理でマトモに寝れてないわね、これは……)


 私は豪華な椅子に深く腰掛け、扇で口元を隠しながら、困惑を通り越して絶望しているグスタフを見据えた。


 「……えー、リーン・フォン・ブッシュバルド。まずは……あー、いや。君の……その、『歌』かね? 標的の制御数式を完全に掌握し、あまつさえ楽器に変形させた件について、公式な説明を求めたい。その……上の連中や、教授たちがうるさくてね……」 


 学院長は、机の上に置かれた「元・演習用ゴーレムの成れの果てであるハープ」を力なく指差し、深すぎる溜息を吐いた。


 彼の性格を一言で表すなら、実務と調整能力に長けた「()()()()()()()()」。


 王国の上層部と、個性という名のごうを背負った教授陣の板挟みに合う毎日。そして何より、彼は私の父、ブッシュバルド卿の大切な釣り仲間でもあった。


(……追い詰めすぎてパパとの好感度に影響があっても困るけれど。……今は『公爵令嬢』として、舐められるわけにはいかないのよ。

 ──こうなったら音大生時代に鍛えた、教授を論破する時のあの『ガチ勢の顔』で行くわよ!) 




 スッ、と。

 手にしていた扇を吸い込まれるような滑らかさで閉じる。

 そのまま指先で扇を縦に持ち替え、まるで極上の指揮棒タクトを構えるかのように、無駄のない所作で胸元へと掲げた。


 上げた口角はそのままに、瞳の奥の「()()」だけを消す。


 学院長の瞳を射抜くように視線を固定すると、私を取り巻く空気の解像度が一段、跳ね上がった。




 「――失礼いたします、学院長先生。少々よろしいかしら?」


「……なにかね」


「私の『歌学』について、ご説明が必要とのこと、承知いたしました。

ですが先生、あれを『魔法』という既存の矮小な枠組みで語ろうとすること自体、少々時代遅れではありませんこと?」


「……時代遅れ、だと?」


 フッ、と小さく、慈悲深い聖女のような笑みを零す。

 私は一歩、迷いなく踏み出した。絨毯を叩くヒールの音が、完璧に制御されたメトロノームとなって室内に響き渡る。


 「ええ。皆様が構築なさる数式は、一言で言えば『リズムが壊滅的』なのです。私はただ、そこに正しいテンポをぶつけて、不協和音ノイズ調律チューニングして差し上げただけ。

 ……数式が黄金比うつくしさを成せば、物質がその形を『楽器』へと再構成するのは、あまりに自然な摂理だと思いませんこと?」


 現代の音響工学と和声学を魔導用語で強引に塗り固めた、ハッタリ全開の「ヒ・ナ・理・論・」。 私はそれを、逃げ場を塞ぐような完璧な微笑みと共に言い放った。



「……なるほど。数式を『計算』ではなく『旋律』として捉えた、と。

 ……あー、ダメだ。理屈は通っている気がするが、既存の教科書が全部ゴミ箱行きになるな、これ」


 グスタフが頭を抱えたその時、背後で控えていたライナスが、音もなく一歩前へ出た。その所作一つで、室内の温度が物理的に数度下がったような錯覚に陥る。


 「学院長。……お嬢様は、貴公らが一生をかけても解けぬ数式の矛盾を、瞬時に『調律』して差し上げたのです。これ以上の詮索は、ブッシュバルドの名に対する不敬……ひいては、お嬢様の芸術への侮辱と受け取りますが、相違ありませんか?」


 言葉こそ丁寧だが、その瞳は「これ以上喋ったらどうなるか……わかってるよな?」という絶対無比な意志に満ちている。


 「ひっ……! ぜ、善処するよ、ライナス。……君も、少しは立場というものを考えて発言してくれたまえよ……!」


 学院長がハンカチで額を拭うのを見て、私は「論破(という名の丸め込み)」の成功を確信した。


(……ごめんね学院長。今度、パパに頼んで『気軽にに釣れる特製ルアー』でも作らせるから、それで勘弁して。 ……あと、心の中で合掌しておくわ!)


