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第25話、審判の旋律 ―廃棄フラグを粉砕せよ―

 アイゼンガルド領内、貴族街にそびえるブッシュバルド公爵邸。その最深部に位置する名称「謁見の間」。


 高い天井まで届く冷徹な石壁は、微かな呼吸音さえも鮮明に反響させる。この場所は、この国の魔導演算の頂点が下される「審判の場」でもあった。


 本来、領地経営や中央政界の激務に追われる当主・アルベルト公爵が、わざわざこのような末端の謁見の間に自ら足を運ぶことなどあり得ない。ましてや、今は遠方の視察中だったはずなのだ。


 しかし、リーンが提出した研究成果の報告が届くや否や、予定を切り上げた公爵が「緊急査察」として直々に乗り込んでくるという、異常事態へと発展してしまう。


 リーンは、冷たい床に膝をつき、目の前に置かれた銀の装置——『共鳴増幅器レゾネーター』を見つめながら、心臓が口から飛び出しそうなほどの緊張に包まれていた。


(……あああ、やっちゃった! 絶対やっちゃったわよこれぇ!!)


 本来ならばこのゲームのシナリオは、半年後の「最終監査」に向けて地道にフラグを立てていく算段のはずだった。


 それなのに音大生の「ヒナ」としての「効率化と編曲アレンジ」の血が騒ぎすぎて、わずか数週間で国家の根幹を揺るがしかねない魔導具を作り上げ、パパ(公爵)の前に持ってきてしまったのだ。




 玉座に座る養父、アルベルト・ブッシュバルド卿の眉間のシワは、今や定規で測れそうなほど深く刻まれている。彼は側近が差し出した「スラム浄化の速報データ」を無言で睨みつけていた。


 (うう……パパ、完全に『予定外の深刻なバグを見つけたデバッガー』の顔してるじゃない! 私、消去される? デリートされちゃうの!?)


 不安に耐えかねて、チラリと傍らに立つライナスを盗み見ると、彼はこの世の何よりも美しいものを見るような、神々しいまでの微笑みを浮かべていた。


(ち、ちょっとライナス、なんでそんなに自信満々なの!? 「安心してください、お嬢様は最高です」って顔してるけど、今の状況見て!?

 全然安心できないから! 気が気じゃないからね!?)




 監査の結果を待ちながら、震えているリーンが音沙汰を待っている最中、報告書を指で弾きながら、ブッシュバルド卿の脳裏には、ある「古い旋律おもいで」が蘇っていた。


(ふぅ、まったく……少し見ない間に、随分と立派になったものだな)


 脳裏にあるのは、数年前に養子としてこの屋敷に迎えたばかりの頃のリーンの姿だ。

 当時の彼女は、引っ込み思案をこじらせ、お付きのメイドにさえ怯えて決して懐こうとはしなかった。小さな背中を丸め、いつも影に隠れていた少女。私とまともに視線を合わせることさえできなかった、あの「歯車」──。


(だが、今のこの娘の目はどうだ──)


 卿は、目の前の娘を凝視した。

 肩を震わせ、今にも泣き出しそうな顔をしていながらも、その瞳にはかつてない「意志の光」が宿っている。ライナスという完璧な執事のフィルターを通さず、自分自身の足で立ち上がり、震える声で何かを訴えようとしている。


 その姿に、卿の脳裏にはかつて一度だけ、幼い彼女が泣きながら自分の袖を掴み、消え入るような声で「()()()()()()」を吐露してきたあの日が重なっていた。

 あの時、彼は彼女リーンを「部品」としてしか見ていなかったはずだ。だが、今目の前にいる彼女の姿は、定められた役割を撥ね退け力強い意思を宿した一人の人間の姿だった。



 「閣下………。いえ、パパ」



 リーンは意を決して顔を上げた。これまでの説明口調を捨て、震える声に「ヒナ」としての、そして「リーン」としての全ての感情を乗せて魂の独唱ソロを開始する。



 「この装置は、私の我が儘の結晶です。……スラムで見たあの子たちの瞳は、かつての私と同じでした。

 ……何も望めず、ただ部品として磨り減り、捨てられるのを待つだけの毎日。私は、そんな悲しい音を、もう聴きたくないんです!」


 公爵の側近たちが、その不敬とも取れる発言に息を呑む。だが、リーンは止まらなかった。


 「私は、あの子たちに『何者かになれる』という希望をあげたい。


 ──私の「歌学」も、ガラム君の卓越した技術も、あの子たちの尊い命も、誰かを傷つけるためだけの『兵器』や『部品』にはしたくないんです! それがどれほど非効率な甘い夢だと言われてもっ!」 






