第24話、灰色の街に響く、最初の共鳴
今話は若干のざまぁ展開があります。
苦手な方はスルーをお願いしますm(__)m
演習室での世紀の発明から数日後。
リーンはガラムが徹夜で組み上げた試作機――『共鳴増幅器』を抱え、再びあの灰色のスラムへと足を踏み入れていた。
「お嬢様。これを持っていけば、あの子たちはきっと『部品』ではなくなります。
ですが、この街の澱んだ魔力はお嬢様の喉を痛めかねません」
ライナスが影のように寄り添い不快な粉塵を魔力で弾き飛ばしながら、心配そうに囁く。
その後ろには、気弱なモードに戻ってオドオドと周囲を警戒するガラムもいた。
「大丈夫よ。だって、共鳴器には、ガラムの最高の『音色』が刻まれているんですもの」
彼女が装置を撫でると、銀の表面がトクンと心臓のように脈動した。
スラムの中央広場。そこには、数日前にリーンが感情を取り戻させた子供たちが、途方に暮れた表情で座り込んでいた。
首筋に刺さったプラグは痛々しく残ったまま。彼らは「何をしていいか分からない」という自由ゆえの『空白』に怯えていた。
その光景を前にリーンの胸の奥がキリリと痛む。
あの出来事の後、収集した書類で読んだ記録には彼らが「部品」として扱われてきた凄惨な日常が綴られていた。
覚悟はしていたつもりだった。けれど、目の前で力なく蹲る子供たちの生気のない瞳と剥き出しの傷跡は、文字から想像していたよりもずっと残酷に彼女の視界を刺す。
──正直、泣き叫んでやりたかった。
こんな場所ごと壊してしまいたいと叫びたかった──
けれど、ここで彼女が絶望に顔を伏せれば彼らは二度と立ち上がれないだろうとも思った。
リーンは溢れそうになる感傷をぐっと飲み込み、唇を噛んで前を向く。
絶望の底で見つけたこの閉ざされた世界を塗り替えるための唯一の手立て――その確信を胸に、彼女は声を震わせることなく口を開いた。
「みんな、聞いて。あなたたちは、もう誰かの命令で動く機械じゃないわ。
自分の意志で、この街を暖める『歌』を歌うの」
そう言うと、リーンは最も年長の少女の首元に、ガラム特製の共鳴器を装着した。
ガシャリ。
心地よい金属音が響きプラグと装置が一つに連結される。
「……ひっ……あ、……あれ?。……あったかい……?」
少女が目を見開いた。これまでは一方的に「搾取」されるだけだった魔力が、装置を通じることで彼女自身の体温のように優しく、確かな熱を持って循環し始めたのだ。
「さあ、ガラム! 出番よ!」
「は、はいっ! い、行きます!」
ガラムが震える手で槌を構え、広場の中央に鎮座する、錆びついた巨大な「水質浄化炉」の基部へとにじり寄る。
「お嬢っ! リズムを俺に……いや、僕にアンサンブルをください!」
「――♪♪♪♫」
リーンが喉を震わせ、一筋の清冽なメロディを放つ。
それに呼応し、共鳴器を装着した子供たちが、恐る恐る、けれど必死に自らの魔力を「歌」として差し出した。
「「「━━♪♪━━━♫」」」
数十人の微弱な魔力が、レゾネーターを通じてリーンの歌声という一本の糸に紡がれ、巨大な和音へと昇華されていく。
ガガガガッ!!!
数十年もの間、沈黙を守り続けていた浄化炉が悲鳴を上げた。
ガラムが槌を振るい、詰まっていた魔力回路をリーンのビートに合わせて叩き直す。その瞳にはもはや気弱な少年の影はなかった。
「……通った?! 流れるぞ、希望の音がぁッ!!」
ガラムが魂を絞り出すような咆哮を上げた、その瞬間。
ゴボゴボッ、という地響きと共に、広場の噴水から透き通った水が天高く噴き出した。
ブシャァァァァッ!!!
