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第23話、不協和音の夜明けと、黄金のひらめき

 重厚な天蓋付きベッドと、洗練された調度品が並ぶ寝室で、カーテンの隙間から差し込むまばゆい光に照らされながら、リーンはベッドの上で大きく伸びをした。


 眠りまなこをこすりながら起き上がろうとした、その時。

突如として昨夜の出来事がダイジェストのように脳裏にフラッシュバックしていく。


 (『うん……おかえりなさい、ライナス。……私の、大好きな執事さん』)



「──ッ?!~~~~~~うがあぁぁぁぁ!!」



 リーンは枕に顔を全力で埋め、声にならない絶叫をあげながらベッドの上をのたうち回っていた。


 (はぁはぁ、冷静になれ、落ち着くのよリーン……こういう時こそ死にゲーを何度もクリアしてきたプレイヤーとしての、メタ的視点と客観的な分析が必要不可欠なわけで――)


 (って、できるわけないでしょぉぉぉ!!)


 脳内のバグか、あるいは魔力枯渇による一時的な錯乱か。

 よりによって私は、あの完璧無欠で隙のないライナスに向かって、まるで恋する乙女のような──聞いてるこっちが火を噴きそうなほど恥ずかしいセリフをダイレクトに投下してしまっていた。



  ――『……私の、大好きな執事さん』。


 (うぐぅぅ、思い出さないでぇ私! 記憶を消去デリートして! 今すぐ脳を初期化してよぉぉ!)



再生ボタンを連打される昨夜のボイスつき回想に心臓が爆発しそうになる。


 (ま、待って……? 確かあの時、私は聞き取れるか怪しいくらいのめちゃくちゃ小さい声で言った……はず。うん、あれはほぼウィスパーボイス! 囁き声! だから聞こえてない可能性だって十分に――)


 (って、あるわけないじゃない!相手はあの有能執事よ!! 聞き逃すはずないのよぉぉぉ!!)


 自ら見出した一縷の望みを()()自ら叩き潰し、さらにベッドの上でのたうち回っていた。



その時トントン、と。

 タイミングを見計らったかのように完璧なリズムのノック音が部屋に響きわたる。


「お目覚めでしょうか、お嬢様。朝食の準備が整っております」


 (ヒギャァァァァ、出たァァァァ!!)