 彼が震える手で報告書に『芸術魔導による特異現象』と書き込むグスタフに、私は慈悲深き微笑みを残し、ライナスのエスコートで悠然と部屋を後にした。




         ・







 学院長との胃の痛くなるような押し問答を終え、私は疲労感を抱えながら、学園の外の敷地内にある『中庭庭園』へと向かっていた。


 そこには、ベルベット侯爵家が用意した目も眩むような銀食器のセットと、三つ編みの先をいじりながら私の到着を今か今かと待つシャルの姿があった。


「あっ、リーン様! お疲れ様でした。学院長先生とは、無事にお話しできたかしら?」


「ええ、シャル。……私の『()()()()()』を飲み込んでもらうのに少々時間はかかったけれど、ご理解いただけたわ」


 私は、満足気に腰を下ろす。

さきほどの「ヒナ理論」をぶち上げた直後で、つい思考が専門用語で埋まりそうになるのを必死に抑え、優雅に紅茶を口に運んだ。


「……流石はお嬢様です。あの程度の凡夫、お嬢様の旋律の前に跪くのが当然の結果と言えましょう」


 背後に立つライナスの声が、学院長室の時とは一変して、甘い毒のように優しく響く。彼は慣れた手つきで、私のために最高級の茶葉を蒸らし直していた。


「……相変わらず重いわねぇ、死神。お嬢様が息苦しくなっちゃうじゃない」


 シャルの後ろで、ロレッタが赤い鎧を鳴らして笑う。するとライナスは、ぴくりとも表情を動かさず、冷静なトーンで言い放った。


「黙れロレッタ。お前のガサツな魔力でお茶が濁る。失せろ」


「ブッ……!!」


 私は飲んでいた紅茶を、文字通り正面に「ダバーッ」と吹き出した。


「リ、リーン様!? 大丈夫!? ライナス、布! 早く布を!」

「お嬢様! 失礼いたしました、今すぐに浄化を!」


 慌てふためいて私の顔を拭きにかかるシャルと、魔法的な手際でドレスを洗浄し始めるライナス。


(……ゲホッ、ゲホッ! ライナス、あんたね……! 腐れ縁だか何だか知らないけど、シャルのお付きの人にそんな不敬なタメ口叩かないでよ! 胃が痛いのは学院長だけで十分なんだから!)




 淑女の威厳をかなぐり捨てて、内心で激しいツッコミを入れながらようやく落ち着きを取り戻したその時。



 建物の陰から一人の男が、軽快な足取りで芝生を横切ってきた。




コツコツコツ………




「ふふっ……やあ、麗しきレディたち! 学院の噂を耳にして飛んできたよ。

……特に、そっちの『小さな歌姫』にね!」


 そんなキザったらしいセリフと共に現れたのは、


━━整った顔立ちにどこか影のある、信じられないほど軽薄そうな笑みを浮かべた青年だった。



「お、お兄様……!? どうしてここに……?」



 シャルが困惑して身を引く。私は反射的に脳内の「前世知識」を検索した。


(フェリックス・フォン・ベルベット……。

 確かシャルの兄で、妾の子。妹を大切に思ってるくせに、立場を気にして普段は距離を置いてるはずの男よね? なんで今ここに出てくるのよ)


 だが、今のフェリックスの瞳は、ゲーム時代の私の記憶にある「冷めた兄」とはまるで違う、妙にぎらついた熱を帯びていた。



「シャル━━、水臭いじゃないか。こんな素敵な『お嬢様』を独り占めするなんて。

 ……初めまして、リーン嬢。君が先日奏でた調べ、屋上まで響いていたよ。……おかげで、僕の凍りついた魂が、生まれて初めて完璧な『()』を見つけたと叫んでいるんだ」


 フェリックスは流れるような動作で膝をつき、私の手を取ろうと指先を伸ばす。その瞬間――。


「……おい、フェリックス。その汚らわしい指をこれ以上近づけるなら、貴様の神経系統を()()()()()()()()()()()()()()が、いいか?」


 ――ピキッ、と。

 私の真後ろから、剥き出しの殺意が物理的な冷気となって放たれた。ライナスの周囲の空気が、本気の拒絶に反応する。

 

「おっと、怖いねぇ! ライナスの殺気、相変わらずで最高だよ! おかげでお茶がぬるくならないね!」


 フェリックスはライナスの「本気」を、まるでダンスでも踊るかのような軽やかなステップで回避しながら、私にウィンクを送ってくる。


(ちょ……この人、本当に死ぬわよ!? 私の生存ルートを築く前に、この場であなたが『消去』されちゃうわよ?!)


 リーンの脳内会議では、新たな不協和音おとの乱入により、再び大荒れの予感を見せていた。




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