第14話、『黄金の約束と、無音の聖域』
今回から3話ほど、新たなキャラ視点でのエピソードをお送りします。主人公たちとはまた別の、一般(?)視点から見た物語……。全3話で再び主人公視点に戻る予定ですので、しばしお付き合いください!
「……ねえソル。私、やっぱりアイゼンガルドに行こうと思うんだ」
夕焼けが草原を黄金色に染める帰り道。村の寄り合い所での勉強を終えたばかりの私は、幼なじみのソルの背中に向かって、ずっと胸に秘めていた言葉を吐き出した。
魔力適性が低いとされる獣人の村で、魔導師の最高峰を目指すなんて、普通なら笑われるような夢。
ソルは一瞬肩を跳ねさせて振り返った。その瞳には、隠しきれない不安が揺れている。
「……アイゼンガルドって、あの王都の? 獣人は魔力が乱れやすいって、村の年寄りも言ってたろ。……いじめられたりしないか?」
「大丈夫だよ! 私のこの『リズム』があれば、きっとどこでもやっていける。
……ソルと約束したもん。いつか広い世界で、最高の音を鳴らそうねって」
私の鼻息荒い宣言に、ソルは一拍置いて呆れたように太陽みたいな笑顔で笑った。
「……はは、お前が言い出したら止まらないもんな。分かったよ。……行ってこいよ、ルナ。世界一カッコいい魔法期待してるからさ!」
あの時、ソルの指先と重ねた拳の熱。それが私の旅立ちの合図だった──
「こらっ――っ、ルナリエ! いつまで寝てるんだい、このお調子者!」
地響きのような怒鳴り声と、カーテンを引き剥がす音で私の意識は引き戻された。
獣人専用宿舎『琥珀の足跡亭』の朝はいつも爆音の目覚まし時計より騒がしい。
「……ふぇ? あ、ソル……おはよ……」
「誰がソルだい! ほら、さっさと起きな、尻尾が寝癖でボサボサじゃないか!」
視界がはっきりしてくると、そこには腰に手を当てて仁王立ちする宿舎の管理人・ミリアムさんがいた。
通称、宿舎のオカン。
私は半分閉じた目で、染み付いた習慣通りに布団をテキパキとたたみ、洗面台へ向かう。
冷たい水で顔を洗うとようやく頭の中にリズムが戻ってきた。
鏡の前で、癖の強い耳の毛をブラシで整え、尻尾の毛並みをとかす。
「ミリアムさん、今日のご飯なんかいい匂いがするね。シンコペーションの効いた、香ばしい匂い!」
「あんたの耳は鼻まで兼ねてるのかい? ……そんなことより、今日は入学式だろ? 準備はいいのかい?」
ブラシを持つ私の手がピタリと止まった。
……入学式。アイゼンガルド。きらきらした魔法。……遅刻。
「……あ」
「あ、じゃないよ! ほら式典はもうすぐ始まるよ!」
ドクン、と心臓が激しいドラムを叩き始めた。
私はブラシを放り投げ、食堂へダイブするように駆け込む。
「遅刻だぁぁぁ! ソルに笑われちゃう!」
焼き立てのパンを口に無理やりねじ込み、熱々のスープを喉が焼けるのも構わず一気に流し込む。喉元を通る「熱」のリズムが、私の焦燥感をさらに煽る。
「ほらっ! 忘れ物はないかい!」
「だいじょーぶ! 行ってきます、ミリアムさん!」
「ったく、これだから獣人の変異種ってやつは……! 派手にやらかしてくるんじゃないよぉ!」
背中に飛んでくるオカンの愛ある毒づきをBGMに、私は宿舎の扉を勢いよく蹴り開けた。
春の風に乗って届く見知らぬ都会の「音」。
私はその波に飛び込むように学院へと駆け出した。
・
「遅刻、遅刻、遅刻だよぉぉぉ!」
私は宿舎を勢いよく飛び出し、しっぽを振り乱して『第四生産街』の石畳を猛ダッシュしていく。
ここは二十四時間おっきな魔導炉の火が消えない工業区。
朝の空気はちょっぴり煤の匂いがして、ドゥン、ドゥンって規則正しく身体に響いた重低音が街中に溢れてくる。