 そうだ。音楽を愛しながらも才能に絶望したヒナとしての、消えない後悔。

 この残酷な世界で、唯一の生存ルートを模索し続けてきたこのリーンとしての、泥臭い足掻き。


その全てが、いま私のなかで一つに重なっていく。



 「私はこの世界を『希望』が響く場所へと編曲アレンジし直したい!!」



 「それが、私の……いいえ、パパの娘としての、精一杯の願いです。

 どうか、彼らに生きるための『権限』を……人としての『音』を、守らせてください!」




 一気に語り終え、リーンはガバッと床に額を伏せた。







 沈黙。







カチッ……カチッ……カチッ……






 広大な石造りの部屋に、魔導時計の針の音だけが虚しく響く。




 ライナスの指先が微かに動いた。もし主が否定を下すのであれば、即座に彼女を抱えてこの場を脱出するか、あるいは――という、殺気立った緊張が場を支配する。




 やがてブッシュバルド卿がゆっくりと立ち上がり、リーンの前まで歩み寄った。カラン、と重厚なブーツの音が鳴る。




 「……リーン・ブッシュバルド」 




 その声には冷徹な支配者の響きではなく、一人の父としての不器用な温度が混じっていた。


 見下ろした娘の小さな手は油と魔力で汚れている。

 かつて「部品」としか思っていなかったはずのその手が、今はどうしようもなく愛おしい。卿は膝をつき、その汚れごと大きな無骨な手でそっと包み込んだ。






「……()()()()()()()()()()()()()()。……()()()()()()()()()()()()。……()()()()()()()()()()()()()()





「……っ、パパ……!」


 思わず顔を上げたリーンの瞳に父の姿が映る。そこにはかつて私に向けられていた「ゴミを見る目」など、微塵もなかった。ただ眩しいものを見守るような、どこまでも優しい眼差し。




 その瞬間だった。








 ――パリンっ!! 








 「?!!」




 私の脳内でずっと不気味なカウントダウンを刻んでいた「処刑フラグ」が、粉々に砕け散る。


 それは私の新しい人生の始まりを告げる、この世界で一番美しい音だった。








        ・










(……消えた。本当に消えたんだ……)


 脳内で響いた「パリンッ」という軽快な音。それはこの世界に転生してからずっと私の首元に冷たく突きつけられていた「死神の鎌」が砕け散った合図だった。



 リーンは床に額をつけたままじわじわと込み上げてくる生存の喜びに浸っていた。


 (ほんとうに、よかった。

──これで『()()()()()()()()()』フラグは回避できたのね。私……音楽を愛して、()()()()()()()()()()()()……!)


 公爵や周囲の人間には知る由もないが、彼女リーンにとっては人生最大の「デッドライン」を越えた瞬間だった。



 リーンが感情を爆発して興奮している最中、ふと頭上でブッシュバルド卿が「そういえば」と、思い出したように口を開いた。


「そうだ、リーン。入学祝いに渡したあの『特注の超高密度・対要塞用魔導極太杖』はどうしている? 入学式ではあれを使って、()()()()()()()()()()()()だろうな?」