 ドア越しに聞こえるライナスの、昨夜の脳内再生ボイスと完全に一致する美声に、リーンの鼓動が頂点に達する。


 まだ心の準備どころか、現実を受けいれるまでの覚悟すらできていないのに。


「ラ、ライナス! ちょっと待って! その、今は入ってこないで!」


「──お嬢様? どこかお加減でも悪いのですか?」


 不審に思ったライナスがドアを開けそっと部屋に足を踏み入れる。


 リーンはとっさに布団を頭まですっぽりと被り、芋虫状態になってベッドの隅へ丸まった。


 「ち、違うの! 体調は最高! すこぶる元気よ! でもね、その、起きたばっかりで

……そう、そこら辺の毒キノコをうっかり齧っちゃった時くらい酷い顔してるから見ちゃダメなの!」


「顔が、ですか?」


 「そう! だから……5分! せめてあと5分だけ時間をちょうだい! 魔法をかけて顔の腫れを引かせるから! お願いだから一回出てってぇ!」


 布団の隙間から漏れるリーンの必死すぎる懇願に、部屋の中が一瞬だけ静まり返る。


 布団のせいで、ライナスがどんな表情をしているのかは分からない。

 やがて、部屋に優しく、どこか楽しげな低い吐息が落ちた。


「ふっ……。かしこまりました。では、5分後に改めてお迎えに上がります。あまり無理な魔法は使われませんよう」


 衣擦れの音と共に、足音がドアの方へと遠ざかっていく。


 カチャリ、と静かに扉が閉まり部屋に静寂が戻った直後。


 「──ぷしゅぅぅ……」


 生存限界を突破しかけていたリーンは、息を吐き出してみるみる萎んでいく。

一瞬の後、きょろきょろと辺りを見渡せながら、恐る恐る布団から顔を覗かせ状況を確認するリーン


 ライナスはもういない。



「……ばか」



 ぽつりと呟いたリーンの顔は、耳の裏まで完全に真っ赤に染まっていた。

 顔が腫れているなんて大嘘だ。きっと今の自分は茹で上がったタコか何かに違いないと思う──。


 とっさに冷えた両手で頬を挟み込むが、熱を帯びた肌は一向に冷める気配がなかった。





        ・ 






 ――それから、だいたい5分後。

 完全に熱の引いていない顔を両手でぱんっと叩き、気合を入れ直して部屋を出た。


 案の定、廊下には急かす風でもなく、のんびりと待っていてくれたライナスの姿があった。

 「……もうよろしいのですか?」


「……ええ……ありがとう、助かったわ」




 食堂で焼きたてのパンを口に運びながら、リーンの脳内会議は暗礁に乗り上げていた。


 目の前では、ライナスが音もなく優雅な動作でお代わりの紅茶を注いでくれている。

昨夜のあの恥ずかしい台詞について、気にした様子は微塵もない。いつもと何も変わらない、完璧で穏やかな、私だけの執事。


 彼のその徹底したプロフェッショナルな優しさに、リーンは内心で深く感謝した。おかげで爆発しそうだった羞恥心もようやく落ち着きを取り戻してくれたから。


 (──よし。ライナスのおかげで頭が冷えたわ。とりあえず今は、優先度が高い()()()生存戦略ルートを考えないといけないしね)


 リーンは視線を紅茶の湯気へと落とし、昨夜遭遇したスラムの子どもたちのことに思考を切り替える。


昨日スラムの子たちはパパに泣きつけば、公爵家の名義で一時的に保護はできると思う。

 でも、それじゃ根本的な解決にはならないのよね。もしパパの機嫌を損ねれば、私の評価がマイナスになって即バッドエンドだし……)


 リーンは冷徹な数式が支配するこの世界の空気を思い出し、唇を噛んだ。

 この世界は、前世でやり込んだ死にゲーそのものだ。甘い選択肢を選べば、次の瞬間には容赦なく破滅ルートのフラグが立つ。


 (私が一人助けたところで、預かり知らない所で、また別の『部品』が作られ続けるはず。そもそも原因もわからない、発生も防ぐこともできないとなれば──

でも、だったらせめて彼らが『部品』として使い捨てられないための、なにかを――)


 思考が加速する中、もし魔導工学が彼らを「演算機」と定義するなら、その定義自体をハッキングして、別の「価値」に上書きできないだろうか。


 視線の先には、昨日ライナスに持たせて買い込んだ、大量の魔導触媒や安価な魔導具の山。


 (……パパに頼らずに、彼らを『価値のある存在』に変える方法。かつての世界で、音楽が人々を結びつけたように……)



キラリ、と。



 リーンの脳裏に、前世の音大生としての知識と、この世界の歪んだ魔導工学がカチリと噛み合う。



――「禁断の編曲アレンジ」のアイデアが閃いた。



 (そうだわっ?!これよ。これなら、彼らは『部品』じゃなく代わりの利かない存在になれるはずよ!)


 朝食を終えたリーンは、ナプキンで優雅に口元を拭い、意気揚々と立ち上がる。


 だが、問題はどうやってその「()()」を作るかだ。音大生だったヒナに音楽理論はあっても、魔導機巧の精密な工作技術まではない。


 「ライナス。……この学院に、腕はいいけれど軍の言いなりになっていない、偏屈な技術者はいないかしら?」


 「お嬢様、それはまた……。この学院の優等生たちは皆、軍の将校の座を狙って『教科書通りの正解』を競っておりますからね。

 ……ですが、一人だけ、システムから零れ落ちた『異物』がおります」


 ライナスは澱みなく答えた。彼はリーンの影として、学院内外の情報を文字通り「根こそぎ」把握している。


 「ドワーフ族の、ガラム。魔導機巧の演算において教授陣を凌駕する才を持ちながら、提出する課題はすべて『最低限の出力』しか出さない。軍の査定官からは『やる気のない駄作製造機』と罵られていますが……」


