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第18話、不協和音の檻と震える歌姫

 (……おかしいわね。記憶の隅々まで検索サーチしても、あの子の詳細な攻略ルートがなかなか出てこない……)


 実演演習場の一角。リーンは教室の隅で小刻みに震えているハイエルフの少女を、盗み見るように観察していた。

 この『死にゲー』においてサブキャラクターの多くは、格闘ゲームの画面端にある「アシストアイコン」のような存在だ。特定のタイミングで呼び出し、一瞬だけ強力な援護を放つ使い捨ての駒。


 (――もちろん、それはあくまで『ゲーム』としての仕様。自我を持つ人間として接しなければならないこの現実では、そんな非道な扱いは許されないけれど)


 (それでも、あの子だけは異質だった。立ち絵の書き込みも魔力の揺らぎ方も、他の有象無象とは明らかに『熱量』が違う。

 ……製作者の並々ならぬこだわりを感じるわ)


 本来のアクションパートなら、彼女は「超広範囲の魔力消沈サイレンス」を放つが、発動条件がシビアすぎて誰も使いこなせなかった「死にキャラ」のはず。


 そんな彼女を今、侯爵子息のエドワードがいつも連れている取り巻き達という名の「不協和音」が囲んでいた。


 「――おい、聞いているのか。()()()()()()()()家の娘ともあろう者が、私の誘いを無視するとは不敬だぞ」


 その高圧的な言葉を聞いた瞬間、私の脳内の検索サーチが火を吹いた。

 (待って。エヴァーガーデン? どこかで聞いたと思ったら……そうよ、あの『不可侵の聖域』じゃない!)


私の記憶の奥底から、このゲームにおけるエヴァーガーデン家の特殊な仕様が次々と浮上してくる。


彼らは代々王国の儀礼や祭事を司る「()()」の家系。家格こそ伯爵だが、その歴史の古さと精霊に愛された血筋からくる発言力は、新興の侯爵家ごときが軽んじていいものではない。


 (しかも、あの子のあの特徴……。 エルフの両親から生まれた「先祖返り(ハイエルフ)」は数百年周期でしか現れない超レア個体の……いわゆる『仕様外の特効キャラ』!!)


(……ハイエルフの聴覚は世界が奏でる微細な音をすべて拾ってしまう。今の彼女にとって、エドワードの品性の欠片もない怒号は、鼓膜を直接針で突き立てられるような暴挙に等しいはずよ)


 無視しているのではなく、あまりの苦痛に思考がホワイトアウトしているだけ。


 それなのに、家格が上だからと「不敬」を振りかざすエドワードの無知さに、私は公爵令嬢としての矜持プライドよりも先に、一人のプレイヤーとしての苛立ちを覚えた。



        ・



 エドワードが取り巻きを引き連れ少女の前に立ち塞がる。


 少女は、透き通るような長い耳をこれ以上ないほどピタリと伏せ顔を真っ青にして震えていた。

 

 「……っ、……な、なによ。……さっさと、消えて。……不愉快だわ、その、うるさい魔力……っ」


 「不愉快、だと? ほう……『お飾り』の分際で、魔導侯爵家の『数式魔法』を否定する気か?」


 エドワードの瞳に、加虐的な光が宿る。

 彼はわざとらしく杖を振り、彼女の周囲に「高密度な演算数式」を強制展開した。


 それは目に見える攻撃ではない。だが、極限まで効率化され、高圧的に圧縮された魔導の波動が、キィィィィィン……という耳を刺すような高周波となって、少女の周囲を埋め尽くした。


 

 「……っ!? ……ぁ……あぁぁっ……!」


 少女が耳を抑え、その場に蹲る。

 普通の生徒には「少し空気が重いかな?」程度にしか感じないその魔力。


 だが、聴覚が異常に発達したハイエルフの彼女にとっては、それは脳を直接削り取るような「暴力的な騒音」だった。


 「はっ、どうしたんだ?エルフのくせに魔導演算の初歩すら耐えられないのか? ……やはり噂通り、エヴァーガーデン家の『不良品』なだけはあるな!」


 エドワードの嘲笑が講堂に響く。

 誰もが彼女の無様な姿を笑う中、()だけがその「音」の正体を見抜いていた。


(……最低。あんなの静かな森に住む子に、耳元で工事現場のドリルを鳴らしてるようなものじゃない!)