職人さんたちの元気な怒鳴り声、荷馬車の車輪が石畳を叩く音などが街の通りに絶え間なく響いていた。
このアイゼンガルドという都市は、中央にある学院を核にした、おっきな円盤みたいな形をしている。
私が今走ってる「生産街」はその一番外側のはじっこで、そこから内側に向かって、八つの賑やかな「商業区」が広がっているみたい。
(……この都市だけで、国のほとんどのお金が動いているなんて、信じられないよね……)
そんなことを考えながら、キラキラした商業区を突っ切り、しーんと静かな貴族街の坂道を一気に駆け上がる。
すると、目の前に見上げるくらい大きな、かっこいい石の門がドーン! って現れた。
白く輝く大理石の壁に、夜の空を切り取ったような深い紺色の鉄扉。その表面には、複雑な魔導回路のラインが銀色の細工として張り巡らされていて、時折、脈打つように青い光が走っている。
物理的な重厚さだけじゃない。街全体を包むような魔力のプレッシャーが、その門からは放たれていた。
「……はぁ、はぁ……間に合っ、たかな……っ?」
門の前にはピシッとした制服の係官さんたちが並んでた。
私は肩で息をしながら列に並んで、自分の番が来ると震える手で『魔導銀の通行証』を差し出した。
「……失礼。名前と出身を教えてもらえるかな?」
「は、はい! ルナリエ・バーリエルといいます! ロナ村から来ましたっ!」
係官のおじさんは私の通行証をじーっと見て、ふっと優しく笑った。
「へえ……ロナ村かぁ。数年前にも、君の村からすっごく優秀な獣人の子が入学したのを覚えてるよ。君たち獣人の適性者は、時々びっくりするような傑物が生まれるからね。
……どうだい、実家のお母さんに自慢できるよう、今のうちにサインでももらっておいた方がいいかな?」
おじさんの冗談に、私は顔を赤くしてブンブン首を振った。
「あはは、そんな! 私なんて、まずは無事に卒業するのが目標ですよぉ!」
お母さんの顔を思い出して、少しだけ鼻の奥がツンとした。「あんたのそのお調子者な性格、学院で叩き直してきな!」
そう言って送り出された時のことは今でもはっきり覚えている。
……でも、悲しんでる暇なんてない。
私は預かっていた書類をぎゅっと抱え直し、勇気を持って、そびえ立つ巨大な正門をくぐり抜ける。
歴史の教科書で何度も見た不敗の魔法聖域――アイゼンガルド魔導学院へ、
――その、瞬間。
背後で重厚な門がゴゴゴ……と、重々しく閉ざされた。
それと同時に、まるで魔法みたいに、外側の世界の「音」がすべて消え去っていく。
「……っ。なに、これ……」
一緒に歩いていた新入生たちからも、わぁ……とどよめきが上がる。
視界に広がるのは、どこまでも美しく幻想的な景色。みんなは空を舞うきらきらした魔法の粒子に夢中みたいだけど、人より少し耳が良い私にだけは、別の「音」が届いていた。
初代アイゼンガルド卿が遺した『神の数列』が、絶え間なく演算を繰り返す駆動音が。
――ブゥゥゥゥゥゥゥゥン……
それは一ミリのズレも一秒の狂いもなく、完璧に制御された「高密度な静寂」。
この世界のすべてが、不可視の何かに管理されているかのような
……怖いくらいに厳かでひんやりと冷たい空間。
さっきまでの街の楽しげなリズムも、私の荒い呼吸さえもこの『数列』が刻む完璧なテンポに飲み込まれ、塗り潰されていく。
(……すごすぎて息苦しい。すべての音が支配されてる……)
私は早鐘を打つ胸をそっと押さえた。
誰にも乱せない正確すぎるメトロノームが支配する絶対的な檻。
その最奥――。
入学式が行われる講堂へと私は吸い込まれるように歩き出した。
次話は土曜日になります。