『『わぁぁぁぁっ……!』』
鉄錆と煤にまみれたスラムに数十年ぶりの「清流」が戻ったのだ。
子供たちは飛沫を浴びながら声を上げる。
それは演算機としての出力報告などではない。『自分たちの力で世界を少しだけ良くしたい』と願う、誇らしい「人」としての歓喜だった。
「──お嬢様。これこそが数式を超えた『奇跡』の正体なのですね」
ライナスがその光景を眩しそうに、そしてどこか誇らしげに見つめている。
(できたわ。これで彼らはこの街に不可欠な『浄化の歌い手』になることができる。
──もちろん、今後は補助具なしでもちゃんと稼働できるように調整しなきゃいけないけれど──、
あんなに楽しそうに笑ってるんだもの。今日くらいはね)
込み上げる達成感に、自然と口角が上がる。
スラムに響き渡る子供たちの笑い声。
それはアイゼンガルドの歴史上、初めて世界が美しく「調律」された瞬間だった。
・
スラムでの試運転を成功させ、ガラムと共に学院の地下演習室へ戻ったリーンの前に、招かれざる客が立ち塞がっていた。
「――いい加減にしろ、リーン・ブッシュバルド! 公爵家の名を汚すのも大概にせよ!!」
そこには取り巻きを連れたエドワード・ジークハルト侯爵令息が、嫌悪感を隠そうともせず現れていた。
彼の背後には学院の「数式至上」を掲げるエリート生徒たちが汚泥でも見るような目つきで、ガラムやスラムの子どもたちを凝視している。
「はっ……汚いゴミを拾い集め、ドワーフの落第生と共謀して怪しげな装置を作る……。これが公爵令嬢のすることか? 貴様のせいで、我が校の品位はガタ落ちだぞ」
リーンは作業の手を止め、ゆっくりとエドワードを見つめた。その瞳にあるのは激しい怒りではない。調律の狂った安物の楽器を眺めるような、淡い憐憫だった。
(何を言っているのかしら、この男は……。私がここで何をしているか、お父様が気づかないはずないじゃない──。
現に周囲からの監視という名の『重低音』は日増しに強くなっている。そんな単純な『譜面』すら読み解けないなんて──)
そもそも同じ舞台に立ってさえいない。彼が響かせているのは、独りよがりの耳障りな雑音だけ。
(──救いようのない音痴。もう怒る気も起きないわ。
ただただ、その不協和音が哀れに思えてくる……)
「エドワード様。──わざわざ私の作業を止めに来るなんて、随分とお暇なのね。それで私の『不備』でも数えに来たのかしら?」
「な……何だと!? 不備なのは貴様の存在そのものだ! 学院の魔導管理官には既に話を通してある。
……この区画への魔力供給は、今この瞬間をもって停止させてもらったぞ!」
ガシャン、と演習室の明かりが落ち、魔導炉の重低音が断絶した。
精密な工作をしていたガラムが、
「あ、あぅ……っ、回路が……!」
と青ざめて震え出す。
「フフフ……あはははは! いや失礼、あまりに滑稽でね。──これで幕引きだな、リーン。魔力がなければ、そのガラクタもただの鉄クズだ。……あぁ、本当に可哀想に。どうだ? いまならその無能な頭を地面にこすりつけ、泣いて許しを請えば、慈悲を与えてやらなくもないぞ……?」
静寂と暗闇の中で勝ち誇るエドワード。
歪んだ優越感に浸るエドワードと、それに追従して嘲笑を浮かべる取り巻きたち。
その姿は、かつてプレイしたゲームの『序盤のやられ役』そのものだった。
(そっか。ゲームならあの時倒せておけば、二度と出てこない敵だったな)
ふと、そんな場違いな思考が頭をよぎる。しかし次の瞬間、リーンは自身の胸の内に、冷ややかな反省を抱いていた。
ここは画面の向こう側ではない。
彼らもまたこの世界に生を受け、自分の意志で動いている血の通った「現実の人間」なのだ。
それをどこか記号的な存在として甘く見ていた己の慢心を、リーンは深く自戒した。
だが──それはそれ、これはこれだ。
現実の人間だからこそ、犯した過ちには相応の報いが必要だ。調子に乗って一線を越えたエドワードには、きっちりと「けじめ」をつけてもらわなければならない。
「……ライナス。『合奏』の準備をして」
「御意、お嬢様。雑音を遮断するための静かな夜をご用意しましょう」
ライナスが指を鳴らした瞬間、暗闇の中でガラムが作り上げた『共鳴増幅器』が、黄金色の燐光を放ち始めた。
「なっ!? なぜ動く! 魔力供給は止めたはずだぞ!」
「供給? そんなの、自分たちで『奏でれば』いいじゃない。
数式至上主義の貧相な数式に頼らなくても、世界には音が溢れているのよ?」
リーンが喉を震わせ、一筋の力強い和音を放った。
───♪♫
その瞬間、共鳴増幅器が周囲の「空気中の微弱な魔力」を強引に吸い込み、爆発的なエネルギーへと変換。停止していたはずの魔導炉が、以前を上回る出力で再起動しはじめた。
ドォォォォォォォォン!!