 リーンの「絶対音感」が少女の悲鳴を正確に聞き取る。

 それはプライドの高い「偽り」の仮面を被りながら、内側では必死に助けを求めているあまりにも切ない不協和音おとだった。




「……あら。侯爵様ともあろうお方がずいぶんと『騒がしい音』を立てていらっしゃるのね?」


 静まり返った演習場に凛とした、けれどどこか楽しげなリーンの声が響いた。


 エドワードが不機嫌そうに振り返る。そこにはルナリエを背後に従え、優雅に扇子を弄ぶリーンの姿があった。


 「ブッシュバルド家の……また、お前か……部外者は黙っていろ。私はこの『不良品』にアイゼンガルドの洗礼(魔導演算)を授けているだけだ」


 「洗礼? ふふっ……。私には()()()()()を無理やり掻き鳴らして、近所迷惑な騒音を撒き散らしているようにしか聞こえないけれど?」


「……何だと?」


 エドワードの眉が跳ねる。リーンは一歩、また一歩と彼が展開している「高圧的な数式ノイズ」の領域へ、あくびでも出そうな顔で踏み込んだ。


 「あなたのその数式。確かに緻密で無駄がないわね。

……でも音楽的わたしに言わせてもらえば、それは『解釈を間違えた練習曲エチュード』以下よ」


「練習曲だと……!? 侯爵家に伝わるこの演算式が貴様のような小娘に理解できるはずが――」


 「理解? ええ、手に取るようにわかるわ。……あなたの式中低音域ミドルレンジの倍音が全く考慮されていないのよ。ただ高周波を圧縮して押し付けているだけ。……つまり『ただの耳鳴り』なの。美しくもなければ知性も感じられない」


 リーンは冷徹な眼差しで、エドワードの杖の先を指差した。


 「『数式魔法』は世界の調和ハーモニーに従うもの。なのにあなたは自分の力を見せつけたいがために、世界の『響き』を無視して無理やり音を詰め込んでいる。……結果どうなっていると思う? あなたの魔法、実は出力の三割が『ノイズ』として逃げているわよ?」


「……な、な……!? 出力のロスだと……!?」


 エドワードの顔が一瞬で青ざめた。数式至上主義者にとって、「計算の不備」を指摘されることは死よりも屈辱的だ。


 「嘘だと思うなら、その式の第三節、第四項を読み直してごらんなさい。……そこの『不協和音(不備)』を放置したまま彼女のような繊細なエルフを攻撃するなんて。

 ……侯爵家の教育っていうのは、そんなに『音痴』なのかしら?」


「ぐっ……お、おのれ……っ!!」


 震える手で自身の数式を再確認するエドワード。その表情が事実を認めた瞬間に絶望へと変わる。


 周囲の生徒たちからも、「えっ、エドワード様の式って欠陥品だったの?」という囁きが漏れ始めた。


 「……もういいわ。あなたの汚いノイズを聞いているだけで、私の耳が腐りそうだもの。……ライナス、あとはお願い」


 「御意、お嬢様。……これ以上、不快な雑音を立てるようであれば、その喉を『物理的に』調律するが?」


 影から現れたライナスの底冷えするような殺気。

 エドワードは捨て台詞を吐く余裕すらなく、真っ赤な顔をしてその場から逃げ出すように立ち去っていった。


 静寂が戻った演習場。

 リーンは今だ耳を抑えて蹲っているハイエルフの少女――エルフィーネへ、ゆっくりと視線を落とした。


 「……もう大丈夫よ。……ひどいノイズは全部消えたから」


 リーンの声は先ほどまでの冷酷さが嘘のように柔らかい「子守唄」のような響きを湛えていた。


 「…………っ、…………」


 エルフィーネがおずおずと顔を上げる。

 その瞳には恐怖と、驚きと……そして、生まれて初めて「()()()()()()()()()()()()()()」への震えるような期待が混じり合っていた。


それとは別に──、


(…………待って。今の私、めちゃくちゃ格好つけてなかった!?)