「…………は?」


 感動で潤んでいたリーンの目が、一瞬で点になった。彼女はゆっくりと顔を上げ、至極冷静なトーンでツッコミを入れる。


「パパ。あれ、杖っていうより『持ち手がついた大砲』でしたよね? あんな物騒なもの、乙女が式典で振り回せるわけないじゃないですか。

 実際、私が使ったのは小さい頃にパパがくれた、あのかわいい魔導杖ですよ」


「な、何だと……? あれは、最新の軍用魔導回路を三十重に重ね、物理攻撃力も兼ね備えた逸品だったのだが。

 ふむ、ならば次は『宝石を散りばめた隠しガトリング機能付きのドレス』などを……」

「次を考えないで! 全然いらないからぁ! パパ、娘の趣味を『攻撃力』で測るのやめてください!」


 完全に緊迫感の消えたただの親子のプライベートトーク。


 リーンの容赦ないツッコミに、側近たちは驚愕して固まっている。

あの「冷徹な演算機」と揶揄される公爵が、年相応の父親のようにたじたじになっているのだ。





「――閣下。お久しぶりにございます」


 その漫才のようなやり取りの合間を縫ってふと、ライナスが静かに一歩前へ出た。


 ブッシュバルド卿はかつて自分が「狂犬」として飼い慣らし、魔導の極意を叩き込んだ一番弟子——ライナスをじっと見つめる。


「……ライナスか。久しぶりに会うが、貴様のその『不協和音おと』、少しはマシになったようだな」


 卿の鋭い瞳が細められた。

 以前のライナスは、いつ爆発してもおかしくない剥き出しの殺気を「執事」という仮面で無理やり抑え込んでいるような危うさがあった。だが、今の彼からはリーンの背後に控えることで得た、静かで深い「凪」のような落ち着きを感じる

(ふむ……なかなか()()()()鳴らすようになったな。リーンがこの男を『調律』したということか……)


 かつての師弟としての感覚が戻っていくのを感じ、卿はさらに気分を良くした。


「よろしい! リーン、そしてライナス! 我が娘がこれほどの成果を出し、我が国の行く末を照らす、一条の光を示したのだ! 今夜は公爵家の全財産を投じて、建国以来最大の祝宴を――

「ちょ、パパ!? だから暴走しないでってば!」


「ブッシュバルド様、お嬢様を驚かせるような規模の演出は執事として看過できません……!」


 愛娘のために暴走モードに突入した公爵に、リーンとライナスが揃って引き気味にたじたじとなっていた、その時━━、


 パパの背後に、音もなく巨大な「黒い影」が立ち上がった。


「――閣下。少々はしゃぎすぎではございませんか?」


「ぬ……っ!?」


ガシッ!!


 次の瞬間。アイゼンガルド公爵家の頂点に立つはずのブッシュバルド卿の身体が、背後からガッチリとバックホールド並みの羽交い締めで固定されていた。


「……総執事長セバス。貴様、離せ……! 私は今、娘との感動の再会を……!」


「いいえ。前回の『視察先で暴走して領主館を半壊させた件』の際、私は忠告いたしましたよね? ()()()()()()()()()()()()()()と」


「くそっ、こ、こいつ本気で?!

 せ、せめてもう少しだけこの親子トークを……」


ギリギリギリギリッ!!


 そこにいたのは公爵家の全使用人を束ねる男であり、ライナスの先輩でもある総執事長。

 顔だけは完璧な笑顔を浮かべたまま、必死に逃げようとする主人をミシミシと容赦なく締め上げていた。


「ぐぉぉぉぉぉ……!」


「……リーン様、ライナス。お見苦しいところを失礼いたしました。この『暴走機関車』は、私が地下の執務室と()()()へお連れいたしますので。

 ……あ、それと本日のデザートは特別に二倍にしておきましたのでごゆりと」


「あ、ありがとうございます……(パパ、死なないよね……?)」


 笑顔でパパを連行していく総執事長セバスチャン。御年50歳。


 その後ろ姿を見送りながらリーンは確信した。

この公爵邸で一番強いのはたぶんあの人だ、と。



 

いつもご愛読いただきありがとうございます!

 無事に『処刑フラグ』を回避できたリーン。しかし、ひとつの運命を変えたことで、物語は新たな局面へと動き出します。果たしてリーンたちが選ぶ次の一手とは――?

 次話は7月3日(金)の投稿予定です。(ストック状況により時間が前後する可能性がありますので、ごめんなさい!)


「次回の更新を逃さず、最速で読みたい!」という方は、今のうちに【ブックマーク】をしてお待ちいただけると、投稿時にすぐ気づけるのでおすすめです!

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それでは、したっけね〜

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