溢れ出した魔力の奔流がエドワードたちが展開していた防護障壁を瞬時にに粉砕し、彼らをまとめて床に這いつくばらせる。
「……あ、が……っ、……なんだ、この圧力は……っ」
冷たい石床に顔を押し付けられ無様に震えるエドワード。
その視界に優雅に歩み寄るリーンのドレスの裾が映る。
「エドワード様。残念だけれど、あなたはこれで三度私への不敬を働いたわ」
リーンは、氷の楔を打ち込むような声で彼を見下ろした。
「一度目はシャルの講義、二度目はエルフィーネへの嫌がらせ。そして三度目――公爵家の正当な研究活動への物理的妨害」
リーンの瞳には、もはや怒りさえ浮かんでこない。ただの石ころを見るような絶対的な拒絶。
「……私の父、アルベルト公爵がこの成果を御覧になった時。あなたの侯爵家が、その『不協和音(不敬)』をどう言い訳なさるのか
……今から楽しみですわ。さようなら、節穴のエドワード様」
「ひ、……ひぃっ……!」
エドワードの顔から、一気に血の気が引いた。自分が馬鹿にしていた「事業」が、実は公爵家が密かに進めていた「プロジェクト」の中核であった可能性に、ようやく気づいたのだ。
「……ライナス。この方々を、外へ。……あぁ、乱暴にしないでね? ただ、二度と立ち上がれないほどの『恐怖』を、その耳に深く刻んで差し上げて」
「かしこまりました。……この世で最も震える子守唄を、特等席でお聴かせいたしましょう」
「ち……、違うんだ……ま、まってくれ……わたしは……、ああぁぁぁぁ……!!」
「助けてくれ、誰か……っ! 私は侯爵家の……エドワード・フォン・ジークハルトなんだ……! こんな、こんな虫ケラみたいな奴らに、あ、あああぁぁぁぁぁっ!!」
ライナスの影が絶望を告げるようにエドワードを覆い、惨めな悲鳴が遠ざかっていく。
・
先ほどまでの凍てつくような魔力の奔流は嘘のように消え、静寂が戻った室内。ふと、リーンのドレスの裾がくい、と引かれた。
「ねえ、リーン様。ぼくたち、ちゃんとできたかな?」
見上げれば、不安げに首をかしげるスラムの少年。その瞳には、かつての怯えはなく、自分たちが「何か」の一部になれたという淡い期待が宿っていた。
リーンはゆっくりと膝を突き、少年の汚れた頬に優しく手を添えた。その瞳に宿るのは、先ほどまでとは対極にある、春の陽だまりのような慈愛だ。
「ええ、完璧だったわ。あなたたちの協力がなければ、この成果は得られなかった。
誇りに思って。あなたたちは今日、この国の未来を繋いだ英雄なのよ」
その言葉に、周りにいた子供たちの顔が、パッと花が開いたように輝く。 自分たちに価値などないと思い込まされてきた彼らに、リーンは「役目」という名の誇りを与えたのだ。
歓喜に沸く子供たちの笑顔を見守りながら、リーンは確かな手応えを感じていた。
――これでいい。ゴミのように捨てられていた彼らが私の「歌学」で世界を震撼させる力になる。
リーンは満足げに、そしてどこまでも深く微笑んだ。