 「……あえて全力を出していない。そういうことね?」

「恐らくは。彼の周囲だけ、数式の流れるリズムが異様にいびつなのです。まるで、自分の技術が兵器に使われるのを拒んでいるかのように……」


 その言葉に、リーンの「音感」がピクリと反応した。


 (……いい。すごくいいわ、その『歪み』。私なら最高のアクセントに変えられるはず!)


 「決まりね。そのガラム君の居場所を突き止めて。あ、ライナス、無理やり連れてくるのは禁止よ? あくまで私の『わがまま』に付き合ってもらうんだから」


 「……畏まりました。お嬢様の仰る『わがまま』が、相手にとってどれほどの強引な取引になるか、今から楽しみでございます」


 (くっ、否定できない……! 否定したいけど、これまでの前科が多すぎるのよぉ、私ぃぃ……!)


 ライナスは深く、皮肉を込めて一礼すると、音もなく姿を消した。




 数時間後。



 リーンは学園の外れ、誰も近づかない地下演習室の古びた扉の前に立っていた。


 扉の隙間から漏れてくるのは、機械が回る一定のリズム……ではなく、時折「わざと」テンポを外したような、不規則で、けれど妙に人間臭い槌音つちおねだった。


(……見つけた。これが、私のなかにある『不可能な理想』を現実に変える『鍵』(キー)ね)


 リーンは不敵な笑みを浮かべると、防音用の厚い扉を、遠慮なく勢いよく押し開けた。







 「……あ、あの。ぼ、僕なんかに、な、何かご用でしょうか……」


 アイゼンガルド魔導学院、地下演習室の片隅。


 使い古された作業机の影で、小刻みに震えながら縮こまっていたのは、ドワーフ族のガラムだった。


 彼は魔導機巧において、学院始まって以来の「精密演算の申し子」と噂されながらも、そのあまりにも気弱で内向的な性格ゆえ、軍のエリートたちにいいように扱われていた。


共鳴魔法レゾナンスの講義も……その、僕の魔力じゃ、みんなの邪魔になるだけだし……」


 おどおどと視線を泳がせるガラム。だが、彼の作業机の上には、軍から発注されたはずの「魔導キャノン」の試作パーツが、あえて効率を落とした『駄作』として無造作に放り出されていた。


(……この子、わざと性能を殺してるわね。兵器として完成させることを、魂が拒否してる。……いいしんを持ってるじゃない)


 リーンは、怯えるガラムの前にスッと立ち、逃げ道を塞ぐように両手を机についた。


「ガラム。……あなたのその、わざと『調律』を外した魔導トリガー。……私には、泣いているように聞こえるわね?」


「……えっ!? ……な、何を……」


「軍用の殺戮兵器を作るのが嫌なら、私のために『命を救う楽器』を作りなさい。……これはお願いじゃないわ。……強制セッションよ」


「え、ええぇ!? 強制!? ……そ、そんなの無理ですよ、僕には……っ」


 なおも拒むガラムに、リーンは内心で(やっぱり、これの出番ね)と不敵に笑う。


 取り出したのは、私のパパ――()()()()()()()から定期的に送られてくる、過保護な貢ぎ物コレクションの中に紛れていた『銀の槌』だ。


 前世でやり込んだゲームには、ドワーフ族のミニゲームが存在した。その時、職人をパワーアップさせる特殊アイテムとして登場したのが、まさにこの槌だったのだ。


 (あの時、本当に狙ってた最高レアの金色の槌は、いくら周回しても出なくて本気で悔しかったなぁ……。結果イベント最終日に泣きながらいじけたのは良い思い出……って、今は関係ないわね!)