 エドワードが顔を真っ赤にして逃げ去った直後。

 凛とした表情で佇むリーンの内面では、『元音大生・ヒナ』が頭を抱えながらのたうち回っていた。


 (「侯爵家の教育はそんなに音痴なのかしら?」って何!? どの口が言ったの!? うがぁぁぁ、恥ずかしすぎて死ぬ!!…… ライナスが後ろで「流石はお嬢様」みたいなドヤ顔して見てるのがなおさら辛いっ! ってか穴があったら入りたい、というかグランドピアノの下に隠れたいぃぃ!!)


 表面上は冷徹な「天才美少女」を完璧に演じきっているリーン。しかしその背中には、冷や汗がびっしょりと伝っている。


 (あぁ、もう……。コミュ障が無理して毒舌キャラなんてやるもんじゃないわ。心臓のBGMがプレスト(急速)すぎて倒れそう……)


 だが、そんな彼女の「内心のパニック」に目の前の少女は気づくはずもなく──


 『……不愉快、じゃないわよ』


「……そ、そう……ほんとに大丈夫? もう嫌な音は止んだわよ」


 リーンは内心の動揺を押し殺し、再度努めて優しく声をかける。

 するとエルフェーネの肩がビクッと跳ねる。


「…………っ! …………な、なによ。余計なお世話よ……っ」


 出た。これはいわゆるアレだ「ツン」なのだ。


 彼女は真っ赤な顔をして立ち上がると、震える指先でドレスの埃を払い精一杯の「高貴な壁」を築こうとする。


 「侯爵家の数式を否定するなんてあなた……正気? 騒音なんて……私、別に……平気だったわよ。……あの程度のノイズ……っ」


 (………はい、嘘ばっかり。耳、まだピクピク震えてるじゃない)


 ヒナの「絶対音感」は強がる彼女の声の裏にある「寂しさと安堵」を正確に聞き取っていた。

 リーンはふっと微笑むと一歩近づき、エルフィーネの垂れ下がった耳のそばで、小さく柔らかな「ハ長調」の和音コードをハミングした。


「――♪」


「……っ!? ……ぁ……」


 エルフィーネの全身から力が抜ける。

 リーンの声に含まれる温かな倍音が、彼女の脳内に残っていたエドワードの「刺すような残響」を優しく洗い流していく。

 エルフィーネの耳が意思に反してピクピクと、そして……嬉しそうにピンと立った。


 「……不愉快だわ……。勝手に、人の頭の中に……入ってこないで。…………でも」


 エルフィーネは、俯きながらリーンのドレスの裾を消え入りそうな力でぎゅっと掴んだ。


「…………静かだわ。……あなたの隣。……こんな世界……生まれた時から……一度も……」


「……ええ。あなたの耳は世界の美しさを聞くためのものだもの。……苦しむためにあるんじゃないわ」


「………………っ。……べ、別に、助けてなんて頼んでないんだから! 勘違いしないでよね!」


 エルフィーネは顔を上げると涙目のまま、精一杯の強気な顔を作った。


「でも! あなたのあの……『歌学』? っていうのがどれほど非効率なものか、私が横で監視してあげてもいいわよ! ……私がいないと、あなた、またエドワードみたいな『音痴』に絡まれるでしょうし!」


(なぜか今……攻略完了のファンファーレが聞こえる!)


 ヒナは心の中でガッツポーズを決めた。

 エドワードを論破し、クラスメイトの重要キャラをまた一人獲得。生存フラグが、一歩ずつ着実に積み上がっていく。


「ふふ、頼もしいわ。……よろしくね、エルフィーネ」


「エル……!? いきなり名前で呼ばないでよ! ……あぁ、もう! 不愉快だわ、本当に!」


 そう言いながらも、エルフィーネがリーンの裾を離そうとしないのを後ろで控えるライナスが━━

 「はぁ……またお嬢様の時間を奪う雑音が増えましたね……」と、この世の終わりを見るような冷たい目で眺めていた。




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