 一瞬だけ前世の未練が蘇りかけたが、リーンはぶんぶんと首を振って思考を切り替える。


 現実のこの世界で、ゲームと同じ効果があるかはわからない。けれど、パパが送ってきた超高級品だ。何かしらプラスの効果はあるはず。


 業を煮やした風を装い、リーンは一歩踏み出す。

「いいから、これを握りなさい!」


 有無を言わさず、ガラムの手に重厚な銀の槌を押し付けた。


 ――結果は、大正解。


 その瞬間、ガラムの背筋が見えない電流に打たれたかのようにピンと伸びた。


 おどおどとしていた瞳から怯えが消え、代わりに燃え盛る炉のような、鋭く苛烈な職人の光が宿る。


 「――『調律』、か。……おい、あんた。さっき『命を救う楽器』って言ったな」


 ガラムの声から、先ほどまでの情けない震えが完全に消え去っていた。銀の槌の重みを手のひらで確かめながら、彼はギラついた瞳でリーンを睨み据える。


 「この世界の魔導器はどれもこれも、高価な魔導触媒をただ消費して垂れ流すだけの、能無しの金食い虫だ。

 学院の灯りも、街の魔導灯も、金持ちだけの特権。触媒コアが買えない貧民層は、暗闇で指をくわえて諦めるしかないクソみたいなシステムだ。

……だが、もし」


 ガラムは手元の魔導トリガーを乱暴に引き抜き、銀の槌の腹でコツン、と叩いた。

 澄んだ金属音が室内に響き渡り、不思議な残響が空気の魔力を震わせる。  

 

 「……トリガーの波長を精密に『調律』し、音の共鳴で魔力を数倍、数十倍に膨らませる『音響同調型コア』として組み替えられたとしたら……。

微量な魔力で、街一つの灯りを一生賄える、化け物じみた新発明になるぞ」




「ふふ、いいわ。……望むところよ!」




 リーンが、一筋の清冽な和音コードを響かせる。






 ━━━♪♪♫






 歌声が波紋となって空気を通じ、ガラムの振るう槌へと伝導する。




 ガラムはリーンの「歌学」が生み出す黄金色の光の奔流を見定めると、狂ったように槌を振り下ろし、スラムの廃棄物ガラクタを再構築し始めた。


「――っ、ここだ! この一撃タイミングで、不純な数式ノイズを叩き出す!」



 ガンッ!! という、魂を揺さぶるような快音。



 リーンの歌声とガラムの槌音が、完璧な裏打ち(アフタービート)で重なり合い、演習室の魔力濃度が限界まで上昇していく。






 数時間後。



 槌を置いたガラムは、ふらふらとその場にへたり込み、元の「おどおどした少年」へと戻っていた。


 「はぁ、はぁ、はぁ……。……あ、あぅ。……ぼ、僕、また何か、偉そうなことを……。ご、めんなさい……」


 「ふふっ、っ、はぁ……謝らなくていいわ。見て、ガラム君。あなたが作った、最高の傑作を」


 リーンもまた限界まで付き添い、魔力を注ぎ込み続けたのだろう。

肩を大きく上下させながら荒い息をつく。しかし、その瞳は達成感で輝いていた。


 テーブルの上には、元はただの演算パーツだったとは思えないほど美しく、心臓のように脈動する銀の装置が置かれていた。



共鳴増幅器レゾネーター』。



 それは、微弱な魔力しか持たないスラムの子供たちでも、世界のシステムに干渉できるだけの「力」を与える、希望の装置。


 「……これなら、兵器にならなくて済む。……僕の魔導工学が、誰かを守れる……」


 ガラムは、油と煤で汚れた手で顔を拭い、照れくさそうに、けれど今までの人生で一番の誇らしさを込めて、顔を上げた。


 「……リーンさん。……僕、初めて自分の作ったものが……『好きだ』って、思えたかも」


 煤けた頬を赤く染め白い歯を覗かせて笑ったガラムの笑顔は、アイゼンガルドのどんな宝石よりも眩しく、混じりけのない輝きを放っていた。 


    